Menu

インタビュー・コラム

苦手克服VRトレーニングシステムで 不安症に悩む人たちをサポートする株式会社魔法アプリ

  • twitter
  • Facebook
  • LINE

不安障害などの治療で行われる曝露療法を、VRデバイスを用いて実現する「NaReRu」を開発し、医療機関などに提供している株式会社魔法アプリ。日本に合わせた環境を3DCGと臨場感のある音声でリアルに再現し、段階的に慣れていくことで障害の改善を図っていきます。さらに不安症啓発にも注力し、悩みを共有できる場の提供も目指している代表取締役の福井健人氏にお話をお伺いしました。

mafk_050_main.jpg

福井健人氏(株式会社魔法アプリ 代表取締役)

事業のベースはプログラミングと心理学の知識

――はじめに、ご自身の経歴と魔法アプリを起業された経緯について教えてください。

福井 大学1年のときに魔法アプリという会社をつくり、受託開発などをメインとした会社をはじめたことがきっかけでした。ビジネスコンテストでの受賞を機に出資いただけることになり、社名はそのままに大学院2年のときに株式会社を設立。昨年度、明治大学専門職大学院グローバルビジネス研究科修士課程を卒業し、現在に至っています。

――福井さんのバックグラウンドは何でしょうか。

福井 私のバックグラウンドは2つあります。一つは、小学生の頃からの趣味だったプログラミング。小中学生のころよりパソコンをいじっていたため、高校進学時に情報科のある高校に進み、そこで3年間プログラミングを中心に勉強。大学も東京工科大学コンピュータサイエンス学部に進学し、魔法アプリで受託開発を進めるうちにプログラミングよりも事業についてもっと学びたいと思い、修士からは明治大学専門職大学院グローバルビジネス研究科(MBA)に通い始めました。

そして、もう一つのバックグラウンドが心理学です。私の父は臨床心理士と公認心理師という心理士資格の保有者で、東京家政大学心理カウンセリング学科の教授を務めています。プログラミングができるので高校時代から何度か父の研究に協力することもあり、大学院時代には父と共に学会で論文発表も経験しました。心理学、主に精神疾患の分野に強い興味を持ちました。こうしたプログラミングと心理の知識が、現在の事業につながっていると思います。

――そこから不安障害の治療のためにVRアプリを作るに至った経緯をお聞かせください。

福井 父は医療法人和楽会赤坂クリニックに勤めており、2000年頃よりVRをもちいた曝露療法を提供していました。VRの機材が壊れたから直して欲しいと依頼されたのが、大学3年のとき。1995年製のVR機材はよくわからない端子ばかりで、製造会社は潰れていて電話もつながらず直しようのない状態なのに、「来週、患者さんの予約が入っているから、どうにかしてくれ」と言われて(笑)。それならゼロから作ろうと始めたのが契機になりました。

――1週間と言われた期限には間に合ったのですか。

福井 間に合いませんでした。結局、Unreal Engine4というツールを使い、1カ月程で高所恐怖症用のVRアプリケーションと高速道路のVRを作りました。患者さんのカウンセリングに立ち会ってアップデートを続けた結果、開発に興味が湧くようになって。VR曝露療法用のアプリケーションは国内で売っているところがなく、もし私がこれを研究として続けた場合、卒業したらそこで止まってしまいます。社会実装するなら起業して事業にすることが最適だと思い、大学4年のときに就職ではなく経営学系の大学院に進学し、在学中に資金調達をする目標を立てて実行に移しました。何よりパニック症や雷の恐怖症で生活に支障をきたしている人のエピソードが重かったことも、起業を決めた大きな理由です。

mafk_035.JPG

LINK-JスタッフもVR体験してみました

日本に特化し、リアルな空間を再現

――リリースしたプロダクトの状況と製品の強みを教えてください

福井 昨年10月に製品をリリースし販売を始めましたが、スペックの高いパソコンは大きくて持ち運びにくい上、値段も高い。買う側からすれば固定資産になってしまうという問題点がありました。そこでタブレットにすることで価格を4分の1に下げ、持ち運びやすく、操作も簡潔にできる製品を今年5月にリリースしました。360CGで常に処理しているか映像にしているかという違いはありますが、使いやすく買いやすくなったと思います。

弊社の製品は海外製品と比較すると、日本に特化した仕様になっています。海外製品の場合、例えば電車なら乗客は外国人で車内も日本らしくないところを東京メトロさんに協力いただき、実在する空間を360CGで作り上げました。同様にJALさんにも協力いただいて、日本に合わせた作りになっている点が特徴です。また、治療データを全てデータベースにアップロードできるようにし、どの程度の効果があるのか、どのくらいこの製品に需要があるのかを弊社で分析できることが強みです。

――効果の判定はどのように行われるのですか。

福井 不安をどのくらい感じるのかを010で点数をつけていく「サブジェクティブ・ユニッツ・オブ・ディスターバンス(Subjective Units of Distress)」で、これは世界共通の主観的障害(不安)尺度評価です。例えば雷恐怖症の場合、「部屋の中から外の雨を見ている」が不安1、「外で雨に打たれている」が不安2、「黒い雲が見える」が不安3、「助けてもらえる人がいない中で黒い雲を見ている」が不安4といったように、どんな状況で不安になるのかを最初に評価します。その後、VR体験で苦手なものに曝露している最中、510分に1回程、どのくらい不安を感じるかを患者さんに確認します。いま不安が5で、それが20分後には3に下がってきたというように、曝露することで不安が下がっていく。また、2回目の治療の際には前回よりも下がってきたかどうかを点数で評価しています。

――導入状況を教えてください。

福井 コロナ禍で精神科がオンラインでのカウンセリングに移行しているため、VRを利用してもらえる機会が減少しています。ただ、時期的な難しさだけでなく、保険制度の構造的な問題もあります。不安症の患者さんが認知行動療法のカウンセリングを受ける場合、保険は使えるものの精神科医によるカウンセリングは保険点数が低く、経営上マイナスになるので基本的にクリニックでは行いません。一方、公認心理師が行うと保険が使えなくなるため、1時間1万円も払えるような患者さんはなかなかいない。こうした状況から提供と販売は続けていますが、営業活動は一旦中断しています。

――そうした状況下でどのように活動していますか。

福井 現在、ルートを2つに分けています。一つ目は発達障害領域への活用です。製品をリリースして広告を出したとき、発達障害領域の会社から数件の問い合わせがあったんですね。発達障害を持つ子どもは、例えば歯科医院に行くと怖くて暴れてしまい、治療ができないまま悪化してしまうという相談を受けました。大人になっても歯科や床屋のような空間が苦手な方が多いので、治療やサービスが受けられない人たちのためになんとかしたいと思いました。そこで発達障害の学校や放課後等デイサービス、医療機関に対してNaReRuを使ってもらい、何ができるのかを研究しながら進めています。

もう一つが、スマートフォンVRへの実装の検討です。弊社ホームページに問合せ窓口を設けたところ、問合せをしてくるのは9割が個人、つまり当事者です。困っているけれど精神科には行きにくい、行きたくない、親が行かせてくれないという人たちと、自由診療を受ける経済的な余裕がない人。信頼できるクリニックや精神科医、心理士が見つけられず、自力で治そうと考えている人たちもいます。

実際にリリースしてわかったのは、医療機関に対してはこちらからアプローチしないと難しいという反面、当事者は積極的に調べているので、需要は当事者の方にあったのではないかということでした。そこで、不安症専門のコミュニティサイトを構築し、VR曝露療法のデータや認知行動療法の情報を無償提供するために準備を進めています。サイトにはブログ機能も設け、コミュニティに参加した患者さんがブログに記事を投稿することで、同じような症状の人がどんなことに困り、どのようにして治っていったのかなど、相談できる環境をつくる。不安症で悩んでいる人たちの医療アクセスと治療、孤独解消という面で貢献したいと考えています。

――コンテンツは基本的に同じで、販売ルートを2つに分けるということですか。

福井 別にしています。VRは医療機関で精神科医が操作する前提なので、医療従事者であれば自由に操作できますが、個人が操作した場合の曝露療法のリスクが高まることがわかっています。難易度の低いものだけを無償提供し、高いものは医療機関につなげるようにし、精神科医や心理療法士の監修を受けながら検討している段階です。

新たなビジネスモデルでマネタイズを模索中

――起業されてから気づいたこと、課題などはありますか。

福井 事業を始めるまで知らなかったのですが、日本人は海外に比べて精神科に対する偏見が強く、行きたがらないし、行っていることを知られたくない上、向精神薬に対する拒絶反応が強いと感じます。また、カウンセリングに対する文化の定着もありません。近年、ようやく小学校のスクールカウンセラー制度が導入されたものの、2030代は学生時代にカウンセリングを受けた経験がなく、どの程度効果があるのかがわからず、「友達と話した方がいい」「カウンセリングは友達がいない人が行くところ」といった偏見を持っています。さらに自由診療の心理療法の費用が高いため、継続的に治療費を払う余裕がなかったりします。そのため、1020代の不安症の方が継続的な認知行動療法に基づいたカウンセリングとなると難しい面があります。

経済的に余裕があれば精神科に行き、カウンセリングや治療を受けることができるでしょう。でも、お金のない人たちに情報を届けようとすると、無償の社会的なサービスにする必要があります。そうなると弊社はどこでマネタイズするのかという課題がでてきます。いま、東京都の委託を受けたデロイトトーマツベンチャーサポートが運営している青山スタートアップアクセラレーションセンターのプログラム(ASAC)を受講中で、担当者に付いてもらいながらビジネスモデルを設計し、マネタイズの方法を検討しています。

――治療用とは別に、緊急時のトレーニングなどへの応用も考えられますね。

福井 すでに航空各社では訓練用に導入しているほか、地震や火災、水害のシミュレーション、溶接のトレーニングや高所作業員の落下防止訓練など、様々な分野で製品が出ています。弊社は不安症や精神領域のネットワークや知識、VRやアプリケーション開発が強みで、それ以外の分野に活かすのではなく、精神領域での活用を模索し続けます。

mafk_005.JPG

当事者が発信できる仕組みづくりを

――今後の展開についてお聞かせください。

福井 まずは不安症に対する啓発です。日本は義務教育期間に精神疾患の教育がありません。その結果、自分が精神疾患になった際に精神疾患だと気づけないケースが多いのです。病識がない人が多いために統計もとれず、潜在的にどれくらいの患者がいるのかもよくわかってないのが現状です。

例えば重度の雷恐怖症になると仕事に支障をきたしてしまいます。しかし周囲の人々は恐怖症への理解がありません。これまでにあった事例として、入社2カ月の社員が、雷が怖くて出社できないと上長に伝えたところ、理解してもらえずにクビになってしまったケースがありました。また、パニック症の発作も経験しないとわからないものです。発作が怖くて電車に乗れないというのは、私たちが想像する以上に恐怖心で生活に支障をきたしています。

こうしたことは病識のなさと治療への知識不足によるものです。精神科や薬が怖くて相談する場所がないので弊社に連絡をしてきた人もいます。だからこそ、病気や治療について知ってもらい、経済的に治療を受けられない人に対する補助や支援を行政や自治体につなげてサポートしていく。回復後のサポートも重要です。今後は不安症などで苦しんでいる人に対して、就職・就労継続支援等のサポートができる取り組みを国全体で行う必要があります。

――社会のあり方や文化までも関わる、壮大な目標ですね。

福井 もともと啓発事業は手がけていましたが、そもそも啓発は知っている人しか見ません。例えば「がん」に対する啓発はよくありますが、がんに罹っていない人は興味がないので見ないし、目にとまらない。だからこそ当事者が発信できる環境づくりは不可欠です。個人が発信するにしても話しにくい環境があるので、それを取り除けるような環境で始め、ネット上にブログ記事を蓄積することで様々な人が話しやすい空間をつくり、啓発につなげたいと考えています。

fukuikento.png株式会社魔法アプリ 代表取締役 福井健人

東京工科大学コンピュータサイエンス学部卒業後、明治大学専門職大学院グローバルビジネス研究科修士課程卒業。MBA取得。大学院在学中の2019年に株式会社魔法アプリを設立。VRを用いた苦手克服ソフトの開発や3DCG作成、Vtuberシステム、360°動画コンテンツの受託開発のほか、不安症啓発サイト「Ouraid」の運営を行なっている。

pagetop