Menu

インタビュー・コラム

リアルワールドデータの解析を通じて社会に貢献する 医療データのクレンジングに挑戦する株式会社Yuimedi

  • twitter
  • Facebook
  • LINE

電子カルテに代表されるリアルワールドデータの利活用は、将来の医療の最適化や臨床試験の効率化など、様々な可能性を秘めています。その一方で、これらのデータは二次利用を前提に収集されておらず、生データの状態では利用できないという課題があります。株式会社Yuimediは、プログラムの知識がなくても簡単に医療データのクレンジングができるソフトウェアの開発とその応用に取り組む、新進気鋭のスタートアップです。今回は、同社の代表取締役社長であるグライムス英美里氏に、会社設立の経緯とこれまでの軌跡、医療データ業界が抱える現在の課題と同社の製品の特長、来年からスタートする米国進出など、今後の事業展開と将来展望について話を聞きました。

ymge_036.JPG

グライムス英美里氏 (株式会社Yuimedi 代表取締役社長)

散々悩まされてきた「医療×データ」に自分が挑戦する

――まずは会社設立に至るまでの経緯についてお聞かせください。

もともと今の仕事を始めるずっと前から、医療や医薬の世界には興味を持っていました。薬学部で薬剤師の資格を取得後、まず武田薬品工業株式会社に就職しました。同社では主に治験オペレーションなどの業務を担当したのですが、仕事を始めてまず驚いたのが、治験データの管理方法のアナログさでした。改ざんが起きないよう、担当者が治験施設に直接足を運んでデータを収集して、品質管理を行うのです。規制上、仕方がないとはいえ「これだけインターネットが普及している時代に、データの収集はこんなにアナログな方法なのか」と思いました。これが、私が初めて遭遇した「医療×データ」問題でした。

その後、製薬産業の世界もグローバル化の波が押し寄せてきたことで、私もグローバルの世界を経験してみたくなり、チューリヒ工科大学大学院(スイス)に留学しました。同大では修士号を取るために研究室に入ったのですが、そこでまた同じような問題に遭遇しました。研究室では、製薬企業と共同で疫学研究プロジェクトを担当したのですが、まず院内データの収集が非常に大変な作業であり、誤記や転記ミスが多くありました。さらには、私のようなソフトウェアの初心者がデータ解析まで行うので、まさに「どこから手をつけて良いかわからない!」といった状態を経験しました。こうした経験を通じて、医療データをめぐる問題を常に意識するようになりました。

とはいえ、当時はまだそれを「自分で解決しよう」とは考えておらず、医学産業薬学の修士号を取得した後、当時医療業界で活躍されていたコンサルティングファームの世界に挑戦しようと考え、マッキンゼーアンドカンパニーに就職しました。同社ではヘルスケア領域をはじめ、様々な仕事を担当しました。

――そこから「自分で起業しよう」と思ったきっかけは何だったのでしょうか?

マッキンゼーで働いていた頃から、次のキャリアとして「医療×データ」というセグメントが常に心の中にありました。もっとも、最初は転職という形で実現しようと考えていたのですが、フォースタートアップス株式会社の志水雄一郎氏に思いを打ち明けると「それなら、起業という選択肢もあるのではないか?」という助言をいただき、インキュベイトファンド株式会社の村田祐介氏をご紹介くださいました。村田氏は半年以上にわたって実に根気よく壁打ちにお付き合いくださり、起業に関する様々なアドバイスを頂戴しました。さらにマッキンゼー時代の同僚であり、エンジニア出身の和智大二郎にも相談して、起業の可能性について話し合いを重ねるうちに、次第に情熱が目覚めてきて、和智と2人で新会社を起業しました。

実は起業を決断した理由は、もう1つあります。私の夫は米国人なのですが、「私たちの子どもは、日本と米国の国籍のどちらを選ぶだろうか?」と考えたとき、おそらく米国を選ぶだろうと感じたのです。米国は新陳代謝が活発で、経済の発展が目覚ましい点で魅力的に写るだろうと。でもそれは、日本人としてすごく寂しいですよね。であれば「私がスタートアップを始めて、新陳代謝に貢献すれば良いではないか」と考えたのです。

――起業から丸2年で資金調達も順調に進まれていて、ここまでを振り返ってみてどんな感想をお持ちですか?

私たちとしては、常に新たな壁に激突しては、ギリギリで乗り越えている状態です。とても「トントン拍子に成功している」とはいえませんが、運にはかなり恵まれていると思います。以前、株式会社コーラル・キャピタルのジェームズ・ライニー氏と話したときに、彼は「目の前まで飛んできたラッキーボールにいち早く気づき、それを捕球して次に活かせる人がいる会社は、順調に成長している」と話してくれました。まさに私たちも同じで、人の採用であったり、お客さまの獲得であったり、たしかにラッキーボールは来ていて、「ちゃんと拾ってきた」という感覚はあります。とはいえラッキーボールなのでいつ来るかもわからないし,来ない間はただただ苦しい。なので順調か?と言われると、戦略的に成功したというよりは、たまたま飛んできたラッキーボールを大事に使わせていただいているという感じです。

ymge_001.JPG

データクレンジングを通じて医療データの利活用を支援

――現在の事業内容について詳しく教えてください。

現在は医療データ特化型のクレンジングソフトウェアの開発と提供、そのソフトウェアを活用した医療データクレンジングの受託サービスなどを展開しています。電子カルテなどのリアルワールドデータは、データの重複、誤記、表記ゆれなどの問題があって、解析を行う前の処理が非常に複雑で面倒という課題があります。事実、私たちもこの事業を通じて、正しいデータかどうか不明瞭なデータを多く見てきました。そこでデータをクレンジングする方法として独自のアルゴリズムを開発し、データの品質を管理するソフトウェアを提供しています。

――アルゴリズムということですが、AIなどの機械学習は採用していないのですか?

もちろんAIにも関心はありますが、現状の機械学習はデータ処理の過程がブラックボックスになっている部分があり、データの一部に間違いがあっても確認できないことがあるのです。過去の事例を振り返えれば、医療データにおける改ざんという問題は、それが意図した改ざんでなくても社会的影響が極めて大きなものになってきました。だからこそ、私たちは「最終的にはヒトの目で確認できる必要がある」と考えています。弊社のソフトウェアは、ユーザーが自由にクレンジングの条件を変更でき、後から検証することができるような仕組みにしているのです。

――この世界はすでに競合する大手データ会社もいますが、彼らとの関係はどうですか?

幸いなことに、先行企業であっても、共創関係を築いてくださる企業が多くいらっしゃり、協業モデルなどもご提案をいただいています。私たちは小さな会社なので、まずは大手では対応できない「すきま」に特化して事業を展開していきます。もちろん、将来的には私たち自身で医療機関から直接データを収集するスキームを独自に構築したいと考えています。大学病院などと一緒に、臨床研究のスピードアップに関する共同研究を計画しています。ただ、足元は医療データ業界の大手と真っ向勝負するのではなく、彼らの手が届かない部分をサポートしつつ、私たちが彼らにとって必要不可欠な存在になれることを目指しています。

――貴社のソフトウェアはどのようなお客さんに利用されていますか?

現在はリアルワールドデータを用いた臨床研究を実施されている会社や組織が、私たちのお客様です。たとえば、製薬企業やバイオテックなどです。中には自社ではなく、CRO(医薬品開発業務受託機関)に開発業務を委託するところもあるので、その場合はCROが私たちのお客様になります。また、医療機関にもソフトウェアを提供しており、代わりに院内の統計データへのアクセス権を頂いています。将来的には共同研究事業でも収益を得る構図を目指していますが、そちらはまだ時間がかかりそうです。

米国を見に行くことで「医療データの未来を先取りしたい」

――いよいよこれから起業3年目を迎えます。どのようなチームで構成されていますか?

当社は現在14名態勢ですが、その構成は複雑で、エンジニア、医療機関およびアカデミア出身、製薬産業出身とそれ以外(事業戦略・資金調達・法務関係の専門家)という、4種類のスタッフが在籍しています。異なる背景の人たちが協力して1つのビジネスを行うのは非常に難しいのですが、医療データ業界は「この4者がいなければ、ビジネスでは絶対に成功しない」といわれており、これは避けられない課題です。

――エンジニアの確保は大変ではありませんか?

共同創業者の和智のおかげで、人材確保には苦労していません。エンジニアの中には国内のエンジニアを取り巻く環境に不満を持っている方々がいらっしゃると聞いています。私もエンジニアではないので実情は異なるかもしれませんが、彼らにしかできない重要な業務を担当しているにも関わらず、多くの企業においてビジネス担当者に合わせた労働環境になっているという課題があるのです。エンジニアを取り巻く環境は改善に向かっていると見ていますが、弊社は労働環境の整備を和智に一任しおり、その他の工夫もあわせ、エンジニア視点で魅力的な労働環境を用意できるよう努力しています。決して全員が前職の労働環境に不満を持っているわけではありませんが、エンジニアの確保が難しいと言われている現在の市場においても運命的に素晴らしい人達に巡り合えています。

――今後の展望についてお聞かせください。

現在の活動拠点は国内のみですが、来年の夏頃までには米国にオフィスを開設する予定です。実は先日、米国・シリコンバレーで有数のアクセラレーターである「アルケミスト・アクセラレーター」が提供するアクセラレーション・プログラムに採択していただきました。この成功を受けて、今後は本格的に米国に進出する予定です。もっとも、規模自体はそれほど大きいものではなく、最初は2~3人程度を常駐させる規模になります。就労ビザの関係から、おそらく私が米国に出向することになるでしょう。

――グライムスさん自身が渡米してまで、米国市場に挑戦したい理由は何ですか?

私たちは、米国の医療データ業界には日本と比較して成熟している領域が少なからず存在しているとみています。すなわち、現在の米国の姿が数年後の日本でも再現される可能性があるということです。したがって、米国の方が成熟している領域で挑戦しておくことで、数年後に日本でも実現するであろう世界を、先に体験しておきたいのです。米国でも彼らなりの課題があります。例えば米国ではデータクレンジングを機械学習で行っており、その信頼性が課題になっています。私たちが「アルケミスト・アクセラレーター」のアクセレーション・プログラムに選ばれたのも、品質特化のデータクレンジングという挑戦が評価されたものだと考えています。

ymge_019.JPG

バランス感が求められる業界だからこそ「実績が必要不可欠」

――今後乗り越えるべき壁はなんだと考えていますか?

乗り越えるべき壁は2つあります。1つめは「組織作り」ですね。社内に出自が異なる社員が4グループいるため、ある業界の出身者にとっては常識でも、別の業界の出身者には全くの未経験という事例も少なくありません。様々なギャップを乗り越えて、どのようにして強固な組織にしていくか? 会社として成長を続ける限り、この壁は今後もずっとあり続けるでしょう。しかし逆にいえば、これさえ克服すれば「私たちにしか生み出せない成果」を達成できると信じています。

2つめは「バランス感」ですね。起業前に和智に相談した時、彼は「乗り越えるべき壁があるとしたら、医療業界特有のバランス感とレギュレーション(規制)だろう」と指摘していました。レギュレーションは、国も緩和する方向で調整が進んでおり、乗り越えるための準備が整ってきています。一方で、医療業界特有のバランス感は引き続き見極めていく必要があると思っています。例え政府レベルで医療データの利活用が後押しされ始めたとしても、現場にいらっしゃる医療従事者のみなさまが賛同してくださらなければ、この事業は先には進みません。更には世論をも巻き込む必要がある局面も出てくるでしょう。医療データの利活用は公共の利益を生み出すポテンシャルを持つ一方で、個人情報等の観点から考えればセンシティブに対応しなければならない事業です。医療データ業界は、このような難しいバランスの下で成り立っており、慎重に事業を進める必要があります。

――医療データの利活用による具体的な社会貢献の実績があれば、意識も変わるのでしょうね。

まさに私たちは今実績を作るためのPOC(概念実証)として、大学病院との共同研究を5本ほど計画中です。体力がある大企業であれば慎重な検討を重ね、大きなインパクトがあるプロジェクトを10年規模で実施するところ、スタートアップである私たちは、同じ規模とは言わずとも何かしらの実績を1年であげなければなりません。もっとも、インパクトのある成果にこぎつけられるかは今後の頑張り次第であり、その結果が出るまでの間もいかに事業を維持していくか、会社の底力が試されているともいえます。

――それが成功すれば、素晴らしい実績になりますね。

これらは、私たちの力だけで実現できるとは考えていません。同業他社や医療機関、アカデミアのみなまと一緒に仕事しながら、具体的な実績を生み出していきたいと思っています。例えば、私たちが得意な分野である、医療データの品質管理やデータ構造化などについては弊社を存分に利用してほしいし、逆に私たちの専門ではない領域は、色々と教えていただきたいです。クレンジング後の医療データの具体的な応用については、私たちの事業とはバッティングしませんし、もし一緒に仕事ができれば、きっとすごい成果が生まれるはずです。もし弊社の事業についてご関心をもってくださる方がいらっしゃれば、ぜひともご連絡いただきたいと思います。

pymge_036.JPGグライムス英美里氏 株式会社Yuimedi代表取締役社長

京都大学薬学部卒業。薬剤師免許取得後、武田薬品株式会社にて臨床開発に従事。産官学を通じた日本の医療システムの改善に興味を持ち、スイス・チューリヒ工科大学で医学産業薬学のマスターを取得。その後、マッキンゼーアンドカンパニーにて、コンサルタントとして経営的視点を学ぶ。医療×データに関するデジタルソリューションを開発するため、2020年11月に株式会社Yuimediを創業。

pagetop