Menu

インタビュー・コラム

第5回 無線給電技術で心不全患者の睡眠時無呼吸を改善 東京大学推薦「株式会社HICKY」

  • twitter
  • Facebook
  • LINE

医療機器、デジタルヘルス、ヘルスケアサービスなどの領域でビジネス化に挑戦する研究者とその事業化チームを応援する「LINK-Jアカデミア発メドテックピッチコンテスト」。アカデミア会員の推薦を受けて出場した各チームは、スキルアップセミナーとメンタリングを経て、2回(1次ピッチ審査およびDemo Day)のピッチに挑戦します。優勝チームには賞金百万円が授与されるほか、ベンチャーキャピタルまたはアクセラレーターと面会できる権利など、様々な特典も提供されます。本シリーズ(全6回)では、Demo Dayに出場した6チームの代表に、参加の動機、開発中のプロダクト、今後の展望などを聞きました。 ※ピッチコンテスト全体についてお知りになりたい方はこちら

シリーズ:アカデミア発メドテックピッチコンテスト Demo Day出場チームに話を聞く

   ・名古屋大学推薦「株式会社UBeing」
   ・聖マリアンナ医科大学推薦「聖マリアンナ医科大学」
   ・国立がん研究センター推薦「DELISPECT」
   ・神奈川県立保健福祉大学推薦「株式会社Redge」★審査員賞
   国立国際医療研究センター推薦「コウソミル株式会社」★準優勝
   ・東京大学推薦「株式会社HICKY」★優勝

第5回は、血管ステントと無線給電技術で、心不全患者の中枢性睡眠時無呼吸症候群を治療する医療機器の開発を目指す「株式会社HICKY」を紹介します。同チームは、医療現場のニーズを出発点に医療機器のデザインを探索する医療機器開発プログラム「東京大学バイオデザイン」から誕生しました。そのレベルの高さが評価され、最終ピッチ審査(Demo Day)で見事優勝を収めました。今回は、代表取締役を務める林健太郎さんをはじめ、共同創業者の3人(近藤佑亮さん、稲垣大輔さん、家城博隆さん)に話を聞きました。

hicky_008.jpg

林健太郎 氏(株式会社HICKY CEO, Founder, MD)

東京大学の医工連携プログラムを通じてチームを結成

――まずは「株式会社HICKY」について教えてください。

林 株式会社HICKYは、医療ニーズを出発点に革新的な医療機器の開発に挑戦するプログラム「東京大学バイオデザイン(以下、バイオデザイン)」から誕生したスタートアップです。小児外科医であるわたしと、循環器内科 医の家城博隆、臨床工学技士の稲垣大輔、エンジニアの近藤佑亮の4人で創業しました。この4人はバイオデザインで同じチームになったのをきっかけに、全員が共同創業者となって、事業化を目指しています。 年齢差もあるのですが、非常に良い雰囲気で仕事ができています。

――たまたま知り合った4人が意気投合してここまで来たのは、素晴らしいことですね。

 バイオデザインの関係者に聞いても「これほど仲の良い事業化チームは滅多にない」そうです(笑)。わたしが他の3人を牽引しているのではなく、この4人はそれぞれ異なるバックグラウンドを持つ共同創業者として常に対等の関係にあります。そして4人全員が強い熱意をもってこの事業に挑戦しており、その点ではどこにも負けない自信があります。初挑戦のピッチで優勝できたのも、その熱意が評価されたのかもしれませんね。

hicky.png 1_2023-03-01-171356.png

シーズではなくニーズから医療上の課題解決を目指す

――バイオデザインとは、どのようなプログラムですか?

 シーズ(技術)をもとに医療ニーズを探索する従来の事業開発とは異なり、デザイン思考をベースに医療ニーズの探索から開始し、デバイスのコンセプトや技術を探していくという方法で開発を進めます。 重要性が高いと思われる医療上の課題をチーム全員であぶり出し、数百のアイデアを挙げ、何度も絞り込むことで、心不全患者の睡眠時無呼吸症候群の低侵襲治療1つの課題を見出しました。この課題に対する解決策について、さらにチーム全員でアイデアを出し合って、最終的に血管ステントと無線給電技術の組み合わせによる治療方法にたどり着きました。

――バイオデザインに参加した動機は何だったのでしょうか

 外科医で手術ができる人が多くいる中で、自分にプラスアルファの強みが欲しいと思い、医工連携の取り組みを始めました。実際に始めてみると、「医工連携」での取り組みを市販化や社会実装など最終的に世に届けるということがとても難しいということを実感しました。そこで、いろいろと探していく中でバイオデザインを薦めてくれる人がいたので、参加しようと決意しました。

近藤 私は、プログラム医療機器を開発している別のベンチャーで、AIを用いた医療画像の処理に取り組んでいます。 医療機器プログラムの開発の過程で、 薬事戦略など、医療機器特有の考え方や法規制が非常に重要であり、これを学ばないと良い製品は作れないと気づきました。バイオデザインには「スタンフォードに行ける!」と聞いて(コロナ禍で実際には行けなかったのですが)その言葉につられて参加しました(会場笑)。自分の専門である情報学や電子分野を活用できる面もあり、とても楽しくのめり込みました。

稲垣 臨床工学技士として働く一方で、機器の開発を臨床現場から支援してきました。それと同時に、日本発の医療機器が実際に社会実装まで至る例がほとんどないという現状を目の当たりにして、常々「なんとかできないものか」と疑問でした。そこで、自分でも医療機器の開発に挑戦してみようと考えたのが、参加を決めた動機です。

家城 循環器内科医として 主に心臓病患者の診療を10年近く続けてきました。が医師になった頃 にちょうど大動脈弁狭窄症という従来は開胸手術が必要であった心臓病をカテーテルを用いた低侵襲な治療法や、植込み型人工心臓による治療など が登場し、心臓病の診療の大きな変革を目の当たりにしました。この経験から「医療機器が診療を変えることができる」と実感し、開発の世界に興味を持ち始めたのが、プログラムに参加したきっかけです。

1_hicky_016.jpg

近藤佑亮 氏(株式会社HICKY Co-Founder, Director)

血管ステントと無線給電で就寝中の呼吸不全を改善

――心不全によって生じる睡眠時無呼吸症候群の概要について、教えてください。

 睡眠時無呼吸症候群にも大きく分けて閉塞性と中枢性の二種類あり、我々が現在主に取り組んでいるのは中枢性睡眠時無呼吸症候群の治療になります。 中枢性睡眠時無呼吸症候群では、本来ならば睡眠中も厳密に管理される呼吸が、心不全の影響で調整が不安定になり、時には数十秒間も自発呼吸が停止する 状態になります 。この状態に陥ると、血液中の酸素濃度が低下して交感神経が活性化されて、さらに心不全が悪化するという悪循環を生じてしまいます。その悪循環に介入するのが、わたし達の挑戦です。

――具体的にはどのような治療技術を用いるのでしょうか?

 現在、わたし達は「心不全に伴う中枢性睡眠時無呼吸症候群」を治療する、血管内留置型ステント型電極の開発に挑戦しています。電源ごと体内に留置して神経を刺激する従来の電気刺激技術とは異なり、血管の内部にステントを留置して、無線給電技術で体外から電力を供給します。 従来の電気刺激装置と比べて、ジェネレーターの植え込みがない分、術時の侵襲性が低いという特徴があります。

1_hicky_034.jpg

稲垣大輔 氏(株式会社HICKY Co-Founder, Director, MPH)

この半年間のヒアリングを通じて「視界がクリアになった」

――現在はどこまで開発が進んでいますか?

近藤 現在はまだ 要求仕様決定前の基礎研究の段階です。具体的には、プロダクトを構成する要素技術(たとえば無線給電技術、血管ステントの形状、ステントのデリバリー など)について、個別に研究開発を進めています。 来年度は、これらの技術を統合して試作品を開発して、要求仕様に落とし込む 予定です。 今後は製品開発ステージに突入し、量産仕様の設計・開発 経験のあるエンジニア」の確保が重要になります 事業にかけるわたし達の熱い思いを発信することで、必ず仲間は見つかると信じています。

 最初の半年間は、何をすればよいかもわからない状況でしたが、最近ようやく製品化までの道筋が見えてきました。当初は、とにかく様々な専門家にヒアリングをして、これからなすべき仕事を整理してきました。予定では、プロダクトの最終仕様決定まであと2年ありますが、視界は良好です。さらに、これまでは主に研究助成金で運営をしてきましたが、来年からはいよいよ資金調達も開始する予定です。

2_hicky_004.jpg

ピッチ登壇は初挑戦「資料は4人全員で作成した」

――今回の「アカデミア発メドテックピッチコンテスト」参加の経緯についてお聞かせください。

 ピッチコンテストの参加は、今回が初めての経験でした。オフィスを借りる際に大学の推薦が必要になり、この依頼を機に、東京大学産学共創推進本部から「アカデミア発メドテックピッチコンテスト」をご紹介頂いたのが、きっかけでした。わたし自身は初挑戦ですが、たとえば稲垣さんなどはピッチ経験も豊富なので、皆から助言をもらい、4人全員で発表用資料を作成しました。

――ピッチに参加したことで、何か新しい変化などはありましたか?

 1年前に創業したばかりの私たちの挑戦が、どのように評価されるのか、参加する前は全く想像できませんでした。しかし、1次ピッチ審査、Demo Dayともに高い評価を受けて、大きな自信につながりました。特に質疑応答およびイベント終了後のネットワーキングタイムでは、審査員から「なるほど!」と思える鋭いご指摘を頂き、これは後日、他のピッチコンテストに参加する際にも、参考になりました。Demo Dayに挑戦した他のチームとも関係ができて、現在も連絡を取り合っています。

0N7A5727.jpg

「クラス4医療機器に挑戦する気概が評価された」

――今回のピッチでは見事に優勝を獲得しました。このチームの強みは何だとお考えですか?

稲垣 仲間の確保という点では、最初から4人もコアメンバーとして揃っているチームはほとんどないため、 非常に恵まれていると感じています。私もスタートアップをやっていることもあり、 知人や友人にも事業化に挑戦する多くいますが、スタートアップが最も苦労する中の一つに 「仲間の確保」があります。 その点、わたし達はバイオデザインプログラムを通じて知り合い、全員で医療上の課題を探索しながら、全員で起業するにまで至りました お互いの専門性は異なりますが、お互いにリスペクトできる存在でいれること 、HICKY の強みだと思います。

家城 クラス4(高度管理医療機器)という、非常に難しい医療機器の開発に挑戦している点も、高く評価された理由かもしれませんね。血管内にステント型電極を留置するという、非常に難易度の高い医療機器の開発だけに、その開発の道のりが容易ではないことは、ピッチの審査員も私達と同じく事業化に挑戦している他のチームの人たちも よく理解しています。そこに夢を感じたのかもしれません。

2_2023-03-01-171443.png

家城博隆 氏(株式会社HICKY Co-Founder, Researcher, MD)

「医療機器はエンジニアにとってもやり甲斐のある仕事」

――最後に今後の展望についてお聞かせください。

近藤 エンジニアの世界では、医療機器の開発は「責任が重くて大変そう」「法規制で開発の自由度が低そう」と思われて、敬遠されがちかもしれません。そこで、まずわたし達が成功を収めることで、そのロールモデルとなって、最終的にはより多くのエンジニアたちに「医療機器の開発を通じて人の命を救うという仕事は、ウェブ広告の最適化よりもやり甲斐がありそうだ」と思ってもらえる世界を目指したいですね。

 「まずはできる限り早く、このデバイスを完成させること」この一言に尽きます。それ以外は、現時点ではあまり考えていません。まずはゴールの達成が最優先。「東京大学バイオデザイン」でチームを結成した時も「必ずExitを達成するまでやり遂げよう!」と皆で決めました。本当にいいチームなので、その実現には自信があります。とはいえ、クラス4医療機器の開発は大変です。わたし達の挑戦を面白いと感じて、一緒に挑戦しようと思うエンジニアや薬事の専門家などがいらっしゃったら、ぜひ声をかけて頂きたいと思います。

hayashi.png林健太郎(株式会社HICKY CEO, Founder, MD)

2011年東京大学医学部医学科卒業。亀田総合病院で消化器外科医として勤務後、2017年より小児外科医として東京大学、埼玉県立小児医療センターにて勤務。現在は東京大学大学院医学系研究科博士課程に在籍しながら、東京大学医学部附属病院小児外科でも勤務している。2022年にジャパンバイオデザインフェローシップ修了し、2022年東京大学バイオデザイン発スタートアップ株式会社HICKY代表取締役就任。東京大学バイオデザインの運営にも参加している。

kondo.png近藤佑亮(株式会社HICKY Co-Founder, Director)

東京大学大学院 情報理工系研究科 修士卒、同研究科博士課程に在籍。Computer Vision, Multimedia, Machine Learning を研究。DeepEyeVision株式会社にて取締役CTOを務める。総務省異能β、IPA未踏アドバンストに採択。

inagaki.png稲垣大輔(株式会社HICKY Co-Founder, Director, MPH)

医療機器のスペシャリストである臨床工学技士として、民間・大学病院で勤務。神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科にて、公衆衛生学修士課程修了。医療現場の課題を解決するために、「始動NextInnovator2020」や「東大EDGE-NEXT」などのアントレプレナープログラムに参加。別の事業アイデアでは、ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト(JHeC)2022でアイデア部門グランプリ受賞。

ieki_p_2.png家城博隆(株式会社HICKY Co-Founder, Researcher, MD)

医師、日本循環器学会専門医。東京大学医学部医学科を卒業後、榊原記念病院などで心臓病のカテーテル治療、画像検査、集中治療に従事してきた。東京大学大学院医学系研究科では心臓病のゲノム研究に従事。2021-22年ジャパンバイオデザインフェローシップ修了。

第4回を読む
「せん妄リスク」の発症予測と標準化を目指す 国立がん研究センター推薦「DELISPECT」

第3回を読む
酵素の活性を見て早期のがんを発見する 国立国際医療研究センター推薦「コウソミル株式会社」

pagetop