スタートアップ支援プログラム「UNIKORN」参加企業(UNIKORNファミリー)に聞く④
「UNIKORN(ユニコーン)」は、ライフサイエンス領域で事業展開するスタートアップの海外展開(英国および欧州市場への進出)を支援する新事業です。プログラムに選出された8社のスタートアップの皆様に、事業の概要や今後の展望、欧州展開に期待することなどをお聞きしました。UNIKORNに関する詳しい情報はこちらから。
【企業紹介】PuREC株式会社 |
小児難病の治療技術の開発を目指して島根大学から誕生
――まずは貴社の概要についてご紹介ください。
我々は、島根大学医学部生命科学講座の松崎有未教授らが開発した「高純度間葉系幹細胞〈REC〉の分離・培養技術」の実用化を目指す、島根大学発のスタートアップです。本社は島根県出雲市にあり、さらに東京事務所として日本橋ライフサイエンスビルにも拠点を構えています。わたしが当社の事業に参画したのは途中からで、起業当初は島根大学学長の小林祥泰先生が、大学を辞して代表取締役社長を務めていました。
当社の誕生は、松崎先生が開発した培養技術について、島根大学医学部小児科の竹谷健教授が、低ホスファターゼ症という希少難病の治療に使えるのではないか?と着目したのがきっかけでした。技術そのものは、松崎先生が慶應義塾大学の准教授だった頃に着想されていたのですが、竹谷教授と共に低ホスファターゼ症の治療法の開発に挑戦するために、島根大学に移籍。そして島根大学発ベンチャーとして当社が誕生しました。
――髙橋さんが事業に参画されることになったきっかけについても教えてください。
私はもともと銀行マンで、主に日本と米国で企画関連の仕事を担当していました。帰国後は別の会社で働いていましたが、後に米国時代の友人の紹介で、米国のバイオテックで事業提携などに関する仕事を担当することになりました。そこでまた3年ほど米国で過ごして、自分の役割を終えて日本に帰国すると、その経験を買われて国内バイオテックにヘッドハントされました。その後、やはり友人の紹介で海外のスキー場の事業開発などにかかわる仕事をしていました。このとき、松崎先生と出会いました。
実は松崎先生との最初の出会いのきっかけも、スキーだったともいえます。松崎先生は、学生時代はインターハイや国体に出場するほどの実力者で、最初はスキーの話題で意気投合しました(笑)。そこで、過去にバイオテックの世界にいたことを明かすと「当社にきてほしい」とスカウトされて、入社しました。会社も、ちょうど研究主体から本格的事業にシフトすべき時期にきており、ビジネス畑の人材を求めていたという事情もありました。
生涯にわたる治療に「患者さんたちが未来に明るい希望を持てるように」
――「低ホスファターゼ症」とはどのような病気ですか?
低ホスファターゼ症は、骨形成に必要な酵素(アルカリホスファターゼ)の欠損または不足によって骨が成長しない難病です。非常にまれな疾患で、日本国内の患者さんの数は、約200人未満と推定されています。主な症状は、骨の湾曲、易骨折性、歯の脱落、発達障害など。特に胎児の段階で発症する「周産期重症型」の場合、胸郭が形成できず、生涯にわたり人工呼吸管理が必要となります。以前は3歳まで生きられない疾患でしたが、近年になって酵素補充製剤が誕生し、長期生存できる人も増えてきました。
とはいえ、酵素補充療法にも課題はあります。そもそも、酵素補充療法は根本的な治療手段ではないため、生涯にわたり補充する必要があります。治療費も高額で、米国では民間保険会社に医療費支払いを拒否される場合もあると聞きます。酵素補充製剤は注射で補充すること、重症度によっては週6回も注射する必要があり、患者さんの身体は注射痕だらけになってしまいます。製剤が冷蔵保存のため、遠出もできません。結果として患者さんとご家族は、将来に明るい希望を持つことができない状況にあります。
――貴社の間葉系幹細胞の培養技術についてもお聞かせください
間葉系幹細胞は、iPS細胞ほどの自由度はありませんが、それでも骨細胞・軟骨細胞、脂肪細胞などさまざまな細胞に分化する力を持っています。ただ、これまでの分離・培養技術では分化能を持たない夾雑細胞も混入してしまうのです。これに対して、松崎先生は高純度で間葉系幹細胞を分離・培養する技術を開発しました。この高純度間葉系幹細胞〈REC〉を、骨や軟骨の形成が自力では困難な患者さんに投与することで、骨・軟骨関連の疾患の治癒に貢献できるのではないかと期待しています。実際に、「腰部脊柱管狭窄症」については、北海道大学および持田製薬株式会社との共同研究も進行し、すでに北海道大学の医師主導治験で〈REC〉を活用頂いています。当社が設立されるきっかけとなった「低ホスファターゼ症」についても、島根大学などとの協働によって、治験の準備が進められています。
欧州および英国は希少疾患および細胞医療の先進地でもある
――なぜUNIKORNプログラムに参加されたのでしょうか?
欧州および英国市場は、細胞医療で希少疾患の治療を目指す我々にとっては、非常に重要な地域です。もちろん市場規模でいえば、米国市場の方が規模は大きいのですが、ゆえに参入障壁も高いのが現実です。欧州ではロスリン研究所(英国)や、フラウンホーファー研究機構(ドイツ)など、各地で様々な取り組みが進行しています。カロリンスカ研究所(スウェーデン)では、遺伝子検査で骨形成不全がわかると、胎児の段階から間葉系幹細胞を投与するという、非常に先進的な臨床研究も進行しています。
さらに、「BIO-Europe 2024(開催地:ストックホルム)の参加費を全額補助する」という部分も、強く惹かれました。参加費および渡航費はけっこう高額で、過去に当社も参加費の半額を補助頂けるプログラムを利用していましたが、それでも渡航費および現地滞在費も含めると、1回の参加で百万円ほど持ち出しになります。バイオテックにとって、この出費は結構厳しい。その点も非常にありがたいですね。
――プログラム参加を通じて「これを達成したい」という目標はありますか?
将来のパートナー候補となる製薬企業と出会えればベストですが、現時点ではそこまで期待していません。それよりも、我々がまだ知らない新たな発見に期待しています。これまでにも、欧州のイベントに参加し、意見交換を通じて我々が知らない疾患や細胞治療の可能性を学ぶことができたので、今回の欧州渡航でも、欧州の企業や研究者との交流を通じて新たな学びを得て、将来は彼らと共同研究や事業提携できれば良いですね。細胞製造でも欧州は独自の研究が進んでおり、現地の最新情報の収集も目標のひとつです。
起業を目指す人は小さくまとまらず「大きな夢を語ってほしい」
――今後の展望についてお聞かせください。
まずは、北海道大学で医師主導治験を先行して頂いている「腰部脊柱管狭窄症」について、パートナーの持田製薬さんと共同で、しっかりと実用化を進めてゆきたいです。その上で、会社設立のきっかけでもあるので、「低ホスファターゼ症」という難病と闘う患者さんたちに、一刻も早く治療薬を届けたいと考えています。さらに、わたし個人の展望としては「バイオテックの世界に若い人たちをもっと呼び込みたい」ですね。実は先日、スタートアップ関連のイベントで審査員特別賞を頂き、授賞式に参加したのですが、同じく受賞式に来たIT関連のスタートアップの顔ぶれが、驚くほど若いのです。バイオテックの世界は、企業や大学で研究職を経験した人が中心なので、年齢層もそこまで若くはありません。
ITとバイオテックのこの差は何だ?と考えみると、バイオテックは若い人たちが就職先として選択しにくいという事実に思い至りました。それはキャリアとか経験以前の問題として、たとえば「博士号がないと軽視されがちな業界の慣習」等ですね。でも、細胞培養などはほぼ作業であり、博士号がなくても技術は習得できるし、必要な知識は後から学べます。当社にも、入社後も大学に通いながら博士号を取得した社員がいます。様々な事情で、残念ながら博士課程まで進学できなかった若い人たちにとって、バイオテックで働きながら博士号が取得できるのは、就職先として大きな魅力になりうると思います。当社は出雲市にありますが、山陰地方や中国地方でバイオテックに興味のある若者たちの、最初の就職先候補になりたいですね。
――最後に読者の皆様にメッセージをお願いします。
バイオの世界で起業を目指す人には、ぜひ「大きな夢を語ってほしい」ですね。小さくまとまるのではなく、むしろ「自分が天下をとる!」くらいの気概で挑戦してほしい。また、何でも自分の力で対処しようとせず、外の世界にパートナーを求めてほしい。わたしも、元々は銀行マンからバイオテックを経験して――と色々な仕事を経験してきましたが、だからこそ役に立てる場面もありました。製薬企業や研究畑の出身でなくても、貢献できることは沢山あるので、ぜひそんな人材を活用してほしいですね。
大学卒業後は三菱銀行に入社。社内の海外留学プログラムを利用してマサチューセッツ工科大学に留学すると、そのまま米国で企画関連の仕事を担当。留学時に執筆した修士論文が評価され、帰国後はリクルートとトヨタが共同設立した会社に引き抜かれる。後に友人の紹介で米国のバイオテックに入社するため再渡米。外部提携業務など担当する。帰国後はその経験を買われて、国内バイオテックに転職。その後はスキー場関連の仕事に就く。島根大学の松崎教授と出会い、意気投合。現在の会社に移籍する。
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