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インタビュー・コラム

自分たちが創薬した「ファースト・イン・クラスの新薬」を患者さんに! 低分子抗がん薬を研究開発するChordia Therapeutics株式会社

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Chordia Therapeutics株式会社は、がん領域に特化した研究開発型のバイオベンチャーです。メンバーが武田薬品工業株式会社在職時に創薬研究を開始した新しい作用機作の低分子抗がん薬を患者さんに届けるべく、研究開発を続けています。2017年の創業以降、すでに2つの化合物が臨床試験に入りました。代表取締役CEOの三宅洋氏に、創業の背景やパイプラインの状況などを伺いました。

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三宅洋氏(Chordia Therapeutics株式会社 代表取締役CEO)

「武田薬品もサポートするから、やってみないか」

――三宅さんのご経歴をお聞かせください

1998年に武田薬品に入社して研究所に所属し、創薬研究を学びました。2017年11月にChordia Therapeuticsを創業し、CEOとして研究開発を行っています。武田薬品にいた19年のうち半分くらいは国内外の研究機関で勤務し、いろいろな経験を積みました。鹿児島大学、カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校、武田薬品の米サンディエゴ子会社と、社外・海外勤務が長かったのです。

――御社のパイプラインは、武田薬品にいらした頃に始めたプロジェクトですか

そうです。当社設立時に武田薬品から導入した4つのアセットは、すべて私たちが研究を開始した化合物です。その全世界における権利を導入し、研究開発を継続しています。導入当時は前臨床でしたが、創業から6年余りで2つが臨床試験に進みました。

――それらは、武田薬品では研究開発を継続できないと判断されたのですか

私は武田薬品で日本のがん研究の代表を務め、60人のチームを率いていました。会社が研究開発の領域を絞る中、チームが特化していた低分子抗がん薬の研究開発は優先順位が低下しました。抗体などの新しい治療モダリティに取り組むという決定は合理的だと今でも思いますが、優先順位が低くなった低分子の抗がん薬候補も価値は高いものです。それは武田薬品のリーダーたちにも理解されていて、導出の話が持ち上がりました。 

欧米の企業では、事業領域の選択と集中、サイトのオープン/クローズはしばしばありますし、クローズの際にスピンオフして新会社を立ち上げることもよくあります。そんな話とともに研究開発のトップから、「やってみないか。武田薬品もサポートするし、いい経験になるぞ」と声がかかったのです。

会社を立ち上げることについては大きな会社に在籍していた時には「自分事」として捉える機会は少なかったのですが、よく考えると、一緒に仕事をしてきたボストンやサンディエゴのサイトでトップに近いポジションの人が、「ベンチャーでやってみたいことがある」と退職することがありました。「自分のカウンターパートもやっていることだし、自分たちが創製した化合物の開発を完遂できる」と、5名の共同創業者とともにChordia Therapeuticsを立ち上げました。武田薬品から出資を受けるなど、恵まれた立ち上がりでした。

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がん細胞に「ストレス」を重ねて治療する

――パイプラインの医薬品について教えてください

既存の抗がん薬が効かない患者さん、効かなくなった患者さんに必要なのは、作用機作が異なる薬剤です。そのような低分子薬を手掛けています。確かに新しい治療モダリティには大きな可能性があり、新薬の承認が相次いでいますが、低分子薬は今後も必要不可欠な医薬品だと思います。

私たちが着目しているのは、がんの特徴である「ストレス表現型」です。がん細胞は活発に増殖し、私たちの体にとって悪いようなことをしていますが、正常細胞よりも無理して生きていると考えられます。それは近年、ストレス表現型と認知されるようになりました。

ストレスを抱えている状態にさらに薬でストレスを加えれば、がん細胞は耐えきれず、死に至ります。正常細胞は通常、ストレスが無く生きていますから、少々薬でストレスがかかっても、定常状態に戻ります。

このコンセプトが実際の臨床で機能することは、多発性骨髄腫などの治療薬ボルテゾミブ(一般名)の成功で証明されました。武田薬品が2008年に買収したミレニアム・ファーマシューティカルズの製品で、タンパク質でストレスがかかっているがんを選択的に死滅させる作用があります。

私たちは「RNA制御ストレス」と呼ばれる、RNAが成熟していく過程に生じるストレスに作用する化合物をいくつも揃えています。パイプラインは世界的にも研究開発が先行し充実していると自負しており、中でもリードアセットはCDC様キナーゼ(CLK)を標的とする低分子阻害薬「CTX-712」です。

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血液がん、卵巣がんで期待できる効果

――開発はどのような状況ですか

CTX-712の国内第1相臨床試験(フェーズ1)では、進行・再発又は難治性の固形がんおよび血液がんの患者さん計60例を対象に実施中です。中間解析で急性骨髄性白血病(AML)、骨髄異形成症候群(MDS)、卵巣がんで完全寛解もしくは部分奏効が得られているので、それらを対象に開発を続けていく戦略です。

――米国でも臨床試験を実施していますが、その背景をお聞かせください

次の段階を日米どちらで実施する方が速いかを検討し、米国でAMLおよびMDSを対象としたフェーズ1/2を始めました。全米から患者さんが集まる大きな総合病院(ハイボリュームセンター)があり、日本よりも症例登録がしやすいと見ています。フェーズ2のパートに入れば、日本、できれば欧州を含めたグローバル試験とする戦略です。

――別のアセットである粘膜関連リンパ組織リンパ腫転座 1(MALT1)選択的阻害剤「CTX-177」については導出されました

競合企業がMALT1阻害剤の治験で先行したからです。キャッチアップするためにリソースを果敢に投入すべきか、それとも、私たちのミッションであるファースト・イン・クラスの抗がん薬にフォーカスすべきかを議論しました。その結果、「キャッチアップには現時点で力不足だ」と判断し、2020年に小野薬品工業株式会社に導出しました。

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「ファースト・イン・クラス」こそ、ベンチャーの存在意義

――ファースト・イン・クラスへのこだわりについて

それが存在意義ですよね。磨き上げた「ベスト・イン・クラス」をつくるのはビッグファーマにお任せしたい。私たちはビッグファーマが飛びつかない研究領域に参入して状況証拠を積み上げていきます。そこに至るまでリスクマネーを集め、早く判断して進めていくところがバイオベンチャーの存在意義だと思います。

――その意味では、POC(proof of concept:薬物の有効性の実証)を取得した段階で導出するお考えですか

CTX-712については、フェーズ1で奏効例がありMTD(最大耐用量)も決まっているので、POC取得済みというスタンスです。抗がん薬、特に希少がんではフェーズ2の結果をもって条件付き迅速承認される薬剤もあります。フェーズ2のトップライン結果までは自分たちで出すのが大きな方針です。

ただし、私たちの資金調達力を考えると、現時点では適応を一つに絞るしかないため、CTX-712の卵巣がん適応については早めの事業提携も選択肢の一つです。

――武田薬品という日本を代表する製薬会社から、ベンチャーの創業経営者になりました

「ベンチャー経営はジェットコースターだ」とよく言われますが、その通りですね。データに一喜一憂しますし、資金調達もそうです。研究開発型バイオベンチャーは日常的に売り上げがあるわけではなく、キャッシュは減っていくばかり。次の資金調達に向けて投資家と折衝し、クローズできたら「これで2年は研究開発が続けられる」ということの繰り返しです。

創業以来約82億円を調達していますが、投資家が大きなリスクをとって出資していただいたことに感謝しかないですね。

――昨年、IPOキャンセルに至った背景を伺えますか

当社としては、上場の最も大きな目的は研究開発資金の調達です。パイプラインを進める資金を調達するために上場準備を進め、東京証券取引所から上場承認をいただきました。一方で、投資家とのコミュニケーションの結果、IPO市場の悪化によって当社が希望する額の資金調達が難しいと判断し、仕切り直しになりました。難しい決断でした。

――今後の課題について

研究開発が本質的に抱えているリスクは常に課題と言えますが、会社経営として見れば、資金調達です。上場再チャレンジという形を含め、複数のシナリオを社内で検討しているところです。

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自分たちで判断し、自分たちの責任で進められる

――LINK-Jへ入会されたきっかけについてお聞かせください

2016年でしたか、LINK-Jのサポーターである嶋内明彦さんがイベントに登壇されていたときに参加者としてお会いしました。当時、私は企業経営が分からなかったので、「メンターになってください」と直接お願いしました。今、社外取締役としてサポートしていただいています。Chordia創業のきっかけの一つはLINK-Jなのです。 

その嶋内さんの言葉が「半値、八掛け、二割引」。資金調達は自分が思っていた金額の3分の1くらいになるという意味で、私も常に心掛けています。資金調達だけでなく研究開発の成果についても、期待値の半値、八掛け、二割引になった時にどのような影響があるか、いろいろ考えながら進めています。

LINK-Jはライフサイエンス分野のイノベーションのエコシステムを作ってくださっていると理解しています。日本橋のオフィススペースや新木場(江東区)の実験スペースを整備し、バイオベンチャーや一部製薬企業が入居することで知識、経験が集積していくのは有意義です。東京周辺が世界に名前が行き届くエコシステム集積地になるよう、当社も微力ながら貢献していきます。

――創業間もないベンチャーの方に向け、バイオベンチャーの魅力や成功に導くためのメッセージをお願いします

バイオベンチャーの一番の魅力は、自分たちが判断し、自分たちの責任で進められることだと思います。大企業でもある程度の裁量を与えられますが、最終的な判断はトップが下します。それは合理的な仕組みです。

当社では部門長をまとめ役に従業員が皆で議論し、経営会議や取締役会でGOサインが出れば、あとは実行あるのみ。スピード感をもって進めることができます。

成功するためにはどうするか、正解があれば私も知りたいところですが、一つ一つの事象をきっちりと考え、判断・決断をためらわないことでしょうか。失敗する時もありますが、できるだけ早いうちの小さな失敗に抑え、決断とトライを繰り返し、全体としては前に進む。研究開発の成功確率は非常に低く、いつも笑っていることができればいいのですが......。それも含めて、ベンチャーの楽しみですね。

miyake.jpg 三宅洋氏 Chordia Therapeutics株式会社 代表取締役CEO

大阪大学薬学部卒業。東京大学大学院薬学系研究科専攻博士課程修了後、1998年、武田薬品工業に入社。HIV研究やがん領域の創薬に携わる。2017年11月、武田薬品工業より独立し、がん領域の研究開発に特化したバイオベンチャーとしてChordia Therapeuticsを設立した。
社名は英語のchord(和音)に由来する。いくつもの音が重なり合って美しい音色を奏でる和音のように、社員の情熱・努力と社外の人々の支援・厚意を重ねて効率的に画期的新薬を生み出そうという思いを込めた。

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