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インタビュー・コラム

体外受精の自動化技術で不妊治療のレベルアップを目指す 株式会社ARCS(アークス)

スタートアップ支援プログラム「UNIKORN」参加企業(UNIKORNファミリー)に聞く⑥

UNIKORN(ユニコーン)」は、ライフサイエンス領域で事業展開するスタートアップの海外展開(英国および欧州市場への進出)を支援する新事業です。プログラムに選出された8社のスタートアップの皆様に、事業の概要や今後の展望、欧州展開に期待することなどをお聞きしました。UNIKORNに関する詳しい情報はこちらから。

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棚瀬 将康氏(株式会社ARCS 代表取締役)

【企業紹介】株式会社ARCS
株式会社ARCSは「誰もが安全で質の高い不妊治療を受けられる世の中を」の実現を目指して、AI技術とロボット技術で生殖補助医療の自動化に取り組むスタートアップです。東京科学大学の認定ベンチャーであり、同大学とは共同研究契約も締結しています。昨年の「HONGO AI 2023」では三井住友銀行賞と神戸市賞の2冠を達成するなど、その技術力は業界内でも高く評価されています。

不妊治療に悩む友人の話を聞き起業を決意

――まずは貴社の概要についてご紹介ください。

我々は、AI技術とロボット技術を駆使して、不妊治療における生殖補助医療の自動化を目指した事業に取り組んでいます。現在の体外受精の課題として、顕微鏡下での受精作業は個人の技能に依る部分が大きく、その技能習得には時間がかかること、作業を行う胚培養士の負担が大きいことなどが挙げられます。当社は、AI技術とロボット技術を用いることで、誰でもベテラン並みの技能を発揮できるソリューションの開発に挑戦しています。

――棚瀬さんの自己紹介とこの事業を始めたきっかけについてもお聞かせください。

わたしは新卒でトヨタ自動車に入社し、自動運転技術や先進安全技術などの開発を担当するエンジニアをしていました。開発・評価・社会実装まで一気通貫の仕事を経験するうちに、いずれは自分の責任で進められる事業を持ちたいと考えるようになりました。そんな中、ご縁あって創業後間もない、国立がん研究センター発のスタートアップに入社しました。そこでは開発体制の立ち上げから事業開発に至るまで、開発責任者を務めながら、一気通貫のスタートアップとしての立ち上げを経験させていただきました。
開発が軌道に乗り、次は私自身が起業家として社会の課題解決をしたいと考えていた頃、友人の中に不妊治療に悩んでいる方から、子どもが欲しいのに授かれないという悩みを聞き、それが心に刺さりまして、「不妊治療」の事業化を目指す決心をしました。その後、AI技術で不妊治療に取り組む研究者と技術シーズを探していたところ、東京医科歯科大学と順天堂大学の共同研究に辿り着きまして、同研究の先生とお会いし、話し合いを重ねた結果、共同で開発を進めることで合意に至ったことから、2022年の3月に起業しました。

――現在の会社規模はどれくらいですか?

フルコミットのスタッフは5人ですが、他にアルバイトとして様々な分野のエンジニアも多数参画しており、合計で2530人のスタッフで動いています。当社の技術は非常に複合的であり、その開発にはAI技術からロボット技術、流体力学、精子・卵子などの生殖医療まで、医学・工学に関する様々な知見が要求されます。そこで、各ドメインにおけるプロフェッショナルに副業のような形で参画してもらい、彼らの集合知でひとつの製品を作りあげるという形で開発を進めています。そういう意味では、前職の自動車開発と似ている部分があるともいえますね。

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精子の選別および受精作業をAI技術とロボット技術で代替

――「AI技術とロボット技術による体外受精」について詳しく教えてください。


現在の体外受精は「顕微授精」といって、胚培養士と呼ばれる有資格者が倒立顕微鏡とマイクロマニュピレーターを用いて、ほぼ手作業で実施されています。この技術の習得が大変で、数をこなさないと成功率が上がりません。受精に用いる精子も、胚培養士が目視で選別作業を行なっており、この作業も培養師の技能によってばらつきが生じてしまいます。そこで我々としては、まず精子の選別作業にAI技術を用いることで選別の精度を高め、さらには手作業による授精作業にもロボット技術を用いることで自動化し、最終的な妊娠成功率を高めたいと考えています。

――現在どれくらいの方が体外受精を利用されているのでしょうか?

国内の不妊治療は、年間約50万周期(1回の治療を1周期と数える)に上ります。不妊治療に保険診療が適用されたことで、利用者も増えています。海外に目を向けると、欧州では年間約100万周期、中国では約100万周期、米国では約35万周期が実施されています。人口比で見ると、欧州は日本に近く、米国と中国は日本より少ないといえます。国内の登録胚培養士は約2千人ですが、年間50万周期の体外受精を行うには、単純計算で1人あたり250周期を担当する必要があります。その意味では、胚培養士の負担も大きいといえますね。

――今後の開発スケジュールについてもお聞かせください。

現在はまだ研究開発の段階で、現在は来年春の国内ローンチを目指して開発を進めています。プロトタイプはできており、学会などで展示させて頂いています。その後は不妊治療の現場で実際に当社の装置を使って頂きながら、さらにAI判別の精度向上や利用施設の拡大を目指していく予定です。海外市場についても、最初の製品となる予定の「精子の自動選別」については、2026年からパートナーシップの構築を本格的にスタートし、同時に各国の薬事規制に合わせた対応を進めることで、早ければ2028年には最初の製品を販売したいと考えています。

今秋予定の欧州渡航では将来のパートナー候補を見つけたい

――UNIKORNプログラムに応募された動機についてお聞かせください。

LINK-JのウェブサイトでUNIKORNプログラムをみつけたのが最初のきっかけでした。当社としても海外進出の足がかりを作る必要があると考えていたので、応募させて頂きました。メンターの方々とのディスカッションの時間が用意されていること、BIO-Europe 2024(開催地:ストックホルム)への渡航費が支援されることも魅力的でした。

――実際に参加してみた感想についてもお聞かせください。

メンターとのディスカッションでは、結構深いところまで質問されたのをおぼえています。その後開催されたキックオフイベントでは、他の参加者の皆様との交流もできました。特に当社と同じくAI技術を扱うエルピクセル株式会社さんとは、色々と参考になる情報などをご教示頂いたり、その後も食事をしたり情報交換させて頂いたりと、イベントの内外で交流を深めました。こういうスタートアップ同士の横のつながりも、我々にとっては大変ありがたいですね。

――BIO-Europe 2024ではどんなことに期待していますか?

まずは欧州展開における「足がかり」をつかむことを目指します。具体的には、将来の販売パートナーシップの候補先や、今後のトライアルおよびクリニカルリサーチにおけるパートナー候補を開拓していきます。日本では不妊治療が長らく自由診療として実施されてきた背景もあって、我々の顕微授精自動機器も日本では非医療機器の扱
いですが、海外では医療機器として扱われることになるため、海外の薬事規制に合わせた開発が求められます。

 

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起業志望者には「可能性があるなら突き進んで欲しい」

――技術開発におけるハードルとしては、どんなものがありますか?

卵子は非常に貴重なものなので、不妊治療の世界では安全性の担保が非常に重要です。さらに、製品ができたらすぐに売れるという世界でもありません。業界の慣習として、まず最初は医療機関で試用して頂きながら、安全性や臨床成績が従来の手作業による顕微授精と同等かそれ以上であることを確認した上で、正式に導入されることになります。安全性の担保が求められるのは他の医療機器も同じですが、特に不妊治療の領域ではその点を厳しく評価されるので、できる限り良いものを作りたいですね。

――将来展望についてもお聞かせください。

我々は「不妊治療をAI技術とロボット技術で自動化する」という挑戦に取り組んでおり、現在はその中核となる「顕微授精技術の自動化」を進めていますが、その周辺技術についても自動化の余地があると考えています。不妊治療については、近くに不妊治療クリニックがないという理由で断念している人も多く、医療機関の小型化なども視野にアクセスの課題を解決していきたいと考えています。

――最後にこの記事を読まれる皆様にメッセージをお願いいたします。

わたしは自分の周りに苦しんでいる方を救いたいという想いからアークスを立ち上げました。ただこの領域を知れば知るほどその課題の深さやニーズの広さを感じています。事業自体はもちろん常に順風満帆というわけではなく、ときには厳しい課題にぶち当たることもありますが、非常に社会的にニーズの高い事業になりますので、一緒に取り組んでいただける方、少しでもご興味のある方は大歓迎ですのでぜひお気軽にお問い合わせください!

棚瀬さん.png棚瀬 将康氏(代表取締役)

 

大学卒業後はトヨタ自動車に入社。自動運転および先進安全技術の開発などを担当する。5年半ほどトヨタに在籍した後、将来の起業に向けて、まずはスタートアップ業界の勉強を兼ねて、株式会社ARAYAに転職。のちに医療機器系スタートアップである株式会社Jmeesに移籍し、開発責任者を務める。不妊治療に悩む友人の話をきっかけに、不妊治療の中核である「顕微授精」の自動化と社会実装を目指して、2022年3月に株式会社ARCSを立ち上げる。現在は国立成育医療研究センター、東京科学大学や順天堂大学などの研究機関との共同研究のもとで開発進行中。


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