医療機器、デジタルヘルス、ヘルスケアサービスなどの領域でビジネス化に挑戦する研究者とその事業化チームを応援する「LINK-Jアカデミア発メドテックピッチコンテスト」。アカデミア会員の推薦を受けて出場した各チームは、スキルアップセミナーとメンタリングを経て、2回(1次ピッチ審査およびDemo Day)のピッチに挑戦します。優勝チームには賞金百万円が授与されるほか、ベンチャーキャピタルまたはアクセラレーターと面会できる権利など、様々な特典も提供されます。本シリーズ(全6回)では、Demo Dayに出場した6チームの代表に、参加の動機、開発中のプロダクト、今後の展望などを聞きました。 ※ピッチコンテスト全体についてお知りになりたい方はこちら
・名古屋大学推薦「株式会社UBeing」
・聖マリアンナ医科大学推薦「聖マリアンナ医科大学」
・国立がん研究センター推薦「DELISPECT」
・神奈川県立保健福祉大学推薦「株式会社Redge」★審査員賞
・国立国際医療研究センター推薦「コウソミル株式会社」★準優勝
・東京大学推薦「株式会社HICKY」★優勝
第1回は、名古屋大学が推薦する「株式会社UBeing」を紹介します。同社は現在、下顎部に接触させるデバイス を通じて微弱な電流を流すことで、食事療法(減塩食)の塩味を強化する「味覚調整デバイス」の開発に挑戦しています。現在のメンバーは、代表取締役を務める福島大喜さんを筆頭に3名。いずれも医療・サイエンス・ビジネスの専門家であり、自身の得意領域を存分に発揮しながら事業に邁進しています。
減塩生活の最大の悩みは「食事が美味しくない」
――まずは自己紹介からお願い致します。
福島 株式会社Ubeingで代表取締役を務める福島大喜です。もとは臨床医であり、いまも脳神経内科医として、脳梗塞や認知症などの脳神経疾患の診療業務に従事しています。現在は、高血圧などで減塩生活を余儀なくされている人たちの食生活を支援する、低侵襲性電気刺激による味覚調整デバイスの事業化にも挑戦しています。事業化チームは、電気味覚を研究されている青山一真先生 と、ビジネス領域の専門家を加えたメンバーです。
――なぜご自分で事業化に挑戦しようと思われたのでしょうか?
福島 起業のきっかけは、若くして脳梗塞を発症した高血圧患者さんが、入院中に脳出血で死亡するという出来事でした。患者さんの死を前に「これほど悪化する前に、何かできることはなかったのか?」と疑問に思ったわたしは、その原因を見つけ出そうと考え、高血圧で治療中の患者さんに「いま最もこまっていることは何ですか?」と聞いて回りました。すると、ほぼ全ての患者さんが「減塩食が美味しくないから、続かない」というのです。不満は味以外もあるのですが、「美味しくない」が最大の理由でした。
電気味覚の研究者に自分から積極的にアプローチ
――たしかに毎日の食事が美味しくないのはつらいですね。
福島 それ以来、仕事の空き時間を見つけては「減塩食を美味しく変える方法」をネット上で探していたところ、東京大学の青山一真先生が、電気刺激による味覚調整の研究で成果を上げていることを突き止めました。そこで「どのような研究で、現在どこまでが実現可能なのか」を聞いてみたいと思い、すぐに連絡を取りました。当時は青山先生と全く面識はなく、なかなか返信が来なかったのですが(笑)、最終的に前向きなご返信を頂くことができ、オンライン会議でお会いすることができました。
――それが青山先生との出会いのきっかけですね。メンバーはどのように探されたのでしょうか。
福島 事業化にあたっては、わたしも青山先生も、ともにビジネスの世界の経験がないことが悩みのタネでした。するとわたしの友人が、味覚調整デバイスの事業化に挑戦しているわたし達のことを知って、ビジネスの世界に詳しい方を紹介してくれたのです。彼もまた、わたし達の挑戦に強い興味を持ってくれたので、3人目のメンバーとして事業化チームに参画して頂きました。
「いま挑戦しなかったらきっと後で後悔する」
――初めて起業に挑戦するにあたって、不安はありませんでしたか?
福島 もともと小心者なので(笑)、起業するまで相当悩みました。結婚して家族もいたので「もし事業化に失敗したら、全財産を失うのだろうか?」と不安になり、地元の商工会議所にも相談しました。周囲の人たちにも聞いて回りましたが、起業に賛同する人もいれば、反対する人もいました。最終的に決断した理由は、目の前に課題があるのに挑戦しなかったら、きっと後で後悔するだろうという想いでした。起業までには妻や家族をはじめ、多くの人のお世話になりました。いまも感謝しています。
――電気刺激による味覚調整デバイスについては、他社も開発に挑戦していますね。
福島 大手食品会社が、カトラリータイプの電気刺激デバイスの事業化に乗り出すことは、私たちも承知しています。わたし達のデバイスは口元の皮膚を経由して通電するので、電流は頭頚部で完結するため、電気が心臓を介するリスクが低い、カトラリーを口に入れてない時でも持続的な味の変化が可能などの別の利点があります。市場がまだない状態なので、供に市場を開拓していく同志として協力できたらと思っています。
認知と人のつながりを求めて参加
――「アカデミア発メドテックピッチコンテスト」参加の経緯を教えてください。
福島 「メドテックピッチコンテスト」のことは、名古屋大学メディカルイノベーション推進室の紹介で知りました。同推進室の責任者は、わたしが勤務する脳神経内科の責任者でもあり、わたしが味覚調整デバイスの事業化に挑戦していることも知っていました。もっとも、肝心のデバイスの技術的検証もこれからで、当初は「いま参加すべきだろうか?」と悩みましたが、わたし達の挑戦を広く知ってもらい、人と人をつなぐネットワークづくりの良い機会になると考えて、参加しました。
――実際に参加してみて、どんな感想をお持ちになりましたか?
福島 あれほど大きな会場で話をする機会自体が初体験なので、1次ピッチ審査のときはかなり緊張しました。開始前に「いますごく緊張しています」というと、マイクを手渡してくれた人が「初めて挑戦する人が多いから、大丈夫ですよ」といってくれました。その一言で気持ちが和んだのを覚えています。ピッチ自体は、好意的に評価をしてくださる審査員の方もいたため、 そこは嬉しい誤算でした。参加者の中には、私たちと同じ段階のチームも多く、競争的資金の申請方法など、様々な情報を教わりました。
「有意義な経験となった」
――1次ピッチ審査後に実施されたメンタリングは勉強になりましたか?
福島 メンタリングでは素晴らしい講師の先生をご紹介頂き、とても勉強になりました。たとえば「ピッチは最初に結論から伝える」など、VC目線の「わかりやすいピッチのあり方」といった技術面から、スタートアップに立ちはだかる壁の乗り越え方などの精神面まで、様々な学びがありました。スタートアップの経験のある講師からは、起業家として経験してきたナマの体験談を聞くことができましたし、医療機関に勤務する人からは、医療機器で承認を目指す場合の臨床試験のスタイルなどを学びました。
――最終ピッチ審査「Demo Day」についてはどう思われましたか?
福島 当日に向けて、メンバーと意見交換しながらスライドを洗練させ、さらに発表用の原稿も、何十回と読み上げて練習を重ねながら、最終ピッチに備えました。残念ながら受賞は逃しましたが、ヘルスケア関係のスタートアップの方々とも知り合う機会を得て、非常に有意義な経験ができました。デモデイで知り合った他のチームとは、コンテスト終了後も連絡を取り合ったりしました。
誰でも味覚調整デバイスを利用できる世界を目指す
――いずれは、誰もが味覚調整デバイスを利用できるようになるのでしょうか?
福島 将来的には、誰もが普段の食事に味覚調整デバイスを利用できる世界を目指したいですね。特に外食産業や中食産業の世界は、どうしても塩分濃度の高い、濃い味つけほど人気が高い傾向にあります。そこを変えていかないと、「1日5~6グラム以内 の塩分摂取量」は達成できません。当然のように味覚調整デバイスが食事に利用されることで「塩分の少ない食事こそ美味しい」といえる世界になれば、素晴らしいと思います。
――塩味以外の味覚に対するアプローチも可能になるのでしょうか?
福島 残念ながら、現在の技術ではまだ実現できません。しかし、味覚調整デバイスは減塩以外の様々な可能性を秘めていると考えています。先日、デバイスを装着した状態で某チョコレートスナック菓子を食べてみたら、何故かさらに美味しくなったのです。これは不思議な体験でした。考えてみると、聴覚と視覚はすでに補聴器やコンタクトレンズのような補助器具がありますが、味覚の世界にはまだありません。わたし達は「味覚を補助するデバイス(仮称:補味器)」のようなデバイスを作りたいと考えています。
――塩味以外も自在に変化させられるようになれば、素晴らしいですね。
福島 食事の問題は、減塩食だけではありません。がん化学療法に伴う味覚変化などで、毎日の食事を楽しめない人は少なくありません。新型コロナ感染症も、治癒後の後遺症として味覚障害が知られています。わたし達は、電気刺激による味覚調整デバイスという補助器具を通じて、誰もが人生の最期まで食事を楽しむことができる「You Being(あなたらしい)」な世界の実現を目指したいと考えています。
株式会社UBeing代表取締役。脳神経内科医師。医師として「予防が最重要である」、「行動変容を楽しく継続させる仕組みや方法が世界で不足している」という原体験を元に起業。名古屋大学大学院研究科で神経疾患の臨床研究にも従事。