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イベントレポート

「細胞・遺伝子治療-遺伝子解析のその先へ-」シンポジウムを開催(6/3)

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近年、急速に実用化が進む細胞医療と遺伝子医療をテーマに、アカデミアと産業界の関係者が集うシンポジウム「細胞・遺伝子治療-遺伝子解析のその先へ-」が、6月3日に開催されました。本シンポジウムは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止策の一環として、発表者、視聴者ともにオンライン会議システムによる参加というスタイルでの開催となりました。当日は、LINK-J理事長の岡野栄之氏がモデレーターを務め、パネルディスカッションでは、岡野氏と演者の間で活発な意見交換が行われました。

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主催者挨拶

岡野栄之氏(LINK-J理事長/慶応義塾大学・大学院医学研究科 委員長/慶応義塾大学医学部生理学 教授)

開会にあたって、岡野氏より主催者挨拶が行われました。岡野氏は、「細胞および遺伝子に対する理解は、老化・疾患のメカニズムの解明の一助となり、治療法の開発・健康長寿の秘訣を知ることにもつながる」と指摘したうえで、細胞を原点とした最新研究、近年急速に実用化が進む遺伝子治療について、最新鋭の動向と今後の展望についてお話をいただきたいと述べ、開会の挨拶としました。

基調講演「細胞 老化と疾患メカニズム」

米田悦啓氏(国立研究開発法人医療基盤・健康・栄養研究所 理事長)

最初に登場した米田氏は、細胞における「核輸送」と呼ばれる現象と、新型コロナウイルス感染症の治療薬候補の作用機序について、講演しました。新型コロナウイルス感染症の治療薬開発は、世界中で進行していますが、その候補薬の1つに、大村智氏によって発見された抗寄生虫薬イベルメクチンがあります。米田氏は、イベルメクチンが新型コロナウイルス感染症患者の重症化リスクを低下させたという報告を紹介し、作用機序として、細胞質から「細胞核」にたんぱく質を輸送する機能「核輸送」に着目します。通常、細胞核は「核膜」で覆われています。そこで、細胞核に細胞質からたんぱく質を輸送する際は、細胞核で働くたんぱく質の持つ核局在化シグナルと、インポーチンαおよびβという2つの分子とが結合し「三者複合体」をとることで、核膜上の穴(核膜孔)を通過します。その一方で、イベルメクチンはデングウイルスのたんぱく質の核移行を阻害することがわかっています。新型コロナウイルスに対しても、培養細胞レベルで増殖を抑制する効果があることから、イベルメクチンはインポーチンαに結合することで核輸送の機能を阻害し、新型コロナウイルスの増殖を阻害しているのではないかと考えられます。現在、米田氏の研究室はイベルメクチンの核輸送阻害作用を研究しており、「推論通りであれば、より効果的な薬剤のデザインも可能になる」と、研究結果に強い期待を示しました。

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さらに米田氏は、細胞核と「老化の研究」に関する研究成果も紹介しました。たんぱく質を細胞核に輸送するための三者複合体は、核内に移行したのちに、別のたんぱく質の働きを受けて、複合体が解離されます。そして、細胞核で働くべきたんぱく質だけが核内に残り、インポーチンは細胞核から細胞質に出ていくことで、次回のたんぱく質輸送のために、再利用されます。この結合と輸送と解離のサイクルは、細胞内で常に回転しています。米田氏らは、若い細胞と比べて、継代を重ねた「老いた細胞」では、このサイクルの効率が悪化していることを発見し、実際に結合・解離に関わるたんぱく質の発現遺伝子をノックダウンすることで、細胞老化現象の再現に成功しました。米田氏は、以上の事実から「細胞核にたんぱく質を輸送するサイクルが悪化することによって、最終的に老化という現象が誘導される」との仮説を提唱しました。講演では他にも、たんぱく質合成に必須であるアミノ酸の鏡像体の生体利用に関する研究など、これまでの老化の研究例を複数挙げ、わかりやすく解説しました。

講演1「細胞 Human Cell Atlas

Piero Carninci氏(理化学研究所生命医学研究センター 副センター長)

基調講演に続き、5人の演者による講演が実施されました。最初に登場したPiero Carninci氏は、理化学研究所における細胞解析技術の発展の歴史と、世界的な展望などを解説しました。遺伝子発現に関する研究は、単一細胞(シングルセル)解析技術の登場によって、細胞および遺伝子に関する、様々な新事実が解明されてきました。現在、シングルセル解析の大規模研究としては、ヒトの全種類の細胞を調べる国際的共同計画「ヒト細胞アトラス(HCAHuman Cell Atlas)」があります。米国のブロード研究所をはじめ、世界の有名研究機関が参加する共同研究で、理化学研究所も参画しています。最近ではアジア地域のコンソーシアムも誕生しており、活動規模は年々拡大しています。

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理化学研究所もまた、独自の分析技術の開発やライブラリの構築に挑戦してきました。ヒトおよびマウスの全長cDNA(相補的DNA)のライブラリ構築を目指した国際コンソーシアム「FANTOM」、ヒト長鎖ノンコーディングRNAのアトラス構築を目指す「FANTOM CAT」なども、その1例です。Piero氏もまた、遺伝子の転写開始点をゲノムワイドに解析する「CAGECap Analysis Gene Expression)法」の開発と、同法を用いたゲノム解析などで、数多くの研究成果を上げてきました。最近では、慶應義塾大学との共同研究で、スーパーセンティナリアン(110歳以上の超長寿高齢者)を対象とした、超長寿の解明にも挑戦しています。同研究では、シングルセル解析技術を用いて、スーパーセンティナリアンの血中免疫細胞を解析したところ、通常の高齢者と比べて、T細胞に占める「CD4陽性細胞障害性T細胞」の割合が非常に高いことが判明しました。Piero氏らは、本研究を通じて超長寿を決定する因子の探索を進めており、今後の展開が期待されます。

講演2「T細胞受容体レパトア解析・単一細胞遺伝子発現解析技術のがん免疫療法への応用」

松島綱治氏(東京理科大学生命医科学研究所 教授/イムノジェネテクス株式会社 取締役)

続いて登場した松島氏は、独自の技術によるT細胞受容体レパトア解析技術と単一細胞遺伝子解析、およびそれらを合わせた新しい解析技術を主題に講演しました。松島氏の研究室は、独自に開発したレパトア解析技術の医療応用に取り組んでおり、その1例として、がん免疫療法における抗腫瘍免疫応答モニタリングを紹介しました。がん免疫療法では、免疫応答のモニタリングが重要ですが、生検を患者に何度も実施するのは、非常に大変です。そこで松島氏らは、T細胞受容体レパトア解析の技術を、抗腫瘍免疫応答モニタリングに応用できないかと考えました。本研究とは別に、松島氏らは、抗CD4抗体を担癌動物に投与することで、劇的な抗腫瘍応答が生じること、さらに免疫チェックポイント阻害薬と併用すると、強力な抗がん作用が生まれることを発見していました。数年前からは、末期消化器がん患者を対象に医師主導臨床研究も始めており、その付随研究として、レパトア解析による抗腫瘍免疫モニタリングに挑戦しました。その結果、腫瘍-末梢血重複レパトア解析により、治療応答の層別化が可能であることが判明しました。松島氏は、免疫関連有害事象などの副作用の事前予測にも注目しており、研究に向けた検討を続けています。

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さらに松島氏らが達成した研究成果の1つに、シングルセルによる遺伝子発現解析技術の独自開発が挙げられます。同領域は、すでに競合技術が複数ありますが、松島氏らは「解析可能な細胞の数と遺伝子検出感度の両立」という難題に挑み、両者を同時に実現できる独自技術「TAS-Seq」を開発しました。免疫チェックポイント阻害薬を用いた医師主導特定臨床研究では、同技術を用いた付随研究を並行して実施しており、競合技術では検出困難な細胞も検出可能であることを確認しました。松島氏は、同技術を組み合わせた、個別化T細胞療法における腫瘍反応性クローンの同定、さらにiPS細胞(人工多能性幹細胞)との統合による、新たなT細胞療法の開発に意欲を見せました。

講演3「国産新規ゲノム編集技術 CRISPER-Cas3

真下知士氏(東京大学医科学研究所 教授)

続いて真下氏は、独自開発したゲノム編集技術「CRISPR-Cas3」と、その応用例である新型コロナウイルス感染症の迅速診断技術について講演しました。2012年に発表された「CRISPR-Cas9」は、ゲノム情報を自由自在に編集可能なツールとして、農作物の品種改良から疾患の治療・診断ツールなど、世界中で幅広い産業領域に応用されています。その一方で、知財の所在をめぐる問題、オフターゲット作用に対する懸念など、不安な側面があるのも事実です。CRISPR-Cas9以外にも、新たなゲノム編集技術の開発が世界中で進行しています。真下氏らが開発したCRISPR-Cas3も、その1つです。真下氏は同技術の特徴として「競合技術と比べて遥かに長いゲノム配列を認識できる」、「上流側のゲノム配列を大幅に削る大規模欠失が可能」、「オフターゲットに対する影響が小さい」などの利点を挙げます。

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真下氏らは、実際に筋ジストロフィー患者由来iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた実験を行い、エクソンスキッピング(遺伝子の変異部分の読み取りを無視する手法)による、たんぱく質の修復に成功しています。さらに、同技術の応用として、サンプル中の微量なウイルスRNAを正確に検出できる新技術・CONANCas3 Operated Nucleic Acid detectioN)法を開発し、これを用いた新型コロナウイルス感染症の早期診断薬の開発にも挑戦しています。真下氏によると、CONAN法は「高価な装置が不要で、場所を選ばすに検査できる」、「少ないサンプルで検査できる」、「短時間の検査(検体採取から結果判明まで約40分)で高い検出感度を示す」などの特徴を有しており、既存技術(PCR検査や抗原検査)に対する高い優位性が期待できます。期待度の高い技術だけに、真下氏は、診断薬として開発したいと訴えました。

講演4「核酸・遺伝子治療 遺伝子治療における企業の取組み」

山田 英氏(アンジェス株式会社 代表取締役社長)

続いて登場した山田氏は、アンジェス株式会社がこれまで開発に挑戦してきた治療薬開発の概要と、現在開発中の新型コロナウイルス感染症予防ワクチンの進捗状況などについて、講演しました。同社は昨年9月、世界初のプラスミド製品である、HGF(肝細胞増殖因子)遺伝子治療薬「コラテジェン」(一般名:ベペルミノゲン ペルプラスミド)を発売しました。山田氏は、同社の基本戦略について、「ナンバーワンでなければ、我々の存在意義はない」と述べ、スモールカンパニーとして、新たな遺伝子医薬品開発に挑戦していく、同社の基本姿勢を示しました。その同社が、今年3月より新たに挑戦しているのが、新型コロナウイルスの予防ワクチンです。山田氏は「コラテジェンの開発を通じて蓄積してきた技術、製造ノウハウ、規制当局との調整などの経験を活かして、ワクチン開発に貢献したいと考えた」と、その動機を述べました。

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同社のDNAワクチンは、ウイルスを用いる従来のワクチンと異なり、スパイクと呼ばれる、ウイルス表面に出現する突起上のたんぱく質の遺伝子情報を用いることで、病原性のない抗原を生み出す点にあります。そのため、従来のワクチンと比べて安全性が高く、ウイルスが変異を起こしても、予防効果は維持すると考えられています。また、DNAワクチンは6~8週間と、極めて短期間での製造が可能という特徴もあります。現在は、まだ動物による前臨床試験ですが、今年7月からは数十人規模での臨床試験を開始し、さらに10月からは大規模臨床試験を開始する予定だといいます。講演で山田氏は、同社が新型コロナウイルス感染症ワクチンの計画を発表して以来、多くの国内企業が共同開発に名乗りを上げてくれたと振り返り、今後もオールジャパン体制で取り組みたいと、ワクチン開発にかける意気込みを示しました。

講演5「日本における遺伝子補充療法の開発」

廣瀬 徹氏(ノバルティス ファーマ株式会社 取締役 グローバル医薬品開発本部長)

講演の最後には、国内初のウイルスベクター遺伝子補充療法製品「ゾルゲンスマ」(一般名:オナセムノゲン アベパルボベク、以下「オナセムノゲン」)について、グローバル医薬品開発本部長の廣瀬氏が登場し、講演しました。オナセムノゲンは、「脊髄性筋萎縮症」を適応として、今年3月に承認されました。脊髄性筋萎縮症は、常染色体劣性遺伝の希少疾病(日本での発病率は人口10万人あたり0.51人)であり、体幹および四肢の近位部優位に、筋力低下と筋萎縮が出現する、下位運動ニューロン病の一種です。患者の予後は非常に悪く、特に生後6か月までに発症した場合、その平均余命は約2歳といわれています。これに対して、オナセムノゲンは、同疾患の根本原因である遺伝子の機能欠損を補う遺伝子補充療法製品です。

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実際の治療では、遺伝子組み換え技術等を用いて、ヒトSMNSurvival Motor Neuron)タンパク質の産生を促す遺伝子を封入したウイルスベクター(アデノ随伴ウイルス9型)を作成します。点滴静注によって体内に注入されたウイルスベクターは、血液脳関門・血液脳髄液関門を通過して、運動ニューロン細胞に到達します。細胞の核に運ばれたSMN遺伝子を含むDNAは、患者細胞の染色体には組み込まれず、エピゾームとして細胞核内にとどまり、安定して正常な機能性SMNタンパク質が産生されます。オナセムノゲンの有効性ならびに安全性評価を目的とした海外第1相臨床試験では、有効性評価項目(出生から永続的な呼吸補助が必要となる又は死亡までの期間)において、投与から2年後の時点でも、15例全例(100%)が永続的な呼吸補助を必要とせず、生存を達成しました(同条件の自然経過データ:8%)。安全性に関しては、本治療との因果関係が否定できない有害事象として無症候性の肝機能検査値異常がみられました。廣瀬氏は、オナセムノゲンの開発を振り返り、脊髄性筋萎縮症が単一遺伝子変異疾患であること、ウイルスベクターが血液脳関門・血液脳髄液関門を通過すること、治療に必要な遺伝子がアデノ随伴ウイルスベクターに納まるサイズであることなど、様々な要因が重なり成功を収めることができたと総括しました。

パネルディスカッション

モデレーター:岡野栄之氏
パネリスト:Piero Carninci氏、松島綱治氏、真下知士氏、山田英氏、廣瀬徹氏

最後に、岡野氏と講演者5人によるパネルディスカッションが開催されました。開催に先立ち、モデレーターを務める岡野氏より、イントロダクションとして細胞治療と遺伝子治療について解説が行われました。現在、細胞治療と遺伝子治療の臨床試験は世界中で進行しており、その総数は1000件以上に上ります。国内でも、虚血性心疾患、急性移植片対宿主病、脊髄損傷、B細胞性急性リンパ芽球性白血病、重症虚血肢を有する慢性動脈閉塞症に伴う潰瘍など、主に希少疾患および難病領域を中心に研究開発が進み、製品化されてきました。今後の可能性について、岡野氏は「アンメット・ニーズに対する根本治療としての役割は今後さらに大きくなる」と指摘したうえで、新型コロナウイルス感染症という、かつて人類が経験したことのない規模での感染拡大に触れ、「細胞と遺伝子に対する理解は、パンデミックに対しても人類の武器になりうると確信している」と述べ、予防ワクチン、迅速診断および治療法の開発など、新たな展開にも期待を示しました。

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続いて、岡野氏からの質問、また視聴者から寄せられた質問に対し、講演者が答える形で進行しました。松島氏は、講演中に登場した「抗CD4抗体による免疫応答の惹起」についての質問に、詳細はまだ研究中であるとしたうえで、「イムノチェックポイント阻害薬と比べても、最も強力な抗腫瘍効果を示した」と述べ、その作用機序として「担癌時は、制御性T細胞に限らず、様々なCD4陽性の免疫抑制細胞が存在しており、これらを包括的に除去することが重要だと考えられる」との仮説を示しました。真下氏は、医療領域におけるCRISPR-CAS3の今後の可能性として、「リピート病(特定の塩基配列の繰り返しの異常伸長によって生じる疾患)」に対する治療応用を問われると、「現在はまだリピート病の研究には取り組めていない」と明かしたうえで、機会があれば、専門家ともご相談させていただきたいと回答しました。

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山田氏は、開発中の新型コロナウイルス感染症ワクチンについて「DNAワクチンで十分な抗体価が得られるだろうか?」という質問に「従来型のワクチンと比べると、抗体の発現効率は高くない」としたうえで、「これまでの経験則から、ペプチドとの組み合わせによるブースター効果に期待をしている」と述べ、その可能性も検討していると回答しました。投与方法については、現時点では筋注/静注で検討中だが、同時に針なし注射器による皮下投与も検討していることを明らかにしました。廣瀬氏は、脊髄性筋萎縮症治療用製品オナセムノゲンの髄腔内投与の可能性について、「現在検討中である」としたうえで、結果が良好であれば、現在の上限(2歳未満)よりも高い年齢、またはより大きい体格の患者にも使える可能性があるとの展望を示しました。Piero氏は、細胞・遺伝子領域での人材育成の重要性について「バイオインフォマティクス(情報科学の手法を生命現象の解明に応用する学問分野)の専門家の育成は、日本だけでなく、世界でも不可欠である」と指摘したうえで、大学に籍を置きながら活動できるように、学内に多くのポジションを用意することも大切であると訴えました。

LINK-Jとして初の大規模なオンラインシンポジウムでしたが、当日は600名を超える方にご視聴いただき、盛況に幕を閉じました。ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

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