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インタビュー・コラム

産学連携の強化に向け、変貌を遂げる大学

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今回のスペシャルインタビューは、東北大学理事の矢島敬雅氏に、産学連携の取り組みについてお話をうかがいました。経済産業省から出向し産学連携を担当する矢島氏のミッションは、ベンチャーを育む土壌やオープンイノベーションのための環境を整備して、大学と企業との連携に変革を起こすこと。アントレプレナー育成拠点や大学側の組織づくりなど、具体的な事例を交えて語っていただきました。

東北大学発ベンチャーを100社に! 産学連携は5倍に!

――矢島さんは経済産業省から出向する形で、東北大学の産学連携担当の理事に就かれています。その役割をお教えください。

経済産業省から大学へ出向する例はそもそもあまり多くありません。さらに、産学連携の実務担当で出向することは数例あっても、理事という大学運営の意思決定にまで携わる立場で出向するのは、東北大学が初めてです。私で三代目となりますが、中小企業庁やの独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)で培ったファンド出資の経験や、ハンズオン支援などベンチャー起業支援・産学連携の経験、そして人的ネットワークを、東北大学の産学連携強化に活かすのが私の役割ということになります。学内に外部視点を持ち込み、気づきのきっかけを作ったり発想の転換を促したりすることも、重要な役目の一つだと感じています。

東北大学がめざす産学連携は、大きく二通りに分けることができます。一つは東北大学発ベンチャーの創出。そしてもう一つは、既存企業と大学との共同研究・オープンイノベーションの推進です。具体的な数字を挙げると、大学発ベンチャーでは2030年度までに100社をめざし、企業との共同研究では「2025年度までに大学・国立研究開発法人に対する企業の投資額を現在(2016年)の3倍に」という政府目標を上回る「5倍」という数字を2030年度までの目標に掲げています。

これらは非常にチャレンジングな数字ではありますが、多様な取り組みにより成果を着実に上げていく考えです。東北大学の建学の精神は、「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」。1907年の創設以来、オープンな気質で、産業化できる研究を指向してきました。本学の磁性鋼の発明者・本多光太郎先生も今風に言えばベンチャー起業家ですし、パソコンのハードディスクもスマートフォンのストレージも東北大学の発明品。産学連携は、まさに東北大学のDNAなのです。

環境整備で、大学発ベンチャーは加速的に生み出せる

――具体的な取り組みについて伺います。東北大学がめざす産学連携は二通りあるということでしたが、東北大学発ベンチャーを増やすためにどのような取り組みを行っているのでしょう?

まず文部科学省の次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)に採択され、起業家教育プログラムのための予算を獲得しました。この予算をもとに、これから起業をめざす学生や教職員、研究者に、アイデアの創出手法やビジネスモデルの構築、さらには財務諸表の読み方など実践的な講義を提供し、学内でアントレプレナーシップの醸成を図っています。

また、ベンチャー創設のためには学内だけでなく多方面から起業を支援するエコシステムも必要だと考え、さまざまな関係者が集う場として、アントレプレナー育成拠点「東北大学スタートアップガレージ(TUSG)」を設立しました。TUSGは、かつて米国で大学発ベンチャーが自然発生的に生まれた環境を"人為的に""加速的に"整備することを目指したものと言えます。米国ベンチャーの多くは、カフェなどいろいろな人が集う中で、「おもしろそうなアイデアだから一緒にやろう!」と意気投合したのが起業の出発点でした。この、いろいろな人、すなわち学生も、教授も、社会人も、投資家も、オープンに集うことができるファンクションがあることがキーだと考えています。

場所は青葉山キャンパス内の、中小機構が運営するインキュベーション施設の中に構えました。この施設には、すでに起業を果たした東北大学関係の起業家が20名ほど入居し、それぞれが事業を行っていますから、これから起業をめざす上で刺激を受け、必要な生の情報を得るには最適な場所です。投資家や支援者にもアクセスしやすくなります。

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――家賃などは大学が負担しているのですか?

そうです。またTUSGの機能にメンターを加えたかったため、起業したOB・OGの組織化も取り組んでいます。自ら会社を興す道を選んだOB・OGは、自分の後に続く後輩がほしいという想いがあるのでしょう。東京など首都圏に出ている人を含めた20名が、メンターとしてさまざまな相談に乗っています。私は当初、近隣大学の卒業生も含めたメンター組織を考えていたのですが、求心力を持たせるには東北大学卒業生に限定した方が良いとアドバイスを受け、それに従いました。そのアドバイス通り、"母校のため"というメッセージが奏功し、メンターに名乗りを上げてくれる人が集まりました。

TUSGの運営実務は、地場のVCである一般社団法人MAKOTOに委託しています。MAKOTOは、ほとんど活動休止状態だった学内の起業サークルの復活も後押しするなど、起業に関心のある学生の受け皿拡大にも努めています。そして2018年、ようやく東北大学でも、TUSG主催で初めてのピッチイベントを開くことができました。

本年2月の第2回ピッチイベントで優勝したのは、法学部の学生でした。受賞スピーチで語られたのは、東北大学ではベンチャー起業ができないと一度はあきらめ、大阪で起業をめざしていたという事実。TUSG設立をきっかけに本学に戻ってきたという話でしたが、改めてベンチャー支援の場を学内に整備する意義を実感した出来事でした。

産学連携は攻めの姿勢に転じ、「組織」対「組織」の共同研究を提案

――2つ目の産学連携である企業との共同研究は、長らく大学の理工系研究を支えてきました。その共同研究を「5倍にする」という目標に対しては、どのような取り組みを行っているのでしょう?

従来の共同研究における大学側のスタンスはというと、"待ち"の姿勢でした。企業から「〇〇先生の△△に関する研究論文を拝見して興味を持ったので、共同研究したい」という申し入れがあってはじめて、個別テーマに対する共同研究を受けていたわけです。また、地場に本社を置く大企業は少ないため、立地の点でも東北大学は不利でした。これを5倍にするためには、"攻め"の姿勢に転じなくてはなりません。そこで最近は、大学側から企業側への提案型案件を増やしています。

提案を行う共同研究のテーマは、幅広く、企業の課題解決や中長期ビジョン達成のために東北大学のリソースを最大限に活用していただくのが主旨で、場合によってはテーマ設定自体から共に検討することもあります。理工系だけに限らず、人文社会系も含めて研究者を集めブレーンストーミングを行い、議論の進展に応じてメンバーを柔軟に変更していくこともあり得ます。「組織」対「組織」で骨太の共同研究を行おうというものです。

――そうした提案型の共同研究で、成功事例と呼べるものがあれば教えてください。

現在同時並行で5社と共同研究を進めていますが、いずれも簡単に結論が導き出されるようなテーマではないため、まだ途上です。提案型の共同研究を始めるにあたって、営業部隊の整備に時間をかけた側面もあります。従来型の場合、研究室と企業をつなぐコーディネーター役には、その分野に詳しい企業OBをリクルートしていましたが、これからは提案型が主流になるため、コンサルティング会社や企業の企画畑から提案営業ができる人材を増やしていきたいと考えています。

――待遇面がネックになって人材確保が難しいという話は、あちらこちらの大学から聞こえてきますが...。

産学連携を組織的に進めるための組織づくりは、何より重要だと捉えています。プロジェクトの規模も大きくなるわけですから、相応の責任もあります。東北大学では総長の理解もあり、優秀な人材を採用できるだけの予算を確保しました。民間のマーケティングセンスが入ることにより、大学が内側から変わっていく手応えも感じています。

――人材確保の話が出ましたので加えて伺いたいのですが、大学の研究成果の知財管理を行う人材も今後ますます重要になるのではないでしょうか?

おっしゃる通りです。本学の場合、特にライフサイエンスなど専門性の高い分野については、企業の知財部門出身者や特許庁出身者を積極的に採用し、従来にはなかった戦略的知財管理を推し進めているところです。積極的に特許を取りに行くべきはどの分野か、特許出願の適切なタイミングはいつか、それまではブラックボックス化しておくべきか、いよいよ事業化となったときに稼げる特許になっているか...など、研究開発と知財管理を一体的に考えていきます。

知財管理の役割分担として、手続きなどの実務は本学が基本契約を締結しているTLO(特許化した研究成果を企業へ技術移転する技術移転機関)に移管し、大学知財部は制度設計・戦略立案に特化していく方針です。

「大学とは組みにくい」は、過去の話。現場を見れば、その提案力の高さがわかるはず

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――次にライフサイエンス分野にフォーカスして話をお伺いします。東日本大震災の復興プロジェクトとして、未来型医療を築いて震災復興に取り組むことを目的に設置された東北大学の「東北メディカルメガバンク」は、東北地域のみならずオールジャパンにとって非常に貴重なリソースになりそうです。一方で、ビジネスに活用するにはいろいろな制約があるとの意見もあります。矢島さんは、東北メディカルメガバンクの存在意義と活用方法をどのように捉えているのでしょうか。

15万人規模のデータの集積は、医療分野におけるプラットフォーマーになり得ると感じています。IT系を中心にさまざまな分野のプラットフォーマーが米国に押さえられている中で、東北メディカルメガバンクが日本の国際競争力向上にも貢献する大切なリソースであることは、間違いありません。

私の着任時の状況は、試料・医療情報を集積している真っ最中でした。総計15万人規模のゲノムコホート調査や3世代コホート調査をスムーズに実施できたのは、東北大学が東北地域の地域医療を担っており、県内の各医療機関にも本学出身者が多く、協力が得られやすかったという側面があります。おそらくこれだけの調査は、東北大学以外ではできなかったでしょう。

これからいよいよ活用の段階に入ります。活用方法については大学側のアイデアというより、むしろ企業側のアイデアが必要です。未来の医療に資する具体的な活用法を検討し、現行のルールで活用に障害があればルールを見直す、逆に活用に際して必要だと思われるルールが出てくれば、新たなルールを整備する方向で議論を行わなければなりません。

しかし、実はそれ以前の問題として、まだ企業に東北メディカルメガバンクの事業内容の詳細が認知されていません。我々もPR不足のところがあるので、今後も説明の機会を設けていきます。

――東北大学の強みというと真っ先に素材を思い浮かべますが、ライフサイエンス分野の方はどの程度力を入れているのでしょうか?

産学連携の実績を外部資金の獲得規模で見ますと、急速にライフサイエンス系が増えています。そこで、我々は、ライフサイエンス系を理工系と肩を並べる2本柱の一つに育てたいと考えています。ライフサイエンス系は医学部、薬学部、病院等多くの研究拠点が星陵キャンパスに存在しています。これらの有機的な連携を図るため、本部にオープンイノベーション戦略機構をつくり、ここでライフサイエンス系各組織の力を結集できるようにしました。また、医工連携学科という研究科を全国に先駆けて創設したのも、本学の強みである工と医を合わせた新しい試みであったと言えます。

2023年の運転開始を目指し、現在、大学キャンパス内に次世代放射光施設の建設が進められています。この放射光施設は物質の状態をナノレベルで分析でき、創薬や高分子材料開発など広い分野での応用が期待されています。

――オープンイノベーションの進展については、さまざまな関係者が頭を悩ませています。今後オープンイノベーションを加速するためにどうすれば良いか、お考えをお聞かせいただけますか?

本当に産学の両者がオープンイノベーションを必要としているなら、おのずと進展するはずです。進んでいないのだとすれば、切迫感・危機感が共有されていないのではないでしょうか。旧来の大学のイメージを念頭に、「大学とは組みにくい」「自社の研究・自社の技術でなんとかなる」と思っている企業が多いように見えます。

しかし大学側はかなり危機感を持ち、ここ数年で自ら変革を起こしています。実際に見学に来た企業からは、技術力のみならず協力体制についても高い評価をいただいています。先日は、トップ自ら見学に来てくださった企業と組織的連携協力協定を結ぶに至りました。

――それでは、最後にLINK-Jに対する期待をお聞かせください。

2月に開催したトークイベント「LINK-J × 東北大学ネットワーキング・ナイト」は、外部との接点強化という意味で大変貴重な機会となりました(開催レポート11/30開催レポート2/13)。また5月にはLINK-J主催の東北大学連携視察ツアーも開催されます。現場をご覧いただけると説得力になりますので、企画に感謝しています。

一つLINK-Jにお願いしたいのは、東北大学のTUSGのように全国の大学にできつつあるオープンなインキュベーション拠点について、それらをつなぐ役目を果たしてほしいということ。地方にいる我々からすると、日本全国そして世界につながること、また異分野とつながることが非常に重要だからです。ぜひリンク役をお願いします。

yajima.png矢島 敬雅 氏 東北大学 理事(産学連携担当)

群馬県高崎市生まれ。1986年に北海道大学工学部資源開発工学科を卒業し、通商産業省に入省。基礎産業局、資源エネルギー庁、環境立地局、中小企業庁、生活産業局、JETROヒューストンセンター、原子力安全・保安院、商務情報政策局、中小企業基盤整備機構等を経て、2016年7月より現職。

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