スタートアップ支援プログラム「UNIKORN」参加企業(UNIKORNファミリー)に聞く③
「UNIKORN(ユニコーン)」は、ライフサイエンス領域で事業展開するスタートアップの海外展開(英国および欧州市場への進出)を支援する新事業です。プログラムに選出された8社のスタートアップの皆様に、事業の概要や今後の展望、欧州展開に期待することなどをお聞きしました。UNIKORNに関する詳しい情報はこちらから。
右:沖田 慧祐氏(株式会社Auxilart COO)
【企業紹介】株式会社Auxilart |
研究者が何千回も実験を繰り返して開発する「アナログな世界」
――まずは自己紹介からお願いいたします。
キム 代表取締役のキム・ジュンウ(金俊佑)です。出身は韓国ですが、3歳から8歳まで父親の仕事の関係で東京に住んでいました。その後、韓国に帰国しましたが、留学プログラムを利用して、大学生のときに再び来日しました。大阪大学では有機化学を学び、さらにコンピュータ・シミュレーションの世界にも興味を持ったので、卒業後は東京大学大学院に入学。医薬品の製造を対象とするプロセスシステム工学の開発に挑戦する「杉山・Badr研究室」のもとで、博士号を取得しました。同研究室の杉山教授、Badr准教授、林助教と、2023年7月に現在の会社を立ち上げました。当社の技術も、同研究室から誕生しました。
沖田 最高執行責任者の沖田です。学生の頃はSF映画への憧れがあって、科学技術で世の中を豊かにしたいという想いがありました。大学では脳神経学を学び、大学院では脳と機械の複合的研究をしていました。大学院生の頃、Deeptech系のスタートアップに投資をしているベンチャーキャピタルであるUTECのインターンに参加させてもらいました。そこでの体験が非常に楽しく、研究をどうすればビジネス化できるのかを考えられる、研究者を支える側の人間になろうと決意しました。コンサルティング会社に就職すると、新規事業立ち上げなどを担当しました。後に研究者とビジネス人材をマッチングするプログラム(ベンチャーキャピタルBeyond Next Venturesさん主催のBRAVE)に参加する機会があり、そこでキムと出会ってすぐに意気投合しまして、現在の会社の立ち上げに加わりました。当時の気持ちとしては、私としては「すごい!まさにこれがやりたかったことだ!」という感じですね (笑)。色々考えては、時間を見つけてキムに連絡をしていました。
――現在は何名で事業挑戦されているのですか?
キム メインはわたしと沖田の2名です。さらに技術顧問として、「杉山・Badr研究室」の杉山弘和教授とBADR Sara准教授、林勇佑助教にも、当社の技術顧問を務めて頂いています。業務委託ですが、最近新たにバックオフィスのメンバーが1名加わったので、現在は合計6名で事業に挑戦しています。
――貴社が挑戦する「製造プロセスの最適化」についてお聞かせください
沖田 まず、我々の事業が誕生したバックグラウンドとして「製薬企業は、新薬の開発に莫大な費用を投じている」という事実があります。新薬の開発では、新しい候補物質を見つけた後に、非臨床・臨床試験を行い、承認・販売に至るのですが、それと同時に製造プロセスを開発する必要があります。
この製造プロセス開発の作業は、いまだに人海戦術頼りで、多くの研究者が何千回もの実験を繰り返し、最適解を探しています。一つの医薬品に対して実験をおよそ3千回、費用でいうと100億~550億、期間でいうと6年くらいかかるケースもあります。我々が提供する技術は、この人の手で行われている数千回の実験をデジタルシミュレーションで置き換えることによって、実験コストを減らすとともに、通常の実験よりも多くの条件をシミュレーションで探索することで、生産性を高める製造パラメーターを見つけ出すことができます。
――「デジタルシミュレーション」の技術について教えてください
沖田 大きく分けるとデジタルシミュレーションには2種類あります。「データ駆動モデル」と「物理モデル」です。前者はAIや機械学習に代表される手法で、ChatGPTが有名ですね。データ量が多ければ多いほど高い精度のアウトプットが出せるのですが、逆に言うとデータが多く無ければそもそもシミュレーションが組めません。また、内部でどのような処理が行われているのかわからず、汎用性・安全性が低いなどの問題があります。物理モデルを用いたアプローチでは、培養や化学合成などの現象を微分方程式でモデル化し、シミュレーションを行います。この手法ではモデル構築に必要なデータ量を抑えられる上、内部の処理が人間にも理解しやすく、汎用性・安全性は非常に高くなります。Auxilartでは、この2つのモデルを組み合わせた「ハイブリッドモデル」と呼ぶ技術と、当社独自で構築したシミュレーションモデルのライブラリを用いることで、製造プロセス開発の最適化サービスを提供しています。
少ない学習データでも予測モデルが作成可能な独自技術
――「創薬の効率化」に取り組む会社は沢山ありますが、貴社の強みは何でしょうか?
沖田 1点目は、創薬過程の中でも「製造プロセスの最適化」に着目したことです。シミュレーションモデルを用いて新薬を探索する研究は、世界中で激しい競争を繰り広げていますが、製造プロセスの最適化に関しては、ほぼ未開拓です。2点目は、独自のデジタルシミュレーション技術を持つことです。従来のデータ駆動モデル(AIや機械学習モデル)によるシミュレーションは、多くの学習データがなければシミュレーションを組むことはできません。しかしそもそも、製造プロセス最適化では、コスト削減のためには、いかにデータ=実験を減らすか、が重要です。また、内部がブラックボックスとなっているため、例えば不純物による悪影響の原因を特定することが難しく、安全性に関して懸念が残るという課題もあります。そのため、中身がわかる物理モデルが注目を浴びています。我々は、物理モデルとデータ駆動モデルを組み合わせた「ハイブリッドモデル」を活用し、さらにノウハウや知見も蓄積しているため、この技術にはオリジナリティがあり、他社には簡単に模倣されないと考えています。
――具体的には、どのような形でサービスを提供することになるのでしょうか?
キム 現時点では、製薬企業様や医薬品開発製造受託機関(CDMO)様などに利用頂いています。まずはお客様から実験データを提供して頂き、そのデータをもとに、製造工程を再現するシミュレーションモデルを構築します。次にそのシミュレーションモデルが、高い再現性をもって製造工程を実行できているかを確認した上で、様々な条件を与えて最適な製造条件を探索します。抗体医薬品の場合、細胞培養で栄養を与える頻度・タイミング・必要な量などをシミュレーションで探索することができます。技術的には、製薬産業だけでなく、化学・食品・バイオものづくりの世界などにも応用できると思いますが、現在のターゲットは製薬領域となります。
海外展開が必須のAuxilartにとってUNIKORNは唯一無二のプログラムだった
――なぜUNIKORNプログラムに参加しようと思われたのでしょうか?
沖田 世界の製薬業界を見渡すと、売上高トップ20の中にランクインする日本企業は3社しかありません。売上高ランキングの上位は、米国と欧州の企業がほぼ全てを独占しています。そのため、我々としても積極的な海外展開は不可欠と考えていました。しかし、米国展開を支援するプログラムは複数ある一方で、欧州展開や英国進出を支援するプログラムは、なかなかありません。そこでぜひ利用させて頂こうと思いました。
キム 海外の展示会の参加を支援するプログラムも、ほとんどないですね。その点も素晴らしいと思います。BIO-Europe 2024(今年はストックホルムで開催予定)に参加できるのも、楽しみですね。
――実際に参加してみて、いかがでしょうか?
キム プログラムの審査に関しては、我々の場合、「審査を受ける」というよりも、審査員の皆様に我々の抱える課題を相談する、という気持ちで参加しました。最終ピッチでは、メンターの方々に様々な意見を頂き、大変役に立ちました。我々の考え方や展望についても、賛同して頂いたり、逆に我々とは異なる意見も拝聴したりしました。採択後、メンタリングは、サミュエル・コンウェイ氏にご担当頂いていますが、とても良い方に巡り会えたと思います。
デジタル技術で世界のR&Dを加速させたい
――それでは最後に、今後の貴社の展望についてお聞かせください。
沖田 少し大きな話になりますが、いつの時代も私たちの生活を便利にしてきたのは、最先端のテクノロジーです。そしてそのテクノロジーを生み出すために、企業、アカデミアにおけるR&D活動は欠かすことができません。
私たちの「ハイブリッドモデル」によるデジタルシミュレーション技術の活用先は、医薬品製造だけに限りません。様々な業界における製造、ひいてはR&Dプロセス全体に活用することが可能だと考えています。現在のビジネスモデルは、お客様にぴったりと寄り添い、お客様のニーズを学びながらサービスを提供するスタイルですが、この方法である程度経験を蓄積できたら、将来的にはクラウドサービスとして展開することで納品コストを下げ、食品業界や化学業界など業界を超え、また製造という分野に限らずR&Dプロセス全体へ技術を広げ、その進歩を加速させていきたいと考えています。
キム 製薬産業は規制が厳しいなど様々な要因があり、我々のような新しい取り組みは参入しにくいところがあります。製薬企業側も「デジタル技術をどう活用していけば良いか?」について探索・模索している段階だと思います。弊社としては,そうした問いに対して答えを見出し、デジタル技術が真にインパクトを生むための道筋を示せる企業になれればと考えています。
大阪大学卒業。卒業後は、東京大学大学院化学システム工学専攻に進学。杉山弘和教授の指導のもと、製薬プロセスシステム工学を研究する杉山弘和教授の研究室に入り関する研究で、博士号を取得する。現在も、杉山・Badrバドラー研究室の特任研究員として仕事を続けるかたわら、研究内容の事業化を目指してオキシルアート社の事業展開にも挑戦中。
東京大学大学院卒業。大学院卒業後は、コンサルティングファームなどで新規事業の立ち上げを担当する。「技術で世界を豊かにしたい」という夢があり、会社員時代に参加したマッチングプログラムで、キム・ジュンウさんと出会うと、すぐに意気投合。東京大学研究室発の技術をベースにしたオキシルアート社に参画する。