株式会社ミーバイオは、東京大学の佐藤守俊教授が発明した「光スイッチタンパク質技術」の実用化および、「光スイッチ技術を用いた新産業の創出」を目指して誕生した大学発スタートアップです。現在は、大学研究機関や製薬企業向けにリサーチツール(試薬および光スイッチ・コンディショナルノックアウトマウス)を提供しており、すでに国内外の大学研究機関などに幅広く採用されています。さらに同技術は、バイオものづくり産業への応用可能性が期待できることから、国内のピッチイベントで高い評価を受けてきました。今回は、ミーバイオの創立者であり、現在は同社の最高科学責任者(CSO)を務める佐藤先生と、代表取締役(CEO)を務める早水建祥さんに、同社の技術の特徴と今後のビジネス展開、LINK-Jとの出会いなどについてお聞きしました。
左:早水建祥氏(株式会社ミーバイオ創業者、代表取締役)
右:佐藤守俊氏(東京大学大学院総合文化研究科 教授、KISTEC 光スイッチ医療創出プロジェクト プロジェクトリーダー/株式会社ミーバイオ創業者、最高科学責任者)
光照射でタンパク質の活性を切り替える「光スイッチ技術」
――まずは貴社の事業について教えてください。
早水 株式会社ミーバイオは、佐藤守俊先生が開発した「光スイッチタンパク質技術(以下、光スイッチ技術)」の実用化および、「光スイッチ技術を用いた新産業の創出」をミッションとして、2019年に設立したバイオテック企業です。この「光スイッチ技術」は、東京大学およびKISTEC(神奈川県立産業技術総合研究所)の研究室から誕生した画期的技術であり、現在も東京大学および「かながわサイエンスパーク(神奈川県川崎市)」で、佐藤先生をはじめ複数の研究スタッフが、日々研究開発に邁進しています。基本的には、佐藤先生の研究室が基盤となる技術開発を担当し、その成果を基に事業を推進するのが、株式会社ミーバイオとなります。
――貴社の基盤技術である「光スイッチ技術」とは、どのような技術なのでしょうか?
佐藤 アカパンカビが有する光受容体にプロテインエンジニアリングを施し、光を当てるとくっついて二量体を形成、光を切ると離れて単量体へ戻るという、まるで磁石のように、くっつく、離れる、を繰り返すことができるタンパク質を開発しました。これが「光スイッチタンパク質」で、その特徴から「Magnet System(マグネットシステム)」と命名しました。このタンパク質を用いて生命現象を光で操作する技術が「光スイッチ技術」です。たとえば、ある酵素(タンパク質)を一旦2つに分割した上で、遺伝子工学的手法を用いて、分割した各タンパク質にマグネットシステムを連結します。光のない暗所では、酵素が2つに離れた状態なので活性を持ちませんが、光を照射すると、マグネットシステムが働いて、2つのタンパク質が結合し、再び酵素活性を発現します。光照射を止めれば、また分割した状態に戻り、活性が停止します。この手法は非常に汎用的なので、様々な酵素活性のON⇔OFFの光スイッチ制御に成功しています。
――この技術を用いることで、どのようなことが可能になるのでしょうか?
佐藤 光スイッチ技術を用いれば、特定の組織や細胞において、特定の時間に、遺伝子の編集をしたり、タンパク質を発現させることが可能になります。応用例として、iPS細胞の分化のコントロールや、遺伝子編集を任意の場所(細胞)とタイミングで行うことなどが考えられます。バイオ医薬品の様々なモダリティに応用することで、光で操作可能な医薬品を作ることが可能になると考えています。
さらに、わたしたちが注目する分野として「微生物を用いたバイオものづくり」に対する研究も進めています。現在のバイオ由来素材の生産は、微生物を大量培養する段階と、大量培養した微生物に目的物質(石油化学製品の原料など)を産生させる段階に分かれます。このプロセスの切り替え(スイッチング)は、従来は化合物を添加して行うのですが、産業用途として用いるにはその化合物が高価であるという課題がありました。これに対して、わたしたちの光スイッチ技術は、光を用いたわずかな電気代だけでスイッチングが可能です。さらに、石油化学製品の原料として有用な芳香族化合物のように、微生物に有毒な物質を作りたい場合に、培養段階の時点で産生物が混じってしまうと、微生物は増殖できません。その点、私たちの技術を用いれば、微生物の培養・増殖と目的の産生段階のプロセスを明確に分けることが可能なので、効率的に培養できると考えています。
「光スイッチバイオ生産システム」を確立し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献
――佐藤先生の開発した「光スイッチ技術」を用いて、どのような事業展開をされていますか?
早水 ミーバイオでは、研究用リサーチツールの提供と、バイオものづくりについて事業を推進しています。前者については、2022年より大学研究機関や製薬企業様を対象に、光スイッチによる遺伝子組み換え技術を搭載したモデルマウスの分与を開始しました(プレスリリース:セツロテックと光誘導型Cre技術を活用したPA-Creマウスの共同開発・分与)。当社が提供するマウスを用いれば、たとえば左右一対の臓器や器官のうち、片側だけに光を照射して、その場所でのみ遺伝子改変を引き起こすことができます。さらに2023年からは、試薬の販売もスタートしています(プレスリリース:関東化学と光スイッチタンパク質を活用した試薬販売)。
たとえば、免疫不全マウスに、光スイッチ技術を利用して目的遺伝子をノックアウト出来るようにしたがん細胞を左右対称に皮下移植します。その後、大きくなったがん細胞の片方にのみ光照射を行い、目的遺伝子をノックアウトすれば、抗癌治療薬をひとつの個体(同一バックグランド)の両方のがん細胞で比較評価することが可能になります。
このように当社が提供するマウスや試薬を使えば、超時空間特異的な遺伝子制御を用いた検証が可能です。すでに多くの大学研究機関や、最近では製薬企業様の基礎研究などにも採用が見込まれているので、今後の論文発表やライフサイエンス分野での研究の発展に期待しています。
――もうひとつの事業化路線である「バイオものづくり」についてもお聞かせ下さい。
早水 バイオものづくりとは、微生物や植物・動物細胞など生物由来のバイオ素材を用いてものづくりを行うこと、さらには微生物などの生物の能力を活用して有用化合物などを作り出すことをいい、今後特にカーボンニュートラルの文脈で発展が期待されている産業です。中でもミーバイオでは、現在は化石燃料などを用いて生産される素材・樹脂などを、生物由来の代替素材に置き換えようというバイオものづくりに対してフォーカスしています。自動車や携帯電話、家電製品の普及が世界でさらに広がっていくことに伴い、石油化学品の市場規模は現在も拡大の一途にあります。その一部をバイオ素材、つまりバイオものづくりに代替するだけでも、かなり巨大な市場が誕生します。その一方で、佐藤先生からも説明があったように、大量生産にあたっては、従来技術を用いた方法では生産コストが高くなること、芳香族化合物など、毒性の高い物質は微生物での生産が難しいこともあって、バイオ素材はまだ十分には普及していません。
これに対して、ミーバイオでは、光スイッチ技術を組み込んだ微生物を作成し、さらに光照射生産プラントや生産最適化のための制御プログラム(センシング×光照射強度×光照射時間)を合わせて、それらを「光スイッチバイオ生産システム」として確立した上で、プラットフォーム展開を考えています。つまり、光スイッチ生産菌株の開発のみではなく、光スイッチ技術を用いた独自のバイオものづくり生産システム自体を開発して販売するわけです。そこが私たちのビジネスモデルの、他社と異なったひとつユニークな点であると考えています。
――今後の展望についてお聞きします。
早水 今後はVCなどから資金調達をしながら、人員を拡充したいと考えています。合成生物学の世界で経験がある最高技術責任者(CTO)候補の参画は見えてきましたので、一緒に研究員として活躍してくれる仲間を探しています。弊社のミッション&ビジョンである「光スイッチ技術を用いた新産業の創出」および「光スイッチ生産システムを通したカーボンニュートラル社会の実現」に対してご興味がありましたら、ぜひ当社の事業に参画してほしいと思います。
――起業当初から特別会員としてLINK-Jに入会頂きました。きっかけや動機がありましたか?
早水 わたしがバイオ産業の出身ではないことから、起業にあたっては、まずはバイオ産業のコミュニティに参画して、ネットワークを作る必要があると考えました。また、起業にあたってオフィスが必要になることから、三井不動産が整備するスタートアップ関連施設に問い合わせたところ、LINK-Jを紹介して頂きました。おかげさまで、メンバー限定のミートアップイベントなど、様々なイベントに多く参加させて頂き、バイオ系企業の経営者の方など、多くの関係者とネットワークを築くことが出来ました。
――ありがとうございました。最後に読者に向けてメッセージがあればお願い致します。
早水 ミーバイオで提供している研究用リサーチツールにご興味があれば、お気軽にお声かけ頂きたいと思います。たとえば「こういう使い方はできないのか?」といった相談も受けています。わたしたちとしては、ユーザー様が当社のツールをどのような用途で使いたいのか、ニーズを是非知りたいと考えています。バイオものづくりについても、ミーバイオの光スイッチ技術を使って、こういう課題に挑戦してみたい!といったアイデアをお持ちであれば、ぜひお声かけ下さい。もちろん、共同研究も大歓迎です。
東京大学理学部化学科卒業。理学博士。東京大学大学院理学系研究科助手、講師、准教授を経て、2017年に教授に就任。この間、ルイ・パスツール大学客員教授などを兼任する。専門分野は生命分析化学であり、「生命現象の光操作技術の創出と応用」をテーマに、現在も研究を続けている。これまでに、文部科学大臣表彰若手科学者賞(2008)、日本化学会学術賞(2019)、井上学術賞・市村学術賞(2021)などを受賞。
東北大学工学部材料物性学科卒業。大学卒業後は出版社に勤務し雑誌編集者を経て、広告制作会社を立ち上げる。2017年より日本の社会課題としてディープテックアントレプレナーが不足していることを見出し、大学発スタートアップの立ち上げに携わる中で、佐藤教授と出会い株式会社ミーバイオを設立。