この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.12のインタビュー記事を掲載しております。
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近年、スマートフォンを介した健康増進サービスや個人向け遺伝子解析サービス、遠隔診療、AI画像診断など、最新のICT技術を活用した新しいヘルスケアサービスが、次々と登場しています。今回は LINK-Jサポーターであり、モバイルサービスを活用してヘルスケア分野に進出し、意欲的に事業を展開しているエムティーアイの秋田正倫氏にお願いし、古くからのお知り合いであるDeNAの大井潤氏とサービスの現状と今後の展望について対談していただきました。
ネット環境・デジタル環境がヘルスケアにもたらす新しいエビデンス
―― お二人は「ICTの活用を通じて人々を健康に導くこと」を目指されていますが、それぞれどのような経緯でデジタルヘルスに取り組まれるようになったのでしょうか?
大井 私は、もともとは総務省に勤務しており、主に地方財政を担当していました。その立場から、社会保障の持続可能性については懸念を抱いていました。その後、医療法人の勤務を経て、2013年にDeNAに参加しましたが、その思いはより強くなっており、民間企業としても何かできないかと考えていました。一方、DeNAは医療機関ではないので、ヘルスケア分野での取り組み、DeNA創業者の南場の思いでもある「病気になる前に」という観点から、まず個人向け(DTC)遺伝子解析サービスの事業に取り組みました。DTC遺伝子解析サービスは、遺伝子の解析結果を統計的な傾向と照らし合わせて生活習慣病などの罹りやすさを知ることで、病気になる前の生活改善を目指すものです。元より我々はサービスの専門家ですがゲノムの専門家ではないので、ゲノム研究トップの東京大学医科学研究所と共同研究を実施し、その研究成果をDeNAとして社会実装していきました。
秋田 私は世の中のライフスタイルを変えるサービスを作りたいとう想いから、2007年にキヤノンからモバイルサービスのエムティーアイに転職し、ヘルスケア事業に関わるようになりました。時代は個別化医療に進むとみていましたので、遺伝子解析がわずか数万円で可能になったタイミングで当社もDTC遺伝子解析サービス事業を立ち上げ、私はそこのトップとして事業を推進しました。
―― お二人は、DTC遺伝子サービスの競合ということになりますね。
大井 秋田さんと知り合った当時は競合するほどのマーケットもない状況でしたから、"競争"というより"共創"のフェーズでした。
秋田 業界の健全な発展を目指す仲間ですね。当時は黎明期だったため、科学的根拠に乏しい事業者の参入やルールの未整備など問題も多く、大井さんと私とヤフーの別所さんで業界団体を立ち上げ、経済産業省とも連携しながらルールを確立していきました。
――遺伝子解析サービス以外にも、ネット環境・デジタル環境をベースにしたさまざまなヘルスケアサービスが生まれています。デジタルがヘルスケアにもたらす価値をどのように捉えていらっしゃいますか。
秋田 膨大なデータが蓄積され、それを分析し、利用者や生活者、社会に還元できる点ですが、これまでにない価値だと思います。弊社の女性健康情報サービス『ルナルナ』はその好事例でしょう。生理周期を記録・自己管理するモバイル向けサービスで、スタートした2000年から19年間に累計1400万ものダウンロード(※2019年7月時点)があり、集積されたデータを分析することによってオギノ式とは異なる独自の排卵日予測ロジックを確立しました。これにより妊娠確率は劇的に上がり、日本の出生数の約3割が『ルナルナ』のユーザーだと試算できます。デジタルヘルスが日本の少子化問題の改善に貢献していると考えています。
大井 私も、データに基づくサービス、新たなエビデンスの確立に価値を感じています。「ヘルスケア」サービスと名乗る以上、健康医療データに基づきながらサービスを提供する必要があると考えています。弊社は『kencom』という個人の健康増進をサポートするヘルスケアエンターテインメントアプリを通じて、利用者の生活習慣の変容や健診結果の変化、罹患への影響、医療費への影響などを追跡調査しています。日本は国民皆保険で個人の医療費(レセプト)まで一気通貫であるため、経済効果まで含めた健康への貢献についてのエビデンスが確立できる点も、意義が大きいと思います。
秋田 主な死因が感染症だった昔は、病気を治す治療が医療の根幹でしたが、死因の7割が生活習慣病起因に変化している現在は、食事や運動などの習慣を変えることがより重要だという認識になってきました。その行動変容にデジタルのアプローチが役立つ可能性について、WHOも大きな期待を寄せています。
秋田 正倫 氏(株式会社エムティーアイ 執行役員ヘルスケア事業本部 副事業本部長)
マネタイズの難しさ。その要因は、人々の意識に
―― 一方でデジタルヘルスについては、マネタイズが難しいという指摘もあります。
秋田 国民皆保険という社会保障があるため、日本では「健康を失わないために先行投資をする」という価値観があまりないですね。
大井 そこは我々も課題としている点です。病気になっても病院に安く行けるし、健康であることによってお金がもらえるわけでもない。健康が価値化されていないため、ヘルスケアサービスはなかなか普及しない。利用してもらうには、何かインセンティブをつけなければなりません。
秋田 『ルナルナ』がビジネス的に成功したのはなぜかというと、『ルナルナ』はエンドユーザーである女性のライフステージの変遷に伴う健康管理、妊活等のニーズに合わせて発展してきたからだと考えています。妊活においては、自分で妊活をケアしたいというニーズに対して、家庭内妊活のサポートとなる個人にあわせた排卵日予測の提供などにより、『ルナルナ』は支持されたのではないでしょうか。不妊治療の手前に市場があったともいえます。
――では『ルナルナ』以外のサービスは、どのような方法でマネタイズしているのでしょう?
大井 弊社は、先にお話ししたヘルスケアマーケットの特性から、サービスユーザーから利用料を直接徴収する形ではなく、人を健康にすることを価値化できるマーケット、具体的には民間の生命保険や国民健康保険等の公的保険を一つのマーケットとして捉え、これらのマーケットを事後対処型から事前介入型に変えていく取り組みに進めています。すなわち、40兆円規模の生保マーケットは、そのほとんどが罹患後または死後に支払われる事後型ですが、これをヘルスケアサービスとセットで提供することにより事前型に変えていく挑戦です。そこで保険会社と共同で、健康経営を推進する企業向けの団体保険を開発しました。弊社は、社員の健康増進支援の部分でサービスを提供するスキームです。また国保加入者の健康増進を促進する取り組みとしては、山梨県との共同事業を行う予定です。こちらは成果連動型で、サービス利用の成果で医療費が適正化された場合は、都道府県の財政負担軽減分の一定割合をシェアいただく仕組みです。
秋田 弊社でも一般向けの健康増進サービスは、生命保険会社とのコラボや企業向けの健康経営支援、自治体と連携した電子母子手帳アプリなど、サービスのエンドユーザー以外からマネタイズを図っています。一方で、電子カルテ、遠隔診療サービス、薬局業務支援など医療機関向けのデジタルサービスも展開しており、こちらは業務の効率化が歴然と出ますので、需要が伸びています。
―― 生活者の健康への意識が高くない中で、エンドユーザーのサービス利用の継続を図るために、どのような工夫をされていますか。
大井 DeNAはバーチャルではモバイルゲーム、リアルでは横浜DeNAベイスターズを運営するなど、人を一つのサービスにエンゲージメントさせるのが得意な会社です。特にログ等のデータをベースに高速でPDCAを回し、サービスを最適化していく能力に優れており、この力ををヘルスケアに当てはめ、楽しみながら健康増進を行えるデジタルサービスを開発しています。
秋田 エムティーアイも出発点は音楽配信で、エンドユーザーに受け入れられるサービスを提供することを得意としております。ヘルスケアサービスにおいても、「健康寿命を伸ばし、その時間をいかに楽しく過ごすか」あるいは「健康を意識するのはカッコいい」といった視点をユーザーの中に育てることを意識しています。
大井潤 氏(株式会社ディー・エヌ・エー執行役員 経営企画本部長/株式会社DeNAライフサイエンス 代表取締役)
テクノロジーの進化と医療制度のサステナビリティが今後のターニングポイントになる
――今後、デジタルヘルスにターニングポイントが来るとすれば、何がきっかけでどう変わっていくと予想していますか。
秋田 来年(2020年)には第5世代移動通信システム(5G)の提供が始まり、それに伴って政府が目指すソサエティ5.0が徐々に現実になっていくでしょう。ソサエティ4.0の情報社会との違いは、クラウドが主体になりAIが組み合わさること。生活者、医療機関、自治体など個々に存在していた情報が IoTやAIの力でつながると、イノベーションが起こります。例えばいま我々が行っている遠隔栄養診断などは効果がある半面、人が介在するため割高ですが、新たなテクノロジーによってリーズナブルに提供できるようになると、サービスが爆発的に普及するフェーズに入ると期待しています。
大井 私は、社会保障、医療制度のサステナビリティが引き金になると思います。制度がいよいよ維持できず、「病気になると個人負担が大きくなる」という認識が国民に広がると、当然予防への意識が高くなる。技術の進化と医療制度の限界とが交差するタイミングで、大きな局面を迎えるのではないでしょうか。医療制度の限界が来ないよう、企業として最善の努力は続けますが。
――診断でAIの活用が進むと、デジタルヘルスの事業領域は医療に近づきます。最終的には、保険診療の部分にまで踏み出すことになるのでしょうか。
大井 会社としてまだそこまでの意思決定はしていませんが、医療に近づく、医療とヘルスケアをデジタルに分けることが難しい環境になってきているので、医師資格を持ち、医療行政に詳しいチーフメディカルオフィサー(CMO)を4月から置き、社内体制を強化しているところです。
秋田 当社は例えば遠隔読影などの分野で、すでに医療の領域に入っています。ただ、先ほどの生活習慣病の例のように、今後は医療と予防の境界線が曖昧になっていくでしょう。医療にせよ予防にせよ、キーワードは『個別化』です。その人の遺伝子・体質・生き方・働き方・価値観などに合わせて、個々人をアシストする、というスタンスで臨みたいと考えます。
――最後に、LINK-Jへの期待があればお聞かせください。
秋田 今まで医療業界とIT業界は別々に動いてきましたが、これからは融合して、今までにない個別化した多様な価値を実現することが重要です。LINK-Jを通じたネットワークで業界の枠を取り払い、新しい時代を作っていきたいですね。
大井 同感です。業界の枠に囚われることなく、その枠を超えて互いが知恵を出し合い、補完し合える形を模索していかなければなりません。ビジネスのプロトコルが違うので、最初は違和感があるでしょう。カルチャーギャップを乗り越えるための触媒的役割をLINK-Jに担ってほしいと思います。
1995年東京大学法学部卒。自治省(現総務省)入省。2012年7月、総務省退職。医療機関勤務を経て、2013年、株式会社ディー・エヌ・エー入社。2015年、執行役員ヘルスケア事業本部長、株式会社DeNAライフサイエンス代表取締役社長に就任。2018年4月より、株式会社ディー・エヌ・エー 執行役員 経営企画本部長。
2000年千葉大学工学部(修士)卒。キヤノン株式会社入社。2007年、株式会社エムティーアイ入社、2013年遺伝子解析事業「株式会社エバージーン」の代表取締役就任。現在は、執行役員ヘルスケア事業本部副事業本部長に就任し、ヘルスケアサービス事業の指揮をとる。