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インタビュー・コラム

咥えるだけで歯磨きを可能にした全自動歯ブラシ ロボット技術を活用し、人々の生活を豊かにする 株式会社Genics

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大学での研究成果を活用し、次世代型全自動歯ブラシを開発した株式会社Genics。同社は、ヘルスケア・テクノロジー・サミット「Healthtech/SUM」2021のスポンサー賞である「ライフサイエンス賞」も受賞。30秒で歯磨きを完了して口腔内の情報をデータとして取得し、介護施設において口腔ケアから高齢者の健康維持をサポートしています。今後は、健康状態のモニタリングも可能な機能の搭載も計画。「人間とロボットの共存」を目指すという代表取締役の栄田源氏にお話を伺いました。

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栄田 源 氏(株式会社Genics 代表取締役)

「人間とロボットの共存」の第一歩として 日常生活の"面倒くさい"を解消

――起業のきっかけと経緯について教えてください。

栄田 早稲田大学修士課程1年生の2015年夏に、JST(科学技術振興機構)主催の大学向けプロジェクト(ロボット技術シーズを事業化につなげるプロジェクト)に応募し、採択されたことがきっかけです。このときのアイデアが、いま取り組んでいる全自動歯磨きのベースになっています。

本格的に起業準備を始めたのは、2017年にJSTのプロジェクトに再度応募して採択されてからです。2018年2月に開催されたVC向け発表会にその試作品を出展したところ、海外で全自動歯磨きの会社がブームになっているという話題があって、VCの方に興味を持ってもらい、出資をいただくことになりました。2018年にGenicsを立ち上げ、来年で博士課程の5年目を迎えるのですが、博士号を取得して研究者として大学に残りつつ、事業も進めたいと考えています。

――社名の由来をお聞かせください。

栄田 ジェネラル(一般化)やジェニシス(発生、起源)など、頭文字に多く使われる「GE」と、語尾に〜学、〜術と付く「ICS」。Genics(ジェニックス)は、この「一般的」と「学術的なもの」を掛け合わせた造語です。ロボット技術の分野では、1970年代に二足歩行ロボットは登場したものの、世の中に全く普及していないという課題があります。学術的な研究を一般化し、ロボットと人間の共存を目指したいという思いを込めています。

――ロボティクスというと、大企業が導入するような産業用ロボットが思い浮かびますが、自動歯磨きは基本的に個人が使うものです。なぜ歯磨きに着目されたのでしょうか。

栄田 産業用ロボットは日本が強い分野で、高度成長期から2000年代前半までロボットを自動化して工場で活用することが主流でした。そこから実生活で使うためのロボットへいかに応用していくかが重要視され、研究が進められてきました。「ロボットは限られた分野だけでなく、全分野への共通点を持つ応用ができる唯一の領域だ」という認識も持たれています。そうした中で、私の興味対象である「人間とロボットの共存」が、ドラえもんやアトムのような世界観に近いものであり、これがいつ実現できるかというと、いまのままではとても難しい。産業用ロボットをいくら作っても人間の生活には入っていけない、と考え、人間に近いものへのロボット技術の応用が必要だと考えました。

もう一つ、健康で生きていくことはとても重要で、そのために日常生活で人々の役に立ち、かつ毎日やっていることを代替できて、ロボット技術を応用して作れるものが何なのか、JST主催のプロジェクトに応募する際、チームでアイデアを出し合いました。そこで出てきたのが「日常生活の面倒なこと」でした。「毎日やっているのに本当のやり方は知らない」「実は綺麗になっていないのに続けている」のが「歯磨き」で、「自動化できたらみんなにとってメリットあるんじゃない?」と、みんなが共通して意見が一致したことが決め手になりました。

二足歩行のロボットをロボットの定義とするなら、全自動歯磨きはその定義からは外れますが、人間がやっていることを代替するものと広く捉えると、全自動歯磨きもロボット技術が応用されているモノです。こうした事例が身の回りで増えると、それが「人間とロボットの共存」の第一歩につながり、そうした世界観をつくれるのではないかと考えています。

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――私たちが日常的に使っている、あるいはこれから使うようになると予想されるロボット技術を導入したものは他にありますか。

栄田 恐らく最初に入ってきたのが掃除機ロボットです。洗濯機は自動じゃないかというと、ほぼ自動化といえます。ただ、人間が目指しているもう一歩先は、洗濯し終わった衣類を収納するまでが一連のプロセスになる全自動だと思います。いまはモノによっては途中段階が多く、このような身の回りの半自動のモノが、これから全自動になるために、ロボット技術が応用されていくと考えています。

1970年の大阪万博に出展された自動人洗い機のように、将来的にはお風呂に入ることも自動になるかもしれません。他にも、美容院でのシャンプーやドライヤーも自動になるなど、そうしたモノが増えていく。いつになるかわかりませんが、最終的に人間はそこに辿り着くのではないかと思っています。

人間にはできない動きで理想の歯磨きを実現

――人が歯磨きをする動作と、御社の製品で歯磨きをする動作の違いはどのようなところにありますか?

栄田 人間の手では歯磨き行為の動作に制限がありますが、口の中に完全にブラシが入った状態でメカを動かすと、全く違う動きが実現できます。
全自動歯磨きの速さは、人間が磨く2.5倍〜3倍です。人間は一方向に速く動かすことはできても、平面で様々な方向に高速で動くことは難しいのです。その動きをメカは高速で再現するので、人間よりも細かい動きが可能になります。さらに複数のブラシによって、一気に全てを磨くことで時間短縮ができます。

それから歯に当てている時間です。例えば、食べたものによって付着する歯垢の量は変わります。通常3〜5分磨くといっても食べ物の歯垢の付着量によっては、長い時間、磨かなければならない場合があります。歯周病を防ぐために、どれくらいの時間でどのように動かし、どれほどの押し付け力で磨くと理想の歯磨きができるのか、ゼロから自分たちで考えていきました。

――評価の指標は、歯垢がどれだけ取れたかになるのでしょうか。

栄田 一番はそこです。付着している歯垢がどれくらい取れたか。人間にアプローチする機械の中でもKPIのような数値で決められるものはわかりやすいですが、ロボットで最も難しいのは人間の感情や感覚で評価しなければいけない別軸です。マウスピースを噛んで口を開ける状態なので「口への入れやすさ」、「口の中で動いたときの痛みや圧迫感」、「耐久時間」、「噛む力」はどれくらいかなど、感覚的なことも多くて苦労しました。

――歯並びには個人差がありますが、設計される際にはどのように考慮されましたか。

栄田 いまは人の手で磨いているところを、いかに代替化するかがテーマです。これまでの研究開発では社内の一人のメンバーの歯を完璧に磨くためのブラシを作っていましたが、自分の歯ブラシが欲しい、ある程度のお金も出せるという状態であれば、一人ひとりにカスタマイズしたブラシを提供できる段階には来ています。ただ、ビジネスとしてより発展することを考えて、幅広く使ってもらえるよう、様々な歯列データを独自に集めています。そのデータから似たような歯列を、一つのカテゴライズのブラシに分類できるかを独自に作り出しているところです。

歯並びの個人差は難しい研究分野ですが、そこに自分たちの強みが活かせると感じています。ある程度の個人差があっても歯列の形状が近い、あるいは歯の大きさが違うなどの場合はブラシの動きを減らすことでカバーできます。個人に合わせた動きの制御にロボット技術を活用し、約7割程度の歯列には対応できるようになりました。残りの八重歯など、歯並びが揃っていないケースも対応できるように開発を進めたいと考えています。歯間ブラシやフロスなどの自動化もソリューションを提供できるのが理想ですが、初期段階では全自動歯ブラシで歯磨きを楽にした分、ちょっと時間を取ってフロスをしてくれると嬉しいですね。

――製品はすでに介護施設で活用されているとお聞きしました。

栄田 2019年から複数の介護施設で実証実験を継続し、製品完成度を高めてきました。今後は本格導入をする上で、どのようにスムーズに導入できるかを検証していきます。除去効果の評価については、学会などで興味を持ってくださった歯科医師をはじめ、歯科衛生士の方にも協力を得ながら進めています。
今後は全自動歯ブラシから口腔データを取得し、口腔周辺をサポートしたいと思っています。さらにアプリの開発も進行中で、磨いた際の記録は入れているので介護記録に合わせて、いつ誰に対して口腔ケアしたかが確認できるようにしました。

――いまの課題を教えてください。

栄田 施設が購入する場合、使うのは介護士、提供されるのは入居者という複数の関係者が存在します。購入者、介護士、入居者の全員が製品を理解しなければ使用が難しいため、それぞれのメリットを洗い出し、理解度を高めるためのプロセス構築が必要です。具体的な導入プロセスとしては、一定の訓練期間を設ければ、その期間で理解して使えるようになります。その一定期間の訓練をどのように行うかを施設と作り上げていくことで、さらに多くの施設に展開していけると思います。

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日本での実績を積み重ね、B to Cへの普及を目指す

――今後の戦略について教えてください。

栄田 実証や興味を持っていただいた施設を通して、今年から日本での実績を作っていく予定です。大きな施設の場合はグループ内で複数の施設を持っているため横展開をしながら、補助介護用ロボットとして公的補助の対象となるよう行政機関などへのアプローチも検討しています。数年以内に海外、そこからB to C領域への展開という長期計画を立てています。例えばシンガポールや台湾のように日本と似た文化を持つ国で実証を行うことも考えています。資金調達に向けてこれらをどのように進めていくかの戦略を練っていく予定です。

――B to Cへの普及に対しては、高齢者というよりも早期から歯磨きへの理解が必要ですね。

栄田 まさにそこが普及させるポイントです。BtoCの場合は、高齢者は新しいモノへの拒否反応が強い場合もあり、また受け入れたくても口腔内の状態が整ってない場合もあります。まずは手軽に使える方に使っていただくと同時に、ターゲットを50代〜70代にすることで、介護が必要になったときでも問題なく使えるので、そこにどうやって下ろしていくかが課題です。

また、歯周病防止には歯と歯茎の間のケアが重要だといわれています。例えばインプラントにしても歯と歯茎の間の菌を防ぐために歯磨きは不可欠で、インプラントでも使ってもらえることが重要です。歯が悪くなれば治療費がより多くかかりますが、お金をかけてでも予防するという意識がまだ日本では根付いていません。予防の文化を根付かせることも、大きな課題です。

――今後、全自動歯ブラシを活用してどんな世界を実現していきたいのか、お聞かせください。

栄田 まずは、介護が必要な方をはじめ、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などで歯磨きに困っているという連絡を多数いただいていて、そうした声を励みに課題を解決したいと思っています。そして、今回の経験をもとにロボット技術を活用し、人々の生活を豊かにする世界の実現を目指します。

歯磨きは人間の生体に最も近い部分です。口腔内から始まって顔周辺の筋肉、さらには、個人の行動パターンのデータから製品単体では成り立たなかったものが、口腔状態と体のある部分の状態とを掛け合わせることで、新しい発見につながるかもしれない。今後、歯磨き以外の人間に関わる様々な製品を作っていくことを考えると、幅広い分野の人たちと共に新たな世界観をつくり提供していきたいと考えています。私たちは工学が専門なので、ライフサイエンス分野の専門家と提携して進めていく必要があると感じています。LINK-Jのネットワークの中には様々な専門家がいらっしゃるので、それぞれの強みをマッチングし、人々のヘルスケアをサポートができるエコシステムを作っていきたいと思います。

インタビュー時に全自動歯ブラシをお持ちいただきました

gs_0371.jpg栄田 源 株式会社Genics 代表取締役
2015年3月 早稲田大学創造理工学部総合機械工学科卒業。2015年9月〜2016年3月 科学技術振興機構START技術シーズ選抜育成プロジェクト(ロボティックス分野)プロジェクトリーダー。2016年4月〜 2017年3月 トビタテ!留学JAPANの奨学金を得てオーストリア半導体企業ams AGにてインターン。2017年10月〜2018年3月 科学技術振興機構START社会還元加速プログラムSCORE EL。2018年3月 早稲田大学先進理工学研究科生命理工学専攻修了。同年4月 同大学先進理工学研究科生命理工学専攻博士後課程入学 高西淳夫研究室。早稲田大学高西・石井研究室での研究成果をもとに株式会社Genicsを起業し、代表取締役に就任。2019年1月 NPOロボロボ・Club理事長。

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