メドテック領域で事業化を検討中の研究者/または事業化したばかりの研究者を支援するプログラム「アカデミア発ライフサイエンスイノベーター発掘プログラム」。その締め括りを飾る成果発表会が、2024年3月26日、日本橋ライフサイエンスビルディング大会議室で開催されました。発表会場には、産学を代表する関係者が多数来場し、独創性あふれる成果報告(ピッチ)に耳を傾けました。そこで今回は、本プログラムに挑戦した研究者チームの皆様に、いま事業化に挑戦している研究内容、本プログラムに参加してみた感想、将来の展望などについてお聞きしました。 ※ピッチコンテスト全体についてお知りになりたい方はこちら
・東北大学推薦 アイラト株式会社
・大阪大学推薦 大阪大学Cool Flash
・名古屋大学MIU推薦 名古屋大学 人間拡張・手の外科学
・名古屋大学MIU推薦 株式会社BeLiebe
・慶應義塾大学推薦 株式会社Gifts
・国立がん研究センター東病院推薦 PALATOROID
(登壇順)
第1回は、名古屋大学が推薦する「名古屋大学 人間拡張・手の外科学」を紹介します。
・山本美知郎先生(名古屋大学大学院医学系研究科 人間拡張・手の外科学 教授)
・岩瀬紘章先生(同メディカルITセンター)
――挑戦中の事業内容について教えてください。
山本 いま我々は「AR(強化現実)を用いた次世代型肘関節鏡」の技術開発および事業化に挑戦しています。術前に撮影した医用画像をもとに骨や神経の三次元データをあらかじめ作成して、肘関節鏡の映像に重畳表示することで、見えない位置にある骨や神経の状態を一目瞭然に把握できるという技術です。実現すれば、肘関節鏡視下手術に伴う神経損傷のリスクを大幅に減らすことが期待できます。
肘関節鏡とは、上腕骨外側上顆炎(テニス肘)や変形性肘関節症などの手術に用いる医療機器です。従来の切開手術と比べると侵襲性が低く、回復が早いという利点がある反面、関節鏡で見える範囲には限界があること、肘には正中神経、尺骨神経、橈骨神経という神経があって、術中に神経を傷害するリスクが高いことから、改良の余地が大きいと考えていました。そこで我々は、理化学研究所との共同研究を通じて、次世代型肘関節鏡の開発を進めてきました。現在は岩瀬さんが開発の中心を担当しています。
岩瀬 次世代型肘関節鏡は、理化学研究所の横田秀夫先生と山本先生の共同研究としてスタートしました。のちにわたしが大学院生になると、理化学研究所・和光事業所(埼玉県)に国内留学する機会を頂き、そこで本計画を引き継ぐことになりました。当時は和光駅の近くに部屋を借りて、毎日研究所に通いました。留学終了後は再び名古屋大学に戻りましたが、現在も理研と共同で開発を進めています。
――現在の課題について教えてください。
岩瀬 岩瀬先生:実際の映像に、三次元画像などの情報を高精度かつタイムラグなしに重畳表示するのが、技術的に最も難しい部分です。もともと関節鏡(内視鏡)映像は、常に傾いた状態であったり、視界がクルクルと回ったり、さらに常時画面がぶれるという課題がありました。それらの微妙な動きにも正確に追従してリアルタイムに重畳表示する技術の開発が難しく、現在も改良を重ねています。もっとも、現時点では完璧な精度を求めるよりも、まずは術者に注意を促すアラート的な用途での製品を考えています。
山本 技術面だけでなく、事業面でも色々と課題があると思っています。たとえば、当技術が多くの医療機関に採用されるためには、診療報酬加算など別の課題もクリアする必要があります。また、わたしも含めて本チームの研究者は、事業化について詳しくないため、たとえば事業化に失敗したらどうなるのだろう?という不安もあります。その点も、今後はさらに勉強していく必要があると考えています。
――イノベーター発掘プログラムについて、参加された感想を教えてください。
岩瀬 名古屋大学メディカルイノベーション推進室の深井昌克先生からご推薦頂いたのが、参加のきっかけでした。これまで類似のプログラムに参加した経験はなかったのですが、他の研究者の皆様の活動を聞くことは、わたし自身にも大きな刺激になるだろうと考えて、参加を決意しました。プログラム中は「そもそもピッチとは何か?」という初歩の勉強から始まり、短い時間でプレゼンを完結させるために、限られたページ内に「起承転結」の物語を収めるためのテクニックなどを教えて頂きました。
プログラム中はメンタリングも受講しました。わたしの場合はエンジニアにご担当頂きましたが、短時間の会議で我々の技術の本質を見抜いて頂き、かつ事業化に向けて適切な助言を頂きました。さらに他の研究者の皆様と話をする機会にも恵まれ、自身のシーズの社会実装にかける皆様の熱い決意を改めて思い知りました。ここで勉強したことは、今後も学会発表など様々な場面で活きてくると思います。
――成果発表会はいかがでしたか
岩瀬 成果発表会では、チームごとにピッチが行われましたが、わたしにとってはピッチすら初めての経験。最初はかなり緊張しましたし、話をしながら「ちゃんとピッチになっているだろうか?」と不安でした。発表会当日は、他のチームのピッチも拝聴させて頂きましたし、ベンチャーキャピタルの皆様からもお声をかけて頂いたり、今後の事業化に向けての課題などについて話し合いをさせて頂きました。
――今後の展望について教えてください。
山本 今後のスケジュールとしては、まずは名古屋大学附属病院「手の外科」で、臨床研究を開始する予定です。倫理審査委員会の承認も得ており、モーションキャプチャー用カメラなど必要な機器の準備もできています。すでに技術的には実現可能なレベルにあるので、実用化できる可能性が高いと考えています。臨床研究と改良を重ねながら、少しずつ完成に近づけていきたいですね。
本技術の実用化に成功して、さらに多くの医療機関に採用されるようになれば、いずれはAR機能なしの肘関節鏡の方が、マイノリティになるかもしれません。とはいえ、肘関節鏡の適応疾患は限られており、肘関節手術だけではそれほど大きな市場規模は期待できません。将来的には、膝関節など他の関節の内視鏡視下手術にも用途を拡大したいと考えており、今後はその方向性も模索する予定です。
名古屋大学大学院医学系研究科「人間拡張・手の外科学」は、筋骨格系障害や外傷、神経麻痺、循環障害、先天奇形など手に特化した専門性の高い最新治療および研究開発を行う研究科です。外科治療だけでなく、人工知能、強化現実および仮想現実、ハプティクス(触覚技術)、ロボティクスなど、人間の能力を補完・向上する「人間拡張」技術の研究開発にも、積極的に挑戦しています。