LINK-Jと東京大学統合ゲノム医科学情報連携研究機構は、2022年12月15日(木)に日本橋ライフサイエンスビルディングにて、ゲノム解析技術の今後の活用と展望をテーマとしたシンポジウムを開催しました。
本イベントは、東京圏のグローバルバイオコミュニティGreater Tokyo Biocommunity(GTB)の中のゲノム関連のコミュニティとして、技術革新と実用化、人材育成などの現状と課題を情報発信するため、産学各々の立場から専門家が講演し、意見交換を行いました。(開催告知情報はこちら)
オープニングは東京大学の渡部俊也副学長、統合ゲノム医科学情報連携研究機構の機構長である村上善則先生、先端科学技術研究センターの油谷浩幸先生からご挨拶頂きました。 村上先生は、産業活動の基盤としてゲノムに関する研究、教育、社会への発信活動を2015年から実施してきていること、同機構がGTBに加わることで連携の契機となることを願うと述べられました。
BioBank Japanにおける研究基盤整備と多層オーミクス解析への取り組み
松田浩一先生(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
松田先生からは、バイオバンク・ジャパン(以下、BBJと記載)の国際的な評価や状況についてご紹介頂きました。 BBJは、2003年にスタートし、27万人分、47疾患の情報を医療機関と連携して臨床情報を含めた試料とデータベースを保有しています。SNPデータは23万人分公開されており、疾患ごとの遺伝子の違いや、2022年にはメタボローム(NMR)の情報も公開されました。
研究希望者は、DNA、血清、臨床情報、ゲノム情報を有償で利用することができ、横断的な検索システムや統計値データとしてPhwWebが活用できます。
BBJの研究成果については、SNPアレイを用いた解析結果として多くの論文で活用されていることや、食道がんの研究などについてご説明頂きました。今後は、医療機関との連携を進め、HERによる臨床情報の収集と多層オミックスデータベースの構築を、感染症関連の情報も含めて進めていきたいとしました。
大規模オミクスレポジトリからの知識探索基盤
白石友一先生(国立がん研究センター 研究所 ゲノム解析基盤開発分野)
米国の国家プロジェクトなどのゲノムデータ数が年々増えており、例えば、TCGA(The Cancer Genome Atlas Program)では個別のがん種解析やがん種横断的な解析が行われ、データを活用した論文も増えています。国内でもゲノムデータの共有や再解析について、ポテンシャルを高めるため、ユーザがダウンロードせずに利用できる計算環境を整えることや、複数の機関で共有環境を用意するなどの議論が行われていること、掲載リソースや費用についても課題があると述べられました。
次に、スプライシング変異の研究状況について報告され、大規模トランスクリプトーム解析基盤の構築や、これらを利用した疾患関連ゲノム変異や創薬ターゲット解析などを紹介されました。
全ゲノム解析データの利用例としては、「APIを利用した全ゲノム解析利活用」について提唱され、自律的な知識獲得基盤の開発を目指したいとしました。
The Latest Technology Trends and Future Utilization on Single Cell Analysis
シングルセル解析の最新技術動向と今後の活用可能性
Serge Saxonov(10xGenomics CEO)
Michael Schnall-Levin氏(Chief Technology Officer&Founding Scientist)
10xGenomics社のSerge Saxonov氏からはビデオメッセージを頂きました。今後数年から数十年の間に生命科学の分野で飛躍的な進歩が起きると予想されます。ゲノミクスをはじめ、エピジェネティクスやタンパク質などの構成要素の測定や、新しい解析技術によって正しい解像度で生物を理解できるようになってくるなど、展望についてご意見いただきました。
Chief Technology Officer&Founding ScientistのMichael Schnall-Levin氏からは、補足説明をいただきました。同社の技術を用いることで、数万個の細胞内の単一の細胞のモニタリングが可能となり、細胞内の現象や遺伝子発現等を計測でき、正常細胞やがん細胞との比較や、免疫細胞などでも解析できることなどが示されました。
ナノポアシークエンス 様々なアプリケーションと応用事例
宮本真理氏(株式会社オックスフォード・ナノポアテクノロジーズ コマーシャルダイレクター Asia Pacfic & Japan)
宮本氏より、シークエンサーのテクノロジーに関する原理や製品についての事例について紹介頂きました。 ナノポアシークエンスは、一つのシークエンサーで20塩基という短いものから、長いものまで様々なスケールに対応した製品をラインナップしており、DNAだけでなくRNA や修飾なども同時にリアルタイムで検出可能であることを説明頂きました。
アラブ首長国連邦で行われた110万人のシークエンスプロジェクトで、同社のシークエンサーが活用された事例についてもご紹介頂きました。さらに、来年リリース予定の製品として、iPadと連携した製品も開発中であることを発表されました。
NTTライフサイエンスのWell-being社会実現に向けた取り組み
瀬山倫子氏(NTTライフサイエンス株式会社 担当部長)
NTTライフサイエンス株式会社は2019年7月に設立されたパーソナルデータを活用したデジタルヘルスの取り組みを推進している企業です。 瀬山氏は、グループ会社に所属する社員向けに提供している遺伝子検査サービスについて紹介されました。健康診断のオプションでは、遺伝子検査に加え、生活習慣改善サポートや健康経営コンサルティングなどのサービスを実施しています。対象者約20万人の8割が実施しており、全国50施設を超える医療機関で双方向による情報収集を行っています。
東京大学医科学研究所との共同研究では、「多層的生体情報の統合による疾患予防システムの構築」と題し、次世代双方向性健常人コホートの構築を目指していることを紹介頂きました。今後は、共同研究を通じて早期発見のためのエビデンスの獲得や、創薬や治験に活用する二次利用データの構築と実証などにも取り組みたいと述べました。
医学研究のDXと人材育成の方法
鈴木貴先生(大阪大学 数理・データ科学教育研究センター 副センター長)
鈴木貴先生は、数学研究(純粋数学、応用数学、数理科学)のご専門の立場から、大阪大学の教育プログラムをご担当されています。数理腫瘍学におけるデータサイエンスや、数理モデリングの具体的な手法をご紹介頂きました。 数理腫瘍学研究では、E-learningと対面を活用したハイブリッドの人材育成を実施されていることや、文部科学省データ関連人材育成プログラム(D-DRIVE)にも関わられていることをご説明頂きました。
ゲノム関連技術の進展と人材育成~~これまで、から、これから、へ。
鈴木穣先生(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
ゲノム関連研究の国内外の情勢として、米国ではPrecision Medicine Initiative (PMI)、英国ではGenomics England、中国では十三五計画が進み、日本でもデータ解析環境整備が喫緊の課題です。
ゲノムデータを活用することで治療への応用は進んでいますが、多層オミックスへの展開は今後の課題で、疾患の解明についても課題が残されています。UK BioBankなどは結晶プロテオームの解析のモニタリングや生活習慣などとの関連についても調査が進められています。 民間企業との共同研究を通じた実施例として、三井不動産株式会社との千葉県柏市(柏の葉)で行われているプロジェクトをご紹介頂きました。50歳以上の健常者を対象に、採血からのゲノム+scRNAの解析を行い、スマートウオッチによる健康診断情報との突合を行う試行実験に取り組んでいます。このような取り組みは、Human Cell Atlasでも実施されており、ゲノムデータと生活環境とのデータを総合的に取り扱うことが必要です。
一般的な腫瘍の例であっても、最適な治療を考えるには発現マップの空間解析が重要であることを解説頂きました。肺腺癌データを例に示され、将来は、ゲノム配列を読まずに解析をすることが主流となる時代も考えられるといいます。
技術革新は進む一方で、人材の問題も深刻です。技術者だけでなく、解析を将来的に引き継いでいく人、海外やバイオ分野以外にもつなげていくような多様な人材を育成していく必要性について訴えられました。
当日は会場とオンライン合わせて382名の方にご参加頂きました。ご視聴・ご参加いただいた皆様誠にありがとうございました。 本イベントを通じてゲノムデータの解析技術やデータ利用により興味を持って頂けましたら幸いです。