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インタビュー・コラム

AI解析で救急医療現場における「見落とし」を回避する CT画像の自動解析技術の実用化を目指す株式会社fcuro

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株式会社fcuroは、救急患者の全身CT画像から、緊急治療の必要性を迅速に調べる「救急外傷全身CT重症度評価装置」の開発を目指して起業したスタートアップです。創業者であり、代表取締役でもある岡田直己氏は、いまも高度救命救急センターで救急医を勤めるかたわら、一分一秒を争う救急医療の現場を支える技術として、AI(人口知能)によるCT画像の読影支援技術の開発にも挑戦しています。昨年12月に開催されたディープテック起業家によるピッチイベント「BRAVE 2021 DEMO DAY」(運営:Beyond Next Ventures株式会社)では、見事に最優秀賞およびライフサイエンス賞(提供:LINK-J)を獲得しています。今回は、同社の岡田直己氏(代表取締役CEO)、井上周祐氏(取締役CTO)、本多峻氏(エンジニア)の3名に、起業までの経緯と動機、同社の技術的特徴、さらに将来の展望などを聞きました。

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岡田直己 氏(株式会社fcuro 代表取締役CEO)

一分一秒を争う救急医療では画像の見落としが致命的に

――株式会社fcuroの起業に至るまでの経緯をお聞かせください。

岡田:医学部を卒業した後、静岡県の病院で救急医をしていました。静岡県は人口が多く、面積も広い割に医師の数が少なく、特に救急医療は人手不足の状態でした。現場は常に忙しく、重症部位を特定する画像診断でも、判断ミスが起きかねないような状態が続いており、当時の私は「この状況を変えたい!」と常々考えていました。そんなある日、同窓生の集まりで、料理の写真から料理名を解析するAIソフトウェアをソニーが開発したという話を聞いて「これだ!」とひらめきました。料理のような複雑な情報を解析できるのなら、モノクロCT画像の解析なんてもっと簡単じゃないかと思ったのです。

そこで、病院勤務のかたわら、AIによる救急画像解析の研究を始めました。一般社団法人未踏が実施する、第1期AIフロンティアプログラムにも応募して、さらに中学・高校と同級生で、当時はまだ会社勤めだった井上に手伝ってもらいながら、2人だけでソフトウェアの開発を始めたのです。病院の有休日を使って、岐阜県の山奥にあるサテライトオフィスにこもりながら、作業に没頭しました。それで開発も進み、ある程度の結果が生まれたところで、実用化を目指して株式会社fcuroを起業しました。

――fcuro(フクロウ)とは変わった社名ですが、どのような由来があるのでしょうか?

岡田:ローマ神話の「ミネルヴァのフクロウ(女神ミネルヴァに仕えるフクロウで知恵の象徴)」に由来します。また、第1期AIフロンティアプログラムで、育成対象としてAIフロンティアプログラムパスファインダーという称号をいただいたので、フロンティアのFと、curo(ラテン語で"治療する"という意味であり、英語のcureの語源)を組み合わせて、fcuroという名前に決めたという理由もあります。

――井上さんも起業当初から参画されていますが、参画に至るまでの経緯をお聞かせください。

井上:大学卒業後は、ソニーに就職して、AIソリューションやクラウドシステム、AIコア技術などの研究開発を担当しました。そのため、以前からAIが様々な可能性を秘めていること、医療分野におけるAI開発の意義が大きいことも知っており、医療特有の文化やデータ処理にも興味がありました。ちょうどそんなときに、岡田に誘われてCT画像のAI解析技術の開発を手伝うことになりました。山奥のオフィスにこもって作業するのは楽しい経験でしたし、自分たちが作成したソフトウェアが、救急医療の現場に持ち込まれて、現場の医師にも好評だといった話を伝え聞くと、うれしく思いました。

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井上周祐 氏(株式会社fcuro 取締役CTO)

当初は副業許可をもらって、会社を辞めずに岡田と開発を続ける選択肢もありました。しかし、幼馴染とこんなに意義の強い事業を出来る機会は二度とないだろうと考え、本気で開発に取り組むべく、会社を退職した上で、株式会社fcuroの仕事に専念することにしました。

岡田:私はむしろ退職しないよう彼を説得したくらいです。中学時代からの友人であり、互いに家族も知る間柄です。「ソニーなんて大企業を辞めさせたら、俺がお前のお母さんに怒られるだろ!」と(笑)。 

――たしかに、それは大変な決断ですね。ところで、岡田さんと井上さんの2人は創業当初からかかわってこられたのに対して、本多さんは起業後に参画されたようですが、その理由をお聞かせください。

本多:もともとエンジニアだったのですが、身内のひとりが大きな病気になるという経験から、自分も医療の世界に貢献できる仕事をしたい!と思い立ったのが、いまの仕事を選んだ理由でした。井上とは以前から親しい間柄だったので、転職についても彼に相談したところ「ウチ(株式会社fcuro)も候補にいれてくれないかな?」と誘われたのがきっかけで、岡田とも会いました。そして、実際に会ってみて色々と話をして「この人となら一緒に頑張れる!」と考えて、この会社に決めました。

岡田:当社の社員は、アルバイトを除くと6人くらいですが、いずれも私の友人か、または友人の友人という関係です。特に井上と本多は優秀で技術力もあり、研修医が使っている救急の本を読み込んだりしていて現場のことを理解していて。この2人がいれば何でもできると信じています。

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本多峻 氏(株式会社fcuro エンジニア)

現役の救急医だからこそできる「臨床現場とのつながり」

――貴社の技術開発について教えてください。

岡田:最初に開発に挑戦したのは、スカウト画像と呼ばれる簡易CT画像から、緊急の対処を要する異常部位を発見するという技術でした。しかし、開発を続けるうちに、スカウト画像では画像の精度に限界があることもわかってきました。そこで、さらにこの技術を発展させて、現在は全身CT画像から異常部位を発見する「救急外傷全身CT重症度評価装置」を開発しています。さらに私たちの技術は、外傷以外の疾患の早期発見にも利用できることから、現在はCT画像で新型コロナ感染患者を正確かつ素早くトリアージする、診断AIモデルの開発にも挑戦しています。

――現在開発中の技術は、いつ頃の社会実装が期待できるのでしょうか?

岡田:「救急外傷全身CT重症度評価装置」については、プログラム医療機器として、数年内の薬事承認の取得を目指して、いま開発を進めています。AI画像解析の市場規模は、2028年には約9千億円規模に達すると予測されているので、その頃には、当社としても売上高100億円を達成したいと考えています。他にも、まだ外部には公表していないプロジェクトもあって、そちらも進行しています。

――AIを用いた医療画像の解析支援ソフトウェアは、多くの会社が参入しています。既存のソフトウェアに対する、貴社の技術面での特徴と差別化についてお聞かせください。

岡田:いま利用されている画像診断支援ソフトウェアの多くは、特定の部位画像から特定の疾患の兆候を調べるものです。これに対して、私たちの技術は疾患ごとではなく、全身CT画像から異常部位を発見します。そのため、既存の製品とは衝突しないと考えています。さらに、私自身が現役の救急救命医として働いていることも、当社の特徴です。よくVCなどの投資家からは「もう医師の仕事は辞めて、経営に専念してはどうか?」といった提案をされるのですが、私としては自分の医療チームで使うことで技術を練り上げていきたいし、私が臨床現場の最前線にいることで、開発にも幅を与えていると考えています。さらに、これまで勤務した病院ともつながることで、その人脈でいまも開発に必要なデータを収集しています。

井上:岡田が現役の医師だからこそ、実際の救急医療の現場に足しげく通い、医師から本音で感想を聞くことができています。これはソニーにいた頃にはできなかったことです。岡田から薦められた研修医向けの救急医療マニュアルや画像診断マニュアルを読みながら、現場で実際の診療を見せていただくにつれ、だんだん医師との議論にもついていけるようになってきました。その経験を通じて、現場のニーズにマッチしたプロダクトを開発できるようになりました。

――技術開発という側面で考えると、より多くのデータが必要になると思うのですが、岡田さんの個人的なつながりだけでデータを収集するのは、かなり大変な作業ではありませんか?

岡田:現在、私たちの技術開発に必要なデータを有する病院は、実は全国でもそれほど多くはありません(編集注:高度救急救命センターは全国に47施設)。したがって、成功事例さえ確立すれば、あとはその応用になると考えています。大切なことは、最初の1例目をきちんと成功させること。それは自分たちの力でやり遂げるしかありません。

井上:本来のAI技術開発は、データを大量に収集して、解析精度を高めるのが定石です。しかし、こと医療分野に限れば、データの収集には多くの制約があって、簡単ではありません。その点、岡田は医師同士のつながりを通じてデータを収集するルートを確保しているので、通常よりずっと速く、多くのデータの収集が可能です。教師データについても、彼の知り合いの医師が丁寧に対応してくれるので、品質も非常に高い。データの収集に関しては、量・質とも大企業にも負けないという自負があります。

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将来的には病院全体の機能にもアプローチしていきたい

――「BRAVE 2021」で最優秀賞を受賞されました。受賞後に変化したことやVCからの資金調達の状況なども教えてください。

岡田:BRAVEではプレゼンのデザイン面などでも本多に手伝ってもらい、よい経験になりました。私たちは、今の所VCなどの投資家からの資金調達を行っていない状況ですが、今日までの研究開発は、全て公的な研究助成制度から得た研究費で賄っています。創業者である私がいまも救急医として現場に立つという姿勢から、在宅ワークを中心とした当社の研究開発体制に至るまで、全て自分たちで考え、最適解だと思える道を選択してきました。外部から資金を調達するときには、私たちの仕事に対する姿勢や医療現場の現状について理解を示して下さるようなVCの方々とお話ができたらありがたいです。もっとも、現在は資本力の強化というよりも、まずは貴重な人材の確保を重視していきたいと考えています。

――資金面では、事業計画の立案なども、けっこう大変な作業ですね。リクルート面ではどのような人材を募集されていますか。

岡田:すごく大変です。実は友人に公認会計士がいて、いつも彼に怒られながら資金調達の計画を書いています。しかし同時にそれが勉強にもなっています。やはり会社の財務や経営に関わるポジションは、現場と近い方が良いと思うのです。もちろん、私が最高財務責任者になるのは無理ですが、財務についても少しは理解しておくことで、現場と財務をつなぐクッション的な役割を担いたいと思っています。

いま当社では、開発経験のあるエンジニアの方々の募集はもちろん、ヘルスケアビジネスのインターンシップに興味のある方、次世代の医療現場に関心のある方、本事業の研究に協力していただける医師の皆様など、幅広い人材を求めています。興味のある方がいれば、是非ご一報いただければと思います。

――では最後に今後の展望についてもお聞かせください。

岡田:私たちとしては、ソフトウェアの実力や医療で本当に使えるものを提供することを念頭に成功を目指したいと考えています。そのためには、自分たちのAI技術が、外傷救急医療の現場で実際に救命率の改善に寄与するというアウトカムを達成する必要があります。そこで1年目は、自分の医療チームだけで良いので、実際に救急医療の現場で1年間使い続けながら、アウトカム達成を目指します。それが成功したら、2年目は類似の施設・チームで、3年目はさらに当社の技術に関心のある施設で、それぞれ1年間をかけて同様の検証を行う予定です。

さらに今後は、AI開発に留まらず、医療システム全体の構築にも挑戦したいと考えています。実際、医師の仕事をしていて、現状の院内システムにも改善できる点はまだあると感じており、そうした部分を最適化していくことで、院内のワークフロー全体を改善できないか?といったことを常々考えています。将来的には、そのような病院全体の機能の構築にも挑戦していきたいと考えています。

株式会社fcuroでは、開発経験のあるエンジニアの方、インターンシップに興味のある方、研究に協力いただける医師の皆様を募集しております。もし興味があれば、ぜひ当社ホームページからご一報ください。皆様からのご連絡を、お待ちしております。

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okada.png岡田直己 氏  株式会社fcuro 代表取締役CEO

慶應義塾大学医学部卒業後、大阪急性期・総合医療センター高度救命救急センターで働く現役の救命医。日本救急医学会AI研究活性化特別委員会委員。第1期未踏AIフロンティアプログラム・パスファインダー。2020年度未踏アドバンスト事業イノベータ。救命現場に研究開発技術を実装するためfcuroを設立。

inoue.png井上周祐 氏 株式会社fcuro 取締役CTO

京都大学情報学科卒業、同大学情報学研究科修士。ソニーでAIソリューションやクラウドシステムの開発、AIコア技術の研究開発職として5年間勤務。事業立ち上げ・他社との共同研究・出展等を経験。2020年度未踏アドバンスト事業イノベータ。fcuro設立をきっかけにソニーを退社してCTOに就任。

honda.png本多峻 氏  株式会社fcuro エンジニア

横浜国立大学理工学部卒業、同大学大学院工学府物理情報工学専攻修士。ソニーでAI・クラウドシステムやアプリケーションの開発、コア技術の研究開発職として5年間勤務。大小様々な事業の立ち上げ、他社との共同研究を経験。2021年株式会社fcuroに入社。

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