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インタビュー・コラム

第4回「せん妄リスク」の発症予測と標準化を目指す 国立がん研究センター推薦「DELISPECT」

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医療機器、デジタルヘルス、ヘルスケアサービスなどの領域でビジネス化に挑戦する研究者とその事業化チームを応援する「LINK-Jアカデミア発メドテックピッチコンテスト」。アカデミア会員の推薦を受けて出場した各チームは、スキルアップセミナーとメンタリングを経て、2回(1次ピッチ審査およびDemo Day)のピッチに挑戦します。優勝チームには賞金百万円が授与されるほか、ベンチャーキャピタルまたはアクセラレーターと面会できる権利など、様々な特典も提供されます。本シリーズ(全6回)では、Demo Dayに出場した6チームの代表に、参加の動機、開発中のプロダクト、今後の展望などを聞きました。 ※ピッチコンテスト全体についてお知りになりたい方はこちら

シリーズ:アカデミア発メドテックピッチコンテスト Demo Day出場チームに話を聞く

   ・名古屋大学推薦「株式会社UBeing」
   ・聖マリアンナ医科大学推薦「聖マリアンナ医科大学」
   ・国立がん研究センター推薦「DELISPECT」
   ・神奈川県立保健福祉大学推薦「株式会社Redge」★審査員賞
   国立国際医療研究センター推薦「コウソミル株式会社」★準優勝
   ・東京大学推薦「株式会社HICKY」★優勝

第4回は、入院患者の基礎情報や検査データ等を用いてせん妄リスクを事前に予測し、現場で対応にあたる看護師に適切な予防策を提案する、プログラム医療機器の開発と事業化に挑戦する「DELISPECT」を紹介します。国立がん研究センター東病院・精神腫瘍科長で、長年にわたって入院患者のせん妄対策を研究してきた小川朝生先生を中心に、6名のスタッフで事業化に挑戦しています。今回は、事業化チームの結成に大きな役割を果たし、現在も小川先生と共にチームの中核を担う金田賢さんに話を聞きました。

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金田賢氏(DELISPECT 代表)

小川先生の講演を聞き「ぜひ事業化すべきだ」と直感

――まずは自己紹介からお願い致します。

金田 「DELISPECT」の金田賢です。せん妄研究に詳しい小川朝生先生と共に、一般病棟における入院患者のせん妄対策を支援する、プログラム医療機器の開発と事業化に挑戦しています。わたし自身は、主に事業開発を担当しており、今回の「アカデミア発メドテックピッチコンテスト」にも、小川先生の代理として、わたしが登壇させて頂きました。まだ起業前ですが、今春の会社設立を予定しています。ちなみに、チームの名称(DELISPECT)は、せん妄(DELIRIUM)と予測(PROSPECT)に由来します。

――小川先生と一緒に事業化に挑戦することになったきっかけは何でしょうか?

金田 わたしと小川先生は、起業家と研究者を結ぶマッチングイベントで知り合いました。もともとわたしは、以前からスタートアップに興味があって、いつかは起業家として医療現場の問題解決に貢献したいと考えていました。そんなある日、イベントで小川先生の講演を拝聴する機会を得て、これはぜひ事業化すべきだと直感しました。そこで「貴方の事業化を支援させてほしい」と願い出たのが、始まりです。

入院中に突然発症して看護師を困らせる「せん妄」

――あまり聞き慣れないのですが、「せん妄」とはどのような症状なのでしょうか?

金田 せん妄とは、身体疾患で入院中の患者さんが、体調の変化や薬剤の影響を受けて、一時的に認知機能や注意力などが低下した状態になる意識障害のことです。具体的には、つじつまの合わないことを言う、周囲の状況がつかめなくなり興奮する、夜間に徘徊・転倒するなどの行動がみられます。一般にはあまり知られていない症状ですが、実は医療現場ではありふれた病態です。入院患者のうち、2割から3割がせん妄を合併するとの報告もあります。

――そんなに多いのですか!せん妄を引き起こす要因はわかっているのでしょうか?

金田 せん妄の発症と最も強く関連する要因は、加齢です。特に高齢者にせん妄が生じやすいことは、よく知られています。以前、ある地方の病院に話を聞いたところ「体感でいえば、約半数の患者にせん妄が起きている」といわれました。その病院は、入院患者の大半が高齢者でした。その他にも、疼痛、睡眠不足、脱水、感染(発熱)もせん妄に影響します。薬の副作用としてのせん妄も知られており、中でも睡眠薬、抗不安薬、鎮痛薬、ステロイド薬などの影響が指摘されています。

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アルゴリズムでせん妄リスクの高い患者を自動識別

――ありふれた症状ということですが、予防は行われていないのでしょうか?

金田 多くの病院では、適切なせん妄予防が実施されていません。看護師の教育カリキュラムでも、せん妄対策を学ぶ時間はなく、多くの看護師は臨床現場で初めてせん妄を経験します。さらに、不適切な身体拘束や、鎮静薬による過剰な鎮静も問題です。現在のせん妄への対応の主流は症状が起きてから対処することが多く、医療者は誰もが知る症状でありながら、正しい予防策が行われていないのが、現状なのです。

――金田さんたちが開発中の「せん妄対応支援プログラム」について教えてください。

金田 カルテ情報などをもとに、全ての入院患者のせん妄リスクを自動判定して、リスクの高い患者を検出した上で、予防のための適切なケアを看護師に提唱するプログラム医療機器を想定しています。せん妄自体は、適切な介入で予防可能であり、鎮静薬を使う必要もないのです。問題は、全ての患者に実行する人的余裕がないこと。そこでAIと機械学習を用いて、予防が必要な患者を事前に絞り込むのです。

課題は「せん妄予防の重要性をもっと知ってもらうこと」

――具体的にはどのようなイメージになるのでしょうか?

金田 小川先生の研究成果もあって、せん妄に対する医学的に正しい予防策は、既に判明しています。したがって、せん妄リスクの高い患者をリストアップした後に、より具体的な予防策をPCの画面上に提案する予定です。服用中の治療薬に、せん妄を助長する薬剤が含まれる場合には、薬剤の整理も提案します。対策といっても鎮静剤の使用などは推奨せず、あくまで「引き算の対策」に徹する方針です。

――現時点において何か課題はありますか?

金田 わたし達の挑戦の意義を理解してもらうには、せん妄が看護現場の多大な負担であること、医学的に正しいせん妄の予防策が必要であることを、関係者に理解してもらう必要があります。「せん妄は誰だって発症するから、特別な対応は必要ない」と思われがちですが、それは間違いです。特に安易な身体拘束や鎮痛剤の使用は、逆にせん妄を助長させるということを、広く知っていただく必要があると考えています。

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コンテスト参加の動機は「審査員の反応を知りたかった」

――「アカデミア発メドテックピッチコンテスト」参加の経緯を教えてください。

金田 国立がん研究センター東病院NEXT医療機器開発センターの担当者の方から、メドテックピッチコンテストをご紹介頂きました。アカデミア発のシーズ限定で、しかもメドテック領域に特化したコンテストという点に興味を惹かれました。事業化に関する活動は、全てわたしが担当しており、小川先生からも一任されているので、わたしの判断で参加を決めました。わたし達の挑戦に対する、審査員の率直な意見を聞いてみたかったのが、参加の理由でした。

――実際にコンテストに参加してみて、どのような感想を持たれましたか?

金田 大変貴重な経験でした。たとえばメンタリングでは、講師自身の起業経験をもとに、今後はわたし達も経験するであろう、事業化における様々なハードルを具体的に教えて頂きました。ピッチ終了後のネットワーキングタイムでは、審査員を務めたアントレプレナーやVC関係者と交流できたことも有益でした。質疑応答では聞けない、率直な本音も聞けました。他の出場チームとの交流も活発で、たとえばデジタルヘルス領域の共通の課題から、プレゼン時のテクニックまで、多くの情報を共有できました。

審査員曰く「承認前から先行販売する方法もある」

――イベント全体を通じて、何か新しい発見などは獲得できましたか?

金田 2点あります。1点目は、審査員から「医療機器の対象範囲外で、まずはプロダクトとして先行発売を始めてみて、さらに新たなデータを収集し、可能であれば収益を確保する道を模索してはどうか?」との指摘を頂きました。「ユーザーが使用できる段階になったら早く使ってもらった方が良い」という指摘は、新しい気づきでした。

――まずは少数でも実際に医療機関に使って頂ければ、リアルな結果が得られますね。

金田 もう1点目は、やはり審査員から「販売を開始する前に、適正な料金設定の検証などをした方が良い」と指摘されたことです。医薬品や医療機器の場合は、販売認可を取得すれば、ある程度の数は売れます。しかしプログラム医療機器の場合、認可されたからすぐに売れるものではありません。医療機関に実際にプログラムを使って頂いた上で、適切な料金設定を探るという作業も、今後の課題だといえます。

属人的かつ経験則的な「看護の技術」を標準化する

――今後の展望についてお聞かせください。

金田 より長期的な展望としては、せん妄という特定の疾患に限定せず、経験値の高い優れた看護師の技量を、標準化したいと考えています。すなわち、看護師の仕事の大半は、属人的かつ経験則的であり、実施したケアと結果としてのアウトカムとの因果関係を、客観的な視点で検証した研究は、これまでほとんどありません。そこでわたし達は「AIが提案する予防ケアを実践したことで、入院患者のせん妄発症率はどう変化するか?」を調査することで、ケアと結果との因果関係の検証も可能だと考えています。

――看護のノウハウを、誰もが利用可能な技術とするわけですね。

金田 「看護の標準化」のようなもので、これが実現できれば、いずれは介護施設や在宅医療の現場におけるせん妄予防にも応用可能になるでしょう。せん妄は、あらゆる場所で起きているはずですから。もっとも、特に在宅医療のデータは限られているので、データの収集体制と、少数のデータでも結果を出せるアルゴリズムの開発が、新たな課題となります。将来的にはせん妄だけでなく、たとえば高齢者の認知症ケアなどにも利用できるプログラム医療機器を作りたいですね。

kaneta.png金田賢 氏  (DELESPECT 代表 / 国立研究開発法人国立がん研究センター東病院NEXT医療機器開発センター 特任研究員)

NTTデータ経営研究所にて、製薬企業等の民間企業に対する事業化支援や、医療・ヘルスケア分野の政府調査研究をコンサルタントとして担当。主に、医療・ヘルスケア分野の新規事業開発支援、産学連携支援、先端技術活用の実証支援のプロジェクトを担当。2021年より、国立がん研究センター東病院の外来研究員を兼業し、精神腫瘍科長の小川とともにせん妄対応支援プログラムの開発と事業化を進めている。

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