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インタビュー・コラム

【News Letter】世界から評価される日本発バイオベンチャーの創出に向けて

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この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.13のインタビュー記事を掲載しております。
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バイオベンチャー企業の価値は短期の業績に加えて、製品や技術が持つ中長期的なポテンシャルや成長性も含めた評価が重要であり、日本市場においても、より適切な評価方法の作成に向けた検討が近年進められてきています。また、国内外の機関投資家や大手事業会社等の視点からみても魅力的に映る企業の創出や、そうした企業への国内外からの投資の呼び込み、バイオ分野エコシステムの活性化も業界では求められています。そこで今回はベンチャーキャピタリストの宇佐美篤氏とバイオベンチャー専門アナリストの野村広之進氏をお迎えし、これらの点について語り合っていただきました。

バイオ株の取引は圧倒的に個人投資家が多いという問題点

―― 今回は、LINK-Jサポーターの宇佐美さんからのご紹介で、お二方の対談が実現しました。まずは簡単な自己紹介からお願いします。

宇佐美 私はUTECという東京大学をはじめとした国内外の大学・研究機関発のベンチャーへの投資育成を行うベンチャーキャピタル(VC)で、ライフサイエンス分野を担当しています。人類課題の解決により世界からも評価される企業の創出に関わることができればとの想いでUTECに参画し、投資や経営支援に加え、創業前段階からの研究者、起業家候補者らとの共同創業なども行っています。学生時代は薬学を専攻し博士号を取得後、シンクタンクに就職。その後、UTECに参画して7年目です。先頃、わが国の新興市場で行われたバイオベンチャーを含む先行投資型ベンチャーの上場基準と上場廃止基準の見直しに中心的に携わられた野村さんにお話を伺いたく、対談をお願いしました。

野村 私も薬学部出身で、主にバイオ系の研究をしていました。卒業後は、シンクタンクで製薬企業の買収や新規事業立ち上げなどを経験した後、より専門性を身に着けるため、現在のみずほ証券でバイオ専門のアナリストになりました。今は機関投資家がバイオ企業に投資するのを助けるためのアナリストレポートを日々書いています。

宇佐美 バイオ専門のベンチャーキャピタリストの数も少ないですが、バイオ専門アナリストも日本ではとても少ないと聞きます。

野村 大手製薬企業などは対象とせずバイオベンチャーだけを専門にしているアナリストとなると、業界全体でも2-3人程度ですね。

宇佐美 薬学バックグラウンドを生かせるキャリアが、製薬やアカデミアを取り巻く周辺領域にもあることを、キャリア形成を考える世代にも知っていただくことが必要かもしれませんね。

野村 そうですね。バイオ専門アナリストが少ない背景としては、日本の上場バイオ企業の数や規模の問題に加え、個人投資家比率が圧倒的に高いことがあります。そういう投資環境では、中長期を見据えたフェアな株価になりにくいので、機関投資家には敬遠されがちです。また、機関投資家も例えば「東証1部の黒字企業にしか投資できない」など、ファンドのルールが設定されており、自由に投資できない面もあります。しかし最近では上場バイオ企業の時価総額合計も2兆円程度と無視できないサイズになってきました。今後は専門アナリストがもっと必要とされるでしょう。

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宇佐美 篤(株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ (UTEC) パートナー)

――一般的にベンチャーのエグジットにはIPOとM&Aの2通りがあり、日本はIPO志向が強いと言われます。一方、間接経費がかかるIPOよりM&Aの選択肢も検討されるべきとの考えもあります。宇佐美さんはどうお考えですか?

宇佐美 私は、IPOにせよM&Aにせよ、「製品・技術が社会により普及していくための入口と考えており、価値最大化の観点からいずれの道を歩むことがより良いか」という点を意識しています。技術の特性、関係者の意向、資金調達の外部環境などもあり、ケースバイケースではあります。ただ、日本ではIPO事例も少ないですが、M&A事例も極端に少ないです。米国では非常に大きな規模でのIPO事例がよく報道されますが、こうしたIPO事例を米国ほど聞かない欧州ではM&Aが活発と聞きます。たとえば、先日学術分野での世界的評価の高いスイスのEPFLを訪問した際、大学キャンパス内のインキュベーション施設に、アカデミア、ベンチャー、大手製薬メーカーや種苗メーカーが共に入居して、日常的なコミュニケーションを積み重ねながら、比較的小規模でのM&Aがとても活発に行われているという話を聞きました。事業会社からのニーズ共有、求められる業界基準のフィードバックが常日頃からある点は、M&Aに限らず業界活性化にも繋がります。こうした共同創出型のオープンイノベーションが日本でもより行われるようになると、選択肢が増え、状況も変わってくるのではと期待します。

――野村さんはアナリストですから上場後の評価がメインのお仕事ですが、上場前のベンチャーをご覧になったとき、バックでサポートしているVCの影響は大きいとお考えですか?

野村 日本ではまだ事例が少なくそこまでではないかもしれませんが、歴史の長いアメリカでは、上場前にどのVCが投資しているかが重要視されます。起業家・VC・機関投資家間のエコシステムができあがり、ある種の「顔見知り」の中でヒト・モノ・カネ・情報が回っているため、「あの人が投資しているなら、サイエンスは一流だ。この人が投資しているなら、特許も問題ないだろう」という判断になっていると思います。日本もいずれ、そうなっていくと考えています。

上場基準の見直しで、市場の健全な発展に期待

――さて、先のマザーズ市場のバイオベンチャーの上場基準と上場廃止基準の見直しについて伺いたいと思います。経緯と見直しのポイントをお聞かせいただけますか?

野村 問題意識を持っていた経済産業省が、2017年に『バイオベンチャーと投資家の対話促進研究会』を発足させ、私も招集されました。私は常々「バイオベンチャーの成功事例を生みだすには、IPO前も大切だが、IPO時とその後にポテンシャルを正当に評価する上場市場も同様に大切」と訴えていたため呼ばれたのでしょう。議論では、上場基準は、現状の7要件を厳格に当てはめるのは不合理という意見が大半で、より柔軟性を明確にした解釈ペーパーが出されました。また、上場廃止基準は、従来のように短期の業績で廃止されるのもおかしいということで、改定されました。ただ、本来はバイオに限らない新興市場の在り方をどうするかというより広い議論でもあるので、それも踏まえ、上場基準と上場廃止基準を合わせてディスカッションすることが、将来的に必要だとも感じました。

宇佐美 一番のポイントというと、どこになりますか?

野村 私個人の考えですが、IPOにあたり製薬企業とのアライアンスが必須でない、という点が以前よりは明確になったことでしょうか。IPOのためにアライアンスが必須だと、ベンチャーはどうしても製薬企業との交渉力が弱くなり、バリューが低い契約となりがちです。そうなると、IPOはできてもその後も含めた中長期の成長に不安を抱えます。また、製薬企業側から見た場合には、容易にアライアンスが可能、あるいは既に主要開発品が他社にアライアンスされていれば、M&Aの対象にもなりにくくなります。VCとしては、今回の見直しをどう捉えていますか?

宇佐美 企業の評価基準がより具体的に共有化されることで、今までのグレーな部分が明確になることは良いことです。私はシード・アーリー期から動いていますので、事業化や市場からの評価についてまだ具体的なイメージを掴めていない研究者や起業家の方もいらっしゃいます。技術そのものの評価だけでなく、事業評価にはどのような視点があり、どのように社内組織体制や事業開発を行い、将来投資家に対して情報開示していくのかの指針がより明確に示されることで、創業間もない時期から将来を見据え、関係者で目線を合わせて、事業拡大、上場準備を進めていくことができるようになります。また適切な指標を設けることで、国内外の機関投資家からの投資促進を通した資金調達環境の改善により、上場後も事業を大きく拡大させていく企業が増えることにも繋がるのではと期待しています。

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野村 広之進 氏(みずほ証券株式会社 エクイティ調査部 シニアアナリスト)

成長の機運を全体で盛り上げるためにも、さらなるコミュニティ形成を

――上場基準の見直しのほか、バイオベンチャーの価値を正しく評価するためにはどのような市場環境が必要だとお考えですか?

宇佐美 アメリカのように、ベンチャーの成長を上場前から上場後まで一貫して支え続ける"クロスオーバー投資家"による投資が増えると、状況も変わってくるように思います。

野村 そうですね。クロスオーバー投資家にはVCがIPO後も株を売却せず投資を続ける場合と、機関投資家が上場前から投資する場合の2タイプがあります。日本にもどちらも必要だと思います。

宇佐美 規模感のある投資をシード・アーリー期に限らずミドル・レーター期でも行うことができるVCファンドの組成や海外からの呼び込み、そうしたVCによるバリューアップやパフォーマンスなども今後はより求められるようになってくるかもしれません。

野村 また、機関投資家など運用者側の視点からは、バイオインデックス創設の意味は大きいと思います。加えて、機関投資家に情報発信を行うアナリストの数も、もっと必要でしょう。

宇佐美 ベンチャー側の情報開示の量や質に対して問う声もあると聞きます。適切な開示がより進むと、より適切な価値評価も可能となります。また、第三者評価も重要でしょう。過去には、各分野で知見をもつ複数の科学者や専門家の目が入っていなかったり、家族経営だったりというケースも珍しくなかったように思います。研究開発上、会社経営上、第三者の複数の目が事業開始当初から入ることで、企業価値向上がスムーズに図られるようになるように考えます。

――最後に、LINK-Jへの期待があればお聞かせください。

野村 LINK-Jのエコシステム形成の試みは、お世辞でなく素晴らしいと思っています。私はLINK-Jのイベントに年数回参加し、上場前のベンチャーを知る機会にしているのですが、コミュニティ形成の一助として機関投資家をお誘いしても良いかもしれませんね。今後は、全国に6、7拠点あるバイオクラスターをバーチャルにつなぐ役目も引き受けていただき、海外の製薬企業や投資家が日本のクラスターにコンタクトするときの窓口として機能していただければ、ありがたいです。

宇佐美 アカデミア、スタートアップ、投資家、アナリスト、メディアなど主要なプレーヤー数百人が一堂に介し、先端分野の情報共有に加えて企業の成功事例と失敗事例を共有するバイオ先端分野に特化したイベントがアメリカでは開かれていたりします。そのような場を日本でもLINK-Jに設けていただけると良いかもしれません。会員も450を数えるということですから、新しい大きなうねりに繋がるのではと思います。

野村 確かに、今はセクター全体を盛り上げなければならない時期です。いろいろな方々が情報交換をし、業界全体で共助し合うムードができると良いですね。

――業界に資するコミュニティを形成できるよう、これからも努めてまいります。

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usami.png宇佐美 篤 氏  LINK-Jサポーター/ 株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC) パートナー
東京大学大学院薬学系研究科生命薬学専攻にて、博士号取得、薬剤師。三菱総合研究所を経て、2013年よりUTECに参画。Repertoire Genesis、五稜化薬、エディットフォース、ミルテル、bitBiome、OriCiro Genomicsなど投資先10社の社外取締役を兼任。JST START事業プロモーター、NEDO TCPメンターでの事業化支援や、東京大学ライフイノベーション・リーディング大学院コロキウムでの産学連携教育セミナー等での講師も務める。

nomura.png野村 広之進 氏 みずほ証券株式会社 エクイティ調査部 シニアアナリスト
東北大学大学院薬学研究科生命薬学専攻。三菱総合研究所を経て2015年より現職。アナリストランキングでは、2016年Thomson Reuters Analyst Award ヘルスケア 1位(銘柄選定)、2019年 日経ヴェリタスアナリストランキング医薬品·ヘルスケア 9位(バイオで1位)、2019年 Institutional Investor Biotechnology&Pharmaceuticals 4位(バイオで1位)。経済産業省「バイオベンチャーと投資家の対話促進研究会」(17年~)をはじめとする有識者会議でも活躍。

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