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イベントレポート

スーパーエンジェルが切り拓く新たなイノベーション(7/5)

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学問で社会に貢献して対価を得られる社会を目指す

7月5日、日本橋ライフサイエンスハブにてパネルディスカッション「スーパーエンジェルカンファレンス 創業者から若手研究者へ」が開催されました。バイオ領域の勃興によって新たに登場した「スーパーエンジェル(創業科学者)」は、研究者としての知識と経験、起業家としての成功体験とそこから得られた資金の両方を兼ね備えることから、特に生命科学領域におけるイノベーションの達成において、彼らの存在が重要なカギになると考えられています。この日のイベントには、日本を代表するスーパーエンジェル2名を迎えて、活発な議論が行われました。また、米国発のエンジェル投資家コミュニティの日本法人の責任者も登壇し、スタートアップの世界的トレンドなどが紹介されました。

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モデレーター
宮田 満(日経BP社特命編集委員)

講演者
押村 光雄(鳥取大学染色体工学研究センター)
中辻 憲夫(株式会社幹細胞イノベーション研究所)
本澤 実(KEIRETSU・JAPAN株式会社)

お金持ちの歴史的考察:チャンスと義務

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宮田 満 氏(日経BP社特命編集委員)

最初にモデレーターを務める宮田満氏が登壇し、イノベーションが生み出す新たな富裕層とそのあり方について講演を行いました。宮田氏によると、富裕層を生み出す源泉は、征服者による収奪に始まり、鉱山、金融、貿易と、歴史の変遷とともに変化してきました。特に産業革命以降は、紡績、鉄道、自動車、モバイル通信と、各時代におけるイノベーションが新たな富裕層を生み出す源泉を果たしています。
宮田氏によると、米国では現在でも富裕層が次世代を支援する文化が脈々と続いています。IT産業などで成功を収めた起業家たちが次世代のイノベーターに投資をする「エンジェル投資家」はもちろん、近年ではバイオ領域を中心に研究者としての知識や見識を兼ね備えた起業家「スーパーエンジェル」と呼ばれる新たな世代も誕生しています。最後に宮田氏は、すでに成功を収めたスーパーエンジェルと、これから起業に挑戦する若手研究者との出会いを通じて、日本にも「学問で幸せになる」ことができる社会を構築したいと展望を述べました。

染色体研究の奇跡と医療・創薬に向けた挑戦

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押村光雄 博士(鳥取大学染色体工学研究センター)

押村博士の専門領域は「染色体」。ショウジョウバエの唾腺染色体から始まった押村博士の研究は、試行錯誤を経て「がん抑制遺伝子の存在の証明」、「ヒト染色体導入マウスの誕生」、「目的遺伝子を搭載した人工染色体の開発」など様々な画期的技術を生みだしながら、ついには新たな学問体系である「染色体工学」の確立に至ります。
そこで、自身が開発した新たな技術を用いて「完全ヒト抗体産生マウス・ラットの開発」及び「遺伝的希少病モデルマウス・ラットの開発」を行う大学発スタートアップの起業を決断します。さらに地元に創薬ビジネスの一大集積地を創出するため、「鳥取大学染色体工学研究センター」をはじめ、バイオ関連分野の研究開発及び実用化を目指す産学共同研究拠点「とっとりバイオフロンティア」の設立など、環境の整備にも貢献しました。
起業家を目指す若手研究者に向けて「成功するまで続ければ失敗にはならない」、「イノベーションは融合から」、「エンジェル投資家を友だちにする」などのメッセージを贈ると同時に「私もあと10年は研究を続けたい」と、今後の決意を明らかにしました。

生物学基礎研究から幹細胞技術開発、産学連携を通じてベンチャー起業、財団設立と社会貢献

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中辻憲夫 博士(株式会社幹細胞イノベーション研究所)

中辻博士は、日本で初めてヒト胚性幹(ES)細胞株の樹立に成功するなど、幹細胞領域において日本を代表する基礎研究者の一人です。京大在籍時より基礎研究の実用化を前提とした起業にも積極的に取り組み、さらに大学退職後は若手研究者の研究助成や支援を目的に設立した「財団法人中辻創智社」を通じて、研究会の開催助成や給付型奨学金(返済義務のない奨学金)事業などを始めました。
基礎研究のあり方については「役に立たない基礎研究には意義がない」、「清貧に研究一筋こそが基礎研究の美学である」など様々な意見が飛び交う中で、中辻博士が考える理想はあくまで中道。すなわち「研究を楽しみ、その成果が社会貢献につながり、結果として利益が得られる場合も素晴らしい」と考え、それを実現する道を模索してきました。
中辻博士は、起業を目指す研究者に求められる資質として、「多様な対象への好奇心と探求心」、「学際的、国際的、社会的関心」、「基礎科学と技術的開発を結びつける意欲」、「興味と関心と専門分野を変更する決断」、「時代と将来を考える想像力」の5点を挙げ、未来を見据えて挑戦する若者の登場に期待を示しました。

世界のエンジェル投資家が注目するNEXT TECHNOLOGY

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本澤 実 氏(KEIRETSU・JAPAN株式会社)

本澤氏が日本法人の最高顧問を務めるKEIRETSU FORUMは、米国シリコンバレーで誕生した世界最大規模のエンジェル投資家コミュニティです。全世界に3千名を超える会員がおり、いずれも巨額の投資能力を有するエンジェル投資家ばかりです。投資対象も様々で、特にIT産業系とライフサイエンス系の占める割合が大きいのが特徴です。昨年は約200件の投資案件を厳選し、合計7,500万ドル(約90億円)の資金を投入しています。
日本の特徴について、本澤氏は「日本ではまだエンジェル文化が根付いていない」と指摘します。たとえば米国の場合、各地に点在する超富裕層が、それぞれ「ファミリーオフィス」と呼ばれる小規模グループを結成しています。KEIRETSUは自らの投資家に加えて、こうした外部のグループとの連携も行っています。本澤氏は、日本のエンジェル投資家をいかに結びつけていくかが目下の課題だといいます。
講演では、KEIRETSUが支援しているスタートアップの事業が紹介されました。本澤氏は「投資家の発想は起業家とは異なる。時には投資家の発想が新たなニーズを生み出すこともある」と指摘。自分たちだけで事業展開を考えるのではなく、投資家の考え方も取り込むという発想が大切だと訴えました。

パネルディスカッション

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宮田氏の司会のもと、引き続き押村博士、中辻博士にパネリストとしてご参加いただき、様々なテーマについて議論が行われました。中辻博士は、「経営サイドの人選は非常に重要である」と指摘し、起業する場合は、自分が信頼できる人物か、信頼できる人物が仲介した紹介者が良いだろうと述べました。
押村博士は、これまでの活動を振り返り「地方には地方ならではの良さがある」と指摘します。事実、押村博士の提案に対して、産官をはじめ多くの地元関係者が賛同し、設立拠点や活動資金を提供しています。同じく地方でバイオ拠点事業に取り組む宮田氏も、新産業の創出によって優良な雇用を確保したい地方の期待は非常に切実で、その思いが研究者を支援する原動力にもなっていると解説しました。
さらに議論は「研究から利益を得ることの是非」にも及びました。中辻博士は、研究を通じて社会に貢献することで、結果として適切な利益が得られる構造はあるべきだと訴えます。司会の宮田氏もその意見に強く賛同し、今回のイベントなどを通じて「大学の設備と予算で研究をしながら、そこから生まれた成果を研究者がもらうのはおかしい」という日本社会の誤解を払拭していきたいと述べました。

イベント終了後は懇親会も開催され、研究者らがスタートアップの大先輩の話に熱心に耳を傾ける光景が見られました。

IMG_3021.jpg懇親会の様子

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