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インタビュー・コラム

血中タンパク質測定で疾患を予測し、未来の健康につなげるフォーネスライフ株式会社

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血中タンパク質の解析技術を持つ米国SomaLogic社との協業により、数滴の血液から一度に約7,000種類のタンパク質を測定し、4年以内の疾病リスクを予測。検査後には医師との健康相談や保健師資格を持つコンシェルジュによるカウンセリングなど健康改善メニューも提供しているフォーネスライフ。心筋梗塞や脳卒中などの循環器疾患からスタートし、今秋、対象疾患にがんも加える予定とのこと。代表取締役CEOの江川尚人氏にお話をお伺いしました。

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江川尚人氏(フォーネスライフ株式会社代表取締役CEO)

"命の声"に寄り添い、病気のない世界の実現へ

――まず、米国SomaLogic社との関係を含め、会社を設立された経緯を教えてください。

江川 もともとSomaLogicとNECグループは、10年以上前からアプタマー技術の共同研究をしていました。当初は基礎研究がメインで、人工的にDNAをデザインしてアプタマーを作り、新しい検出技術の検討をしてきました。同時に、アプタマーを用いた血液分子の大量解析とウエルネス事業の可能性も長い間議論してきました。そうした中で、NECグループからSomaLogicに出向して一緒に論文を書いていたメンバーが、循環器疾患においてフラミンガム研究よりも高い精度で予測できる技術やアルゴリズムの開発に成功し、医学雑誌JAMAに論文を発表したのが5年程前です。

その論文が弊社の事業のベースになり、そこから疾患を未病段階でつぶす、もしくは再発リスクを避けるための事業化を進め、2020年4月に会社を立ち上げました。社名のフォーネスライフ(FonesLife)とは、"命の声"を意味するギリシャ語「Fones tis zois」を語源に英語と組み合わせた造語で、命の声にしっかりと耳を傾けてその人の健康に寄り添い、最終的には誰も病気にならない世界の実現をビジョンに掲げています。

昨年NECソリューションイノベータから出資を得て、SomaLogicと弊社は共同事業会社としてスタートしました。基本的にはNECグループの会社ですが、SomaLogicからは技術を提供してもらい、私たちは事業化のノウハウを持つメンバーを集め、互いの得意分野を持ち寄った形です。SomaLogicの技術については日本の事業権を弊社が持ち、日本だけでなく様々な人種に特化した開発を行っているので、東南アジアや東アジア、南アジアに優先的に取り組むことを含めた契約になっています。

特にフォーカスしているのは、日本と同じような保険制度を持つベトナムのほか、インドネシア、タイ、フィリピンです。また、近年インドネシアやタイでは糖尿病が増加していますが、私たちは糖尿病予防の検査もできるため、こうした社会的な課題に応えるためにも海外進出を考えています。

――江川さんはもともとNECのご出身ですか。

江川 NECとNECソリューションイノベータを行き来している感じでした。入社したのは、NECソリューションイノベータの前身であるNECソフトです。この会社が上場するタイミングで入社して以来、経営企画や事業企画、法務などに関わりました。ビジネスに併走して支える役割を担ってきたため、ライフサイエンスには縁がなかったのですが、共同研究契約を結び出した約10年前からSomaLogicと関わり出して、それが本格的になったのは2018年です。前述の論文が出て事業化を検討する中で、SomaLogicとNECソリューションイノベータとの共同事業契約のコーディネーターやネゴシエーターをしていたのが始まりです。

――ご自身の希望で代表取締役に就任されたのですか。

江川 はい。それまで様々な事業の立ち上げに関わってきた中で、これはなんとしてもモノにしたいと思いました。妻が病弱だったことに加え、誰にとっても身近な心筋梗塞や脳卒中に対し、少しでも役立つことがあるのではないかと考えて自ら望みました。上司からは「覚悟してやれ」と言われて今に至ります。

――ヘルスケアの世界は一種独特な社会です。外から見ていたときと当事者になってからでの違いはありますか。

江川 なんて難しい世界だろうと思いました。医療のソリューションやシステムに関わる仕事を担当した経験があったので、重要なことはわかっていましたが、薬事や薬機法などを調べていくと、他と比較にならないほどの責任の重さや煩雑さを実感しています。さらに、医師や大学の先生と対するには専門知識がないと話にならないので、なんというところに来ちゃったんだろうと。でも、知識を身につけることで、自分たちがつくるサービスが人の健康や命につながっていくことをダイレクトに感じることができるので、やりがいを感じています。

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4年以内の疾病リスクを予測し、予防介入へ

――事業について教えてください。

江川 弊社はいま3つの事業ドメインを持っていて、その一つが解析です。これはSomaLogicの技術を100%使い、そこに日本の医療や統計の知識と技術を持ったメンバーが、製薬会社やプロテオミクスを使う会社と研究計画を立てて解析を支援する事業です。

あとの2つは私たちがメインとなって伸ばしていく事業で、一つは「フォーネスビジュアス」というサービスです。病院で採血し、その血中タンパクを解析することで、いまの体の状態を把握します。例えば、肝臓脂肪や耐糖能など、通常の血液検査では容易にわからないことを、タンパク質を分析して日本人に適用できるようにし、心筋梗塞や脳卒中などの将来の疾病リスクも予測して病院に返す検査事業です。

この検査事業に付随する形で、将来予測から疾病を予防するために介入するのが3つ目の柱です。病院で検査を受けた後、医師との相談から行動変容を促すアフターサービスまでを提供します。食品会社や栄養関連の企業、スポーツジムなどと組みながら将来予測をし、健康状態を改善するための介入を図ります。予測した疾患を予防するためのメニューの中身は様々な会社と検討中ですが、保健師の指導によるコンサルティングも、「フォーネスビジュアス」のサービスのひとつです。

――タンパク質の分析はどれくらいの項目を検査できるのですか。

江川 5ml前後という少量の採血1本で、血中タンパク質を血漿から見るのに約7,000種類を測る技術があります。検査項目によって違いますが、例えば循環器系の疾患であれば約30種類、体の状態や機能を見るなら約150種類といったように、一度の検査で検査項目ごとに見るタンパク質の数は変わります。いまは7,000種類全てを使っていませんが、今後、がんや認知症の検査を増やしていく中で、多くのタンパク質を見ていくことになると思います。

――それは定量的にも分析されるのですか。

江川 質量分析(MS)とは異なる技術を使います。我々の分析では、タンパク質を測るためのアプタマーを約7,000種類用意し、血液中のたんぱく質と結合させて洗浄し、タンパク質に結合していたアプタマーの量を解析します。つまり発現したタンパク質の種類とバランスによって疾病リスクを予測していくのです。

いま上市している検査項目は、循環器系疾患では心筋梗塞や脳卒中などの初発と再発、肝臓脂肪、耐糖能、内臓脂肪、アルコールの影響、心肺持久力、安静時代謝量の8項目です。今年11月以降にがんの検査を追加する予定で、罹患5大がんのうちの2つに取り組みます。最終的には罹患5大がん、死亡原因5大がん、さらに主要な15種類のがんにとりかかる計画を立てています。

――検査項目にアルツハイマーは含まれていますか。今年6月に米国薬品大手のバイオジェンの治療薬が軽度認知症への適用となりました。そうなると早期発見が重要ですね。

江川 弊社も早い段階で出す予定です。認知症のうち6~7割がアルツハイマー型からと言われているため、MCI(軽度認知障害)の進行を止めることは重要です。正確に予測しつつ、その時点での状態を判定する検査は社会的に意味があるだけでなく、健康寿命と平均寿命の差を埋めることが弊社の使命でもあるため、重点開発項目と据えています。

――御社の検査とは手法は違うものの、遺伝子検査も疾患予測という目的では共通しているところがあります。タンパク質で診ることのメリットについて教えてください。

江川 日本で多くされている遺伝子検査は、一生に一度きりの検査で、生活習慣を改善したとしてもその結果は見えてきません。遺伝子3割、生活習慣7割とよく言われるように、健康や病気に大きな影響を与えるのは生活習慣になります。血中タンパク質は様々な要因で変わっていきますので、よりその人に特化した項目も含めて観察できることが、違いになります。

――タンパク質を解析し、4年以内の発症確率を導くプロセスについて教えてください。

江川 発症確率の分析のベースはコホート研究で、例えば5年、10年の間に健常者が病気になっていくプロセスを血液で分析し、タンパク質の発現量のパターンと照らし合わせて相関を見ます。その特異度を間違えないよう、どのタンパク質セットを評価に使うかをSomaLogicと組み上げていきます。

コホートについては、モデル開発とバリデーションを行う2つがあります。モデル開発では大きなコホートを使い、バリデーションもタイプの異なるコホートで行います。先行している米国中心としたグローバルなコホートでモデルを作り、日本の国立大学や国立の研究機関、市民コホートなど様々なところに協力してもらい、日本人で検証して精度をあげながら確認していくプロセスです。現在提供している検査は、日本でも2,000名程度の検証を行いました。今後も、私たちの国内でのサービス提供にむけては、各疾患の発症率を踏まえて、必要な数の日本人サンプルを準備して解析し、医学および統計学としても認められる検証データをそろえ事業を強化してまいります。

前述したように、検査の結果から医師が疾病リスクを提示し、体の状態を見た後にコンシェルジュが健康相談を行い、ソフトウェアを利用した健康改善メニューも提供しています。これによって自ら行動変容し、1年〜2年後にもう一度検査を受けるとやはり結果は良くなります。保健師資格のある人から健康相談を受けてもらうと同時に、許諾をもらったデータを前向きに溜め、その人に合った質の良い介入を行う。こうした両方のアプローチで研究と製品開発を行っています。

―先日、一般向けに発症確率を予測する検査の提供を発表されましたね。

江川 スタートしたばかりで、いま検査が受けられる医療機関は3つです。最近は特別な人間ドックを行う機関ではなく、企業の一般健診を多く扱う健診センターから声がかかるようになりました。弊社の検査を病院で受けると少し値段が高いため、健康経営支援の一環でサブスクリプション型サービスとして、社員一人当たり300〜400円での販売を開始しました。全員の検査は難しくても、例えば500人の会社だったら毎年15人が検査でき、50歳の節目健診などで健診センターで追加検査を受けてもらえるというビジネスモデルです。

―法人アカウントと個人アカウントで分けているのですね。

江川 個人のみで高額だと手が出ないこともあります。法人アカウントの場合は、NECグループで提供している健康診断の結果から将来予測を行うサービスも活用できます。ここはNECソリューションイノベータが得意なところで、企業向けのITを中心としたサブスクリプションサービスから、産業医の方にフォロー頂きリスクの高い人を私たちの検査につないでいく形です。

NECソリューションイノベータには、健康診断の結果を産業保健師や産業医が管理する企業内の健康管理支援サービスや、過去2回の健康診断の結果から3年先を予測する健診結果予測シミュレーションの提供のほか、数年前に法制化されたストレスチェックも扱うなど、様々な健康系支援のメニューがあります。全員に血液検査を受けてもらうのは難しい面もあるため、若い人やリスクの高くない人はITで対応し、ハイリスクの人を弊社が支援するという組み合わせをしています。ただ、ITソリューションの利用者は十万人を超えた一方で、血液検査を受けたのは100人強です。今年は病院からの申し込みで500人、企業経由で500人、計1,000人に受けてもらう計画を立てています。

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(三井リンクラボ新木場1にて撮影)

早期発見と将来予測にITによるソリューションも提供

――予測の精度に対する認証や規制についてはどうなっていますか。

江川 まず米国はルートとして2つあります。FDAでIVD(体外診断用医薬品)を採るケースと、LDT(自家調整検査法)で米国病理学会やCLIA(臨床検査室改善法)認証で認証検査所としての検査の品質を担保するケースです。最終的には価格を含め、保険適用や健康診断をこの検査に置き換えたいと思っています。

私たちは衛生検査所として検査をお受けするモデルで、日本人でのバリデーションを行い、社外委員による倫理委員会で審議を実施頂いています。例えば検査の精度を担保するために、医療統計的に必要な多くの検体で検証を行い、倫理委員会での審議を経て、数その結果と可能な場合には論文を公表し、医師に説明しています。自由診療なので最終的には医師の判断での提供になりますが、エビデンスを見せて理解してもらった上での使用という形をとっています。

――そうなるとドクターへの理解が重要になりますね。

江川 はい。例えば検査で悪い結果が出た場合にどんな使い方をするのか。先に使用している医師のユースケースを見てもらい、理解した上で使ってもらっています。また、学会や勉強会などの活動を取り込みながら、私たちの良さを先生方に理解してもらい間口を広げていきたいと思います。

――現在の競合状況と、御社の強みをお聞かせください。

江川 私たちの強みは大きく2つあります。一つは、早期発見に向けたリスクスクリーニングだけでなく、将来予測も提供できることです。もちろん医師と連携したモデルですが、がんや認知症についても、より正確に高いレベルで提供することが可能になります。もう一つは、検査後にコンシェルジュサービスやITソリューションを提供していることです。今後はメンタルケア、食事、運動、口腔ケアも追加し、健康改善のために必要なメニューを増強していきます。予測シミュレーションはもちろん、在宅でできるフィットネスや食事のレシピを提案する機能・サービスがあるほか、アプリでトータルに提供できることも強みになっています

――今後の展望について、お聞かせください。

江川 一度の血液検査で予測ができる疾患を、最低50は用意したいですね。そして早期発見から将来リスクを予測し、生活習慣を変えればリスクが下がることを広く知ってもらいたい。多くの人に使って欲しいと思います。この検査を健康診断に置き換えて毎年受けてもらい、その結果から行動変容を起こして病気になる人が少なくなり、最終的には生活習慣病をなくしていく。これがこの先10年のビジョンです。

弊社の事業ドメインのうちの4つ目の柱としてパネル検査事業も考えています。米国では血液検査による適合薬診断支援が始まっていて、コンパニオン診断まではいかないものの、リスクに対してどの薬が最も副反応が少なく、効果が高いか、医師の判断を支援しています。足元を固めつつ、4つ目の柱として薬事申請を含めて検討したいと思っています。

弊社のサービスや技術を試しに使いたいという医療関係者がいらっしゃれば、発展途上の検査サービスなので共に作り上げていきたいと思っています。フリーザーと遠心分離器があれば特別な設備は不要なので街のクリニックでも使えますし、中核病院や大学病院に紹介する地域医療連携もできるため、リスクスクリーニングとして役立つと考えています。そのためにも、私たちも値段を下げる工夫や、企業契約で利用しやすくなるようもっと努力していきます。

個人のお客様向け「フォーネスビジュアス
企業・法人のお客様向け「フォーネスビジュアス

FL_0631.jpg 江川 尚人フォーネスライフ株式会社 代表取締役CEO

NECソリューションイノベータの前身であるNECソフト入社後、経営企画や事業企画、法務などの管理部門を担当。2011年頃からNECソリューションイノベータとSomaLogicとの共同事業契約のコーディネーターやネゴシエーターとして関わり、2020年4月にフォーネスライフ株式会社を設立し、代表取締役CEOに就任。

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