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インタビュー・コラム

視覚認知能力の可視化を通じて将来の事故リスクを数値化する 株式会社do.Sukasuが挑む「個性に寄り添う社会」

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株式会社do.Sukasu(ドスカス)は、企業ミッションとして「優劣でなく個性に寄り添う社会の実現」を掲げ、その人の脳機能の特性に適したコンテンツの提供を目指して活動中のベンチャー企業です。現在は、視覚認知能力(物の位置、距離感、遠近感を視認する能力および線、図形、文字を視認する能力)の測定・評価・訓練を提供する「de.Sukasu」シリーズを展開。労災リスクの把握と予防策の提案、高齢者の自動車運転技能検査とトレーニング、発達障碍者の能力向上など、様々な応用可能性を追究しています。今回は、同社CEO(最高経営責任者)の笠井一希氏に、創業の経緯、製品の特徴、今後の展望などを聞きました。

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笠井 一希 氏(株式会社do.Sukasu CEO(最高経営責任者))

学生時代に知財専門弁理士の講演を聞き「衝撃受けた」

――まずは自己紹介からお願い致します。

株式会社do.SukasuのCEO(最高経営責任者)を務める笠井一希です。学生の頃から知財戦略と事業開発に強い興味があり、大学卒業後はオムロン株式会社に入社すると、知財関連や新規事業開拓などの業務を担当してきました。後に同社で蓄積した知識とノウハウを活かして「自分の力で事業開発に挑戦してみたい」と考え、退職を決意。2020年6月に株式会社do.Sukasuを設立しました。現在の活動拠点は、東京に2カ所(二子玉川、東京・日本橋)と大阪(大阪・本町)に1カ所あります。

――学生の頃から事業開発に興味があったという話ですが、そのきっかけは何ですか?

事業開発の世界に興味を持ったきっかけは、大学3回生の頃に、何となく受講した弁理士(知的財産権に関する業務を行う国家資格者)の講演会でした。当時のわたしは理工学部の学生で、知財とは無縁でしたが、「知財の世界では(モノがなくても)アイデア自体が資産になる」という話を聞き、衝撃を受けました。在学時から知財の勉強を始めて、卒業後も知財の仕事に就こうと決めたのですが、新人に知財関連の仕事を任せてくれる会社は、当時はまだ少数派でした。そこで、新卒社員でも知財の仕事ができる会社を探して、オムロンにたどり着きました。

――入社後はどのようなお仕事を担当されていたのですか?

同社では「開発前のアイデア段階で特許化する」という仕事を担当していました。新規事業の開発作業は、企画の立案、協業相手の探索、事業性の検討など複数の段階があるのですが、企業としての強みを作るという点では、開発の段階まで進んでから特許申請したのでは、もう遅すぎる。最初の企画段階から特許化することが、重要なのです。社内では、最初の9年間は知的財産センターで知財関連の仕事を担当し、最後の3年間は新たに社内に創設されたイノベーション推進本部で、新規事業開拓を担当しました。わたし自身、新規事業案件として約70件の発明を行い、うち約7割がすでに特許登録済です。

――まさに知財と事業開発のプロフェッショナルですね。その後はどうされたのですか?

実は学生の頃からずっと「自分のアイデアで事業開発に挑戦してみたい」と考えていました。そこで会社で学んだ知識と経験をもとに、学生時代から憧れていた事業開発の世界に挑戦しようと考え、退職を決断。退職後は、大手企業とのコラボを通じて新規事業開発を行うCo-Studio株式会社にCSO(最高戦略責任者)として入社し、大日本住友製薬株式会社(現:住友ファーマ株式会社)から生まれた「視覚認知能力の可視化技術」の特許化を担当しました。後に同技術を用いて本格的に事業展開することになり、その事業化会社として設立されたのが「株式会社do.Sukasu」です。

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――株式会社do.Sukasuの事業内容についてお聞かせ下さい。

当社のプロダクトは、住友ファーマから導出された「視覚認知能力の可視化技術」を応用した視覚能力測定ツール「de.Sukasu」シリーズです。VRゴーグルを用いて視空間認知能力を計測するもので、 今年3月には、VRを活用して視空間認知能力をトレーニングするトレーニングプログラムも開発しました。

――視覚認知能力 という言葉は初耳なのですが、具体的にはどのような能力なのでしょうか?

視覚認知能力とは、物の位置、距離感、遠近感を視認する「視空間認知能力」と、線、図形、文字を視認する「物体認知能力」からなる能力です。両能力とも、転倒や転落などの事故と密接に関係することがわかっています。たとえば、いま現在も多くの会社が労災ゼロを目指して、工場であれば安全装置を導入するなど、様々な事故対策を導入しています。その一方で、労働者の個々の能力に着目した事故対策は、まだ乏しいのが現状です。わたしたちは、一人ひとりの事故リスクを把握することが、労働災害を減らす上で重要だと考えています。実際には、測定ツールを用いて個々の視覚認知能力を数値化し、将来の事故リスクを予測。さらに必要に応じて訓練を行うことで、能力の回復を目指すことも可能です。

さらに、転倒・転落などの事故リスクと並んで、視空間認知能力と関連性の高い技能として、自動車運転能力が挙げられます。当社は現在、宮崎県にある自動車教習所と一緒に、高齢ドライバーの運転技能測定および視覚認知トレーニングサービスの提供を始めています。現在はVRゴーグルを用いた測定技術ですが、さらにドライブレコーダーなど、自動車に搭載した各種センサーの結果をもとに事故のリスクを計算する技術、すなわち普段の運転状況から視空間認知能力 を測定する技術の実証実験も始めました。

――労災対策の場合は、どのような産業・企業が利用されるイメージでしょうか?

たとえば工場などの製造業、危険な現場作業を伴う建設業など、業務上どうしても労働災害の危険性が伴う産業界の利用を想定しています。事実、企業の安全管理担当者に話を聞くと、「現場における転倒・転落事故の発生数は、ビックリするほど多い」のが現状だといいます。転倒・転落リスクといえば、高齢者の問題だと思われがちですが、実際は40歳の時点でも事故リスクが高い人は存在します。そこで当社のツールを用いて労働者の事故リスクを測定して、事故リスクが高い人には「荷物を抱えたまま階段を利用しない」などの具体的な対策を指示。さらに必要に応じて、訓練プログラムも提供していきます。

――VR技術を用いた研修プログラムは他社も参入していますが、貴社独自の強みは何でしょうか?

たしかにVRゴーグルを用いたプログラムはすでにありますが、その大半はいわゆるエンターテイメント路線か、収録された動画コンテンツを視聴するというスタイルです。また従来の訓練方法は、トレーニングの有効性が明確でないという欠点もありました。当社の場合は、VRゴーグルで視空間認知能力を、タブレットで物体認知能力を計測し、レーダーチャートと数値、コメントでフィードバックします。さらにトレーニング前後の数値を比較すれば、トレーニングによってどれだけ機能が改善したか?を客観的に知ることも可能です。この「計測して結果を即座にフィードバックできる」という要素は、非常に高い価値があると考えています。

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能力の向上を通じて「多様な個性が活きる社会」を目指す

――現役世代から高齢者まで、幅広い世代での利活用が見込める技術ですね。

事実、わたしたちは5歳から90歳まで、幅広い世代の視空間認知能力のデータを保有しています。現在は、労働現場における事故対策と高齢者の運転技能向上という2つの視点で事業展開していますが、他にも「視空間認知能力 が向上すると、スポーツの成績が向上する」との報告もあることから、スポーツトレーニングとしての改善効果も期待できます。一旦低下した視空間認知能力でも、訓練により底上げすれば、その状態が維持されるといわれており、高齢者の健康寿命の伸長にも貢献できると思われます。

実はわたしの祖父も、自動車運転中に駐車場で物損事故を起こし、そのときの怪我がもとで、一度も退院することなく、病院で亡くなりました。祖父が住む街は、車がないと日常生活も厳しい地域でしたが、やはり家族としては「(客観的に見て)本当に運転をさせて良い状態なのか?」を知りたいと思います。高齢者の視空間認知能力の可視化技術は、ご本人だけでなく、ご家族にとっても大切だと考えています。

――とても素晴らしい挑戦だと思いますが、事業展開における課題などはありますか?

視覚認知能力という概念自体が、まだ十分知られていません。たとえば、同じ高齢者の運転技能の問題でも、認知症のように広く知られている概念と異なり、まずは言葉自体を知ってもらうところから始める必要があります。当然ながら、まだ視覚認知能力に特化した製品はなく、製品がなければ市場もないので、全て自分たちでイチから開拓する必要があります。しかし裏返せば、新たな市場の開拓に成功すれば、先行者として成功を収めることができると考えています。そこに至るまでが結構難しいですね。

――それでは最後に、今後の展望についてお聞かせ下さい。

わたしが最も期待しているのは、発達障碍に対する応用可能性です。発達障碍と視覚認知能力には、高い相関性があるという報告もあります。当社の社名も「多様な個性が活きる社会を実現するために、脳の視認特性を可視化する(=透かす)」という企業ミッションに由来します。大阪人なので、さらに強調語のドをつけて「ドスカス」としました(笑)。当社の技術を用いて発達障碍者の視覚認知能力を高めて、将来の仕事の選択肢を広げることができれば、非常に価値のある仕事になると思います。発達障碍に対するトレーニングの効果は、まだエビデンスが不足しているので、今後さらに研究を重ねていく予定です。

fdsks_036.jpg 笠井 一希 株式会社do.Sukasu CEO(最高経営責任者)

2008年にオムロン株式会社知的財産センターに入社。新規事業の知財創出、知財戦略などを担当する。2020年1月にオムロンを退職すると、Co-Studio株式会社CSO(最高戦略責任者)に就任。同年6月には、大日本住友製薬株式会社(現:住友ファーマ株式会社)とCo-Studio株式会社との「共創型新規事業開発」を通じて、新たに株式会社do.Sukasuを設立すると同時に、同社CEOに就任する。

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