メドテック領域で事業化を検討中の研究者/または事業化したばかりの研究者を支援するプログラム「アカデミア発ライフサイエンスイノベーター発掘プログラム」。その締め括りを飾る成果発表会が、2024年3月26日、日本橋ライフサイエンスビルディング大会議室で開催されました。発表会場には、産学を代表する関係者が多数来場し、独創性あふれる成果報告(ピッチ)に耳を傾けました。そこで今回は、本プログラムに挑戦した研究者チームの皆様に、いま事業化に挑戦している研究内容、本プログラムに参加してみた感想、将来の展望などについてお聞きしました。 ※ピッチコンテスト全体についてお知りになりたい方はこちら
・東北大学推薦 アイラト株式会社
・大阪大学推薦 大阪大学Cool Flash
・名古屋大学MIU推薦 名古屋大学 人間拡張・手の外科学
・名古屋大学MIU推薦 株式会社BeLiebe
・慶應義塾大学推薦 株式会社Gifts
・国立がん研究センター東病院推薦 PALATOROID
(登壇順)
第2回は、慶應義塾大学が推薦する株式会社Giftsを紹介します。
・小笠原淳さん(代表取締役 産婦人科専門医 医学博士)
・仲出雄樹さん(共同創業者、最高執行責任者)
――挑戦中の事業内容について教えてください。
小笠原 いま我々は、腹部に巻くだけで胎児の状態を確認できる「胎児超音波検査の自動化システム」の実用化に挑戦しています。現在の胎児超音波検査は、医師が超音波プローブという機器を手に持って、角度を変えながら何度も腹部を調べる手作業であり、検査には時間がかかること、医師個人の技量に大きく依存すること、職人芸ゆえに検査結果を定量化できないことなど、多くの課題が存在しています。
我々の検査機器は、柔らかく皮膚親和性の高いジェルマットで、内部に複数の超音波プローブを含みます。これを妊婦さんの腹部に巻いて、時間差で超音波を連続発振することで、簡単に胎児の状態を確認できます。複数のプローブを配置することで、網羅的に全ての反射波を検出するため、取得できる情報量も格段に増えます。更に、従来使われていなかった拡散波の情報を活用することで、3次元の胎児の形や動きをより正確に捉えることが出来ると考えています。また検査を自動化することで医師の負担も減り、結果の定量化も可能になります。最先端のアルゴリズムを用いて胎児の状態を三次元モデル化するので、胎児の詳しい健康状態も把握できます。
――自分で起業しようと思ったきっかけについて
小笠原 6年間臨床を経験し産婦人科専門医を取得したあと、東京大学の研究室に進み、そこで4年半にわたり、人工知能と神経科学に関する最先端の研究を遂行してきました。そして、それらの技術を産科領域に持ち帰り、「現代の最先端技術をもって、産科健診をリデザインする」ことの社会的意義に気付きました。「超音波プローブ検査の自動化」にしても、最初に思いついた時は「自分が思いつく程度のアイデアなら、既に市場にあるだろう」といった認識でしたが、先行技術調査を行ったところ製品どころか類似する特許もありませんでした。自分自身が使いたいという気持ちもあり、自分で起業して実用化しようと考えました。
実際に起業したのは昨年の1月。大学院時代にお世話になった教授から「起業したらどうか?」と提案され、同じく慶應義塾から起業した田澤雄基さんに相談したところ、LINK-Jをご紹介頂きました。それから日本橋には頻繁に足を運ぶようになり、LINK-Jサポーターの津田真吾さんからアドバイスを頂いたり、色々な投資家と知り合ったりする機会を得ました。こうしたイベントがなければ、ここまで素早く決断できませんでした。現在は、業務委託を含めて7名のメンバーで事業化を進めています。最初の頃は人材採用に苦労しましたが、次第に多くの人たちに参画して頂けるようになり、彼らと一緒にこの革新的な開発に挑戦しています。
――開発中の製品の特徴について教えてください
小笠原 従来のプローブ検査は、胎動が乏しいとき、ただ寝ているのか、状態が悪いのかを区別するのが大変でした。我々の技術は、医師の時間を拘束することなく胎動を定量化可能で、体重も自動的に算出できるため、成長の度合いもこまめに把握できます。産科では「胎動がない気がする」と不安になったお母さんが、夜中に救急受診することも珍しくありませんが、そのうちの大半では実際には問題がない中で、稀に遭遇する異変を見逃さないようにする必要があります。お母さんの安心と、赤ちゃんの安全を確保し、産科医の負担を減らせるような製品・サービスを早く社会実装したいですね。
――現在の課題について教えてください
仲出 目下の課題は、開発に必要な事業資金の確保ですね。小笠原さんはとても優秀な方で、決して弱音を吐かないし、同じ事業化チームの仲間にさえ、気弱な姿は決して見せない。その小笠原さんが、まだ起業して1年弱の頃に、最初に用意していた事業資金が枯渇しそうになり、これまで滅多に口にしなかった弱音を漏らしたことがありました。そのときに「いまこそ彼を支えなければ!」と考えて、わたしも正式に参画を決意した経緯があります。ちなみに資金と人材は、今でも絶賛募集中ですので、我々の会社に少しでも興味がある方はぜひご連絡ください。
――イノベーター発掘プログラムについて、参加された感想を教えてください
小笠原 産婦人科の後輩から「イノベーター発掘プログラムに出場しませんか?」と紹介されたのが、きっかけでした。ちょうどこれまでの成果をまとめていたタイミングだったため、あまり深く考えずに応募しました。最初の選考会のときは、わたしは学会に出席していて参加できず、別のスタッフにピッチを依頼しました。彼の本来の役割は技術開発で、業務範囲を超えた内容でしたが、素晴らしい仕事をしてくれたおかげで、最終選考の6チームに残ることができました。
メンタリングは、朝日サージカルロボティクスの安藤岳洋さんにご担当頂きました。安藤さんは、もともと超音波研究に関する研究室のご出身なので、ビジネス面だけでなく、技術的課題についても色々とご相談させて頂きました。もう1人のメンターは、メドテックパートナーズの大下創さん。実は起業してすぐの頃に、紀伊國屋書店で医療機器開発に関する本を3冊ほど購入したのですが、その内の1冊が大下さんの著書でした。その大下さんにメンタリングを担当して頂く機会に巡り合えて、とても感動しました。
――成果発表会はいかがでしたか
小笠原 今年3月の成果発表会は、わたしが登壇しました。ピッチ自体はもう何度もしていたので、当日はできる限り会場の皆様の反応を確認しながら話をしてみましたが、かなり良い反応を頂きました。我々としても、現在の商品設計について有識者の皆様のご意見を頂きたいタイミングでもあったし、また資料の準備などを通じて、チーム内部の結束力が強まる機会にもなりました。参加して良かったと思います。
――今後の展望について教えてください
仲出 「世界中の妊婦さんと赤ちゃんに、安心と安全を届けること」。これが我々のミッションであり、わたしがこの事業に参加した理由でもあります。我々の技術が完成すれば、産科医の負担を減らせるし、よりハイリスクの妊婦さんの診療に時間を割くこともできます。さらにこの検査技術は、海外でも有用だと考えています。たとえば東南アジア地域では、産科医の絶対数が不足しており、医師の診療を受けていない妊婦さんも少なくありません。当地においても、我々の技術が貢献できると考えています。
株式会社Giftsは、産婦人科医である小笠原淳先生が起業したベンチャー企業です。ジェルマットを腹部に巻くだけで、簡単に胎児の状態を把握できる超音波検査機器、検査結果から三次元モデルを自動で構築するソフトウェアなどを開発しています。更に、胎児の様子を遠方の家族とも一緒に確認でき、かつ、速やかに医療機関と情報共有するためのシステム開発に挑戦しています。
https://gifts-ai.com/