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インタビュー・コラム

【News Letter vol.16】研究者のキャリアパスと、スタートアップ企業での可能性

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この投稿記事は、LINK-J特別会員様向けに発行しているニュースレターvol.16のインタビュー記事を掲載しております。
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ライフサイエンス系スタートアップ企業は人材不足に悩み、常に優秀な研究者を求めています。一方で博士課程の学生の多くにとって、卒業後の進路はアカデミアか大手企業であり、スタートアップという選択肢があることを知りません。「ライフサイエンス業界全体の発展のためにもこの現状を変える必要がある」、「キャリアパスには多様な選択肢があり、柔軟に考えることが重要だ」と訴える御三方に、今回はお話を伺いました。

自ら掴みにいけば、Ph.D.の進路には多様な可能性がある

――今回はLINK-Jサポーターの水沼さんのお声がけで、御三方に集まっていただきました。まず3人のご関係をお聞かせください。

水沼 市川さんと宮崎さんは、薬学部の同じ研究室に所属していた友人同士。市川さんと私は大学院時代の友人で、現在は共にCraif株式会社の経営陣。そして宮崎さんはそのCraifに出資しているVC(ベンチャーキャピタル)ANRIの所属で、Craifの戦略会議などでアドバイスをいただいている関係になります。

――それぞれのご経歴を教えてください。

市川 私は東京大学大学院 薬学系研究科でケミカルバイオロジーを専攻し、博士号を取りました。有機化学の手法で化合物を作りバイオロジーに応用する面白い技術を研究していましたが、社会実装するには高いハードルがあると感じ、卒業後は外資系製薬会社に入社しました。そこで5年半、MR、マーケティング、経営企画などコマーシャルサイドの業務に携わり、大企業での仕事はやり尽くしたと考え退職。その後、3社のスタートアップ企業を掛け持ちで手伝っていたところ、そのうちの1社Craifに声をかけられ、2019年1月からCTOとして働いています。Craifは、尿検査によるがんの早期診断を目指しており、ナノワイヤデバイスを用いて生体内のエクソソームを効率的に採取し、病気の状態を知ることができる技術を実用化しています。

水沼 私は京都大学卒業後、東京大学大学院 薬学系研究科にて神経薬理学分野の研究で博士号を取得し、外資系製薬会社に入社しました。1年あまり新製品の上市プロジェクトに携わった後、戦略コンサルティング・ファームに転職し、その会社のOBたちでコンシューマーヘルス領域の会社を起業。現在は市川さんの誘いでCraifにCOOとして参画しています。

宮崎 僕は市川さんと同じラボの出身で、大学院はスタンフォードに進み、博士号を取得しました。東大で博士号を取ってもポスドクで渡米する先輩が多いので、それなら最初からアメリカに行こうと考えたのです。博士号取得後はアカデミアに残るつもりでしたが、担当教授や隣のラボの教授が起業するのを目の当たりにして技術を社会に還元する道に魅力を感じ、アカデミアではなく日系大手企業に就職しました。ただ、1年後に様々なタイミングが重なり、日本への帰国を決めました。帰国後は戦略コンサルティング・ファームを経て、2018年からVCのANRIで主にはバイオ系スタートアップの投資担当をしています。

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水沼 未雅 氏(LINK-Jサポーター / Craif株式会社 最高執行責任者COO / わたし漢方株式会社 取締役)

――3人とも大企業に就職したのですね。その選択は、7〜8年前当時の博士号取得者の新卒キャリアとしては一般的だったのでしょうか?

水沼 当時はアカデミアに進む人が半分弱、残りが企業への就職でした。就職先としては大手製薬企業の研究職が人気で、私や市川さんのようにビジネス職に就くのは珍しかったかもしれません。

宮崎 アメリカでは、大手製薬企業の研究職に就くには卒業後3〜5年ポスドクを経るのが一般的でした。Ph.D.取得後すぐ就職した友人達は、FDAのような政府系機関や学術誌のエディター、コンサル会社、ベンチャーなどのほか、自分で起業する人もいましたね。

水沼 アメリカは多様ですね。日本では、就職と言えば大企業に骨を埋めるイメージがまだまだ強かった。かくいう私も昔はそうだったのですが。ただ、あるとき大企業に所属することは企業の意思決定に自分の人生を委ねることになるためリスクが大きいと気づき、自分の意思で自分のキャリアを築くために製薬会社を辞めました。

――日本では、博士より修士の方が就職には有利だとの見方も一部にあります。ライフサイエンス系での実態はどうなのでしょう?

水沼 確かにこれまでは修士を採用して自社内で育てる企業が多かったため、博士の最初の就職は狭き門でした。でも最初の就職が全てではありません。人材市場で生き残るためには、専門性を打ち出せる博士の方が有利だと私は思っています。例えば私はバイオロジーの専門家という一本の筋に事業会社やコンサル会社でのビジネス経験が加わったことで、唯一無二に近いキャリアが形成できました。これは大きな強みだと実感しています。

市川 実際に、就職先に困るから博士には進まないという考え方もあるようです。しかし博士はその学位を取得するまでの間に、イメージされるような専門性だけではなく、ロジカルな考え方やプロジェクトの進め方などの武器を身につけることができるので、その武器を生かせば自分でいくらでも仕事をとりにいけます。受け身なマインドセットさえ変えれば、道は開けるはずです。

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市川 裕樹 氏(Craif株式会社 最高技術責任者 CTO / 名古屋大学 未来社会創造機構 客員准教授)

――スタートアップ側が採用する際は、新卒博士、新卒修士、企業の研究所で実績を積んだ人の中で、どの人材を求めますか?

水沼 経験者がいれば採用したいところですが、人材市場にあまり出ないため、現状は新卒博士が大半です。でも博士なら課題設定からプロジェクトマネジメント、チームビルディングまでのスキルを持っているため、新卒でも即戦力になります。そこが修士とは違います。

宮崎 同様に感じていて、Ph.D.は実質的なファーストキャリアだと僕は思っています。実験や思考で仮説検証を繰り返す博士課程は、問題解決のプロセスそのもの。これを意識的に行ってきたPh.D.はビジネスで通用するトレーニングを積んできていると感じています。ただ中には、教授に言われた実験を機械的にこなしただけの博士もいるので、一緒に働けるかはその見極めが大事だと思っています。

市川 スタートアップは日々方針が変わり、結果を早く出すことも求められます。そのカルチャーに馴染めるかどうかも大事なポイントです。

自己の成長スピードと事業のダイナミズムを実感できるスタートアップ

――みなさんには、LINK-Jが9月に開催した「若手研究者のためのスタートアップによるキャリアフォーラム」にご登壇いただきました。参加者100人をこえ、大変有意義なイベントになったと思います。

宮崎 僕らはそれぞれの経験から、たまたまアカデミアや大企業以外の選択肢があることを知り得ましたが、多くの学生には選択肢が見えていないと感じています。スタートアップという選択肢もある。学部卒で一旦就職し、学びたいことが明確になってから大学院に進む選択肢もある。多様な選択肢を提示することで意思決定に生かしてもらえたら、という意図で講演しました。

水沼 どうしても「スタートアップ=不安定」という印象だけで受け止められがちですが、今やスタートアップは研究開発の主戦場となりはじめており、弊社のチームメンバーはアカデミアよりも大きな予算を持ちながら熱意をもって研究に取り組んでいます。その実態を伝えようと、研究内容の面白さを純粋にサイエンスベースでお話ししたところ、高い関心をもっていただくことができました。地方にいると東京と比べ情報格差がありますが、オンライン開催で全国の学生に参加機会があったのも良かった点です。ネットでいくらでも情報にアクセスできる時代ですから、地方の学生も自ら貪欲に機会を掴みにいって欲しいですね。

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宮﨑 勇典 氏(ANRI株式会社 プリンシパル)

――改めて、スタートアップで働く魅力を教えていただけますか。

水沼 自己の成長スピードを実感できるところでしょうか。大企業では機会やチャンスが年功序列で回ってくるため長い期間順番待ちですが、スタートアップは新人でも最前線に立てます。データ次第ですぐに実験方法を変更するなど、意思決定をクイックに積み重ねる経験ができるのも面白いところ。Craifは既に多国籍チームのため英語でも議論することが多いのですが、その環境下で新人は短期間に鍛えられます。

市川 自分ができる範囲内の仕事をしているだけでは務まらないのが、スタートアップ。企業の成長に伴ってキャパシティを超えた仕事に直面することで、否が応でも自分をスキルアップさせていくことができます。また実験結果や環境の変化、社内外から集めた情報などによって、思いがけない方向に研究が発展することが幾度となくあり、その度に会社全体がダイナミックに動きます。それも醍醐味です。

宮崎 日本でも終身雇用が当たり前ではなくなってきていて、自分は何ができるのかを個人が実証・証明しなければいけない時代になってきています。スタートアップでの実践的かつユニークな経験やトレーニングで鍛えられれば、その先も生き抜く武器が身につくとも考えられます。

――どうすれば、今後もっと多くの博士がスタートアップへの参画や起業に興味を持ってくれるでしょうか?

市川 私はもともと「新しい技術を社会に送り出したい」という想いを持っていましたが、就職のときは起業やスタートアップへの参画など想像もしませんでした。でも今、こちら側に飛び込むことができたのは、会社を立ち上げた水沼さんやVCの宮崎さんの影響でベンチャーを身近に感じられたからです。自分も多くの学生にベンチャーをもっと身近に感じてもらえるよう、キャリアフォーラムなどを通じた活動を継続していきたいと考えています。

宮崎 僕がアメリカで見てきた例では、「カリスマ性があるわけでもない普通にいそうな研究者が起業し、自分でも手の届きそうな研究がエグジットした」というのが、周囲を起業に向かわせる一番の波及効果になっていました。日本でもいずれ、そうなってくると感じています。

水沼 IT系の起業はすでに増えていますよね。成功したIT系ベンチャーの社員たちが、「自分にもできそう」だと独立・起業して。成功事例が増えれば、起業も増えるわけです。バイオ系でも諸先輩方の中に成功事例が出てきましたし、我々もそれに続いて今の事業を成功させることで、若い博士の起業を後押ししたいですね。

市川 ライフサイエンス業界全体の発展のためには、起業にチャレンジする人以外にもVCや大学のTLOなどエコシステムの全てのプレイヤーの中に当たり前にPh.D.がいることが望まれます。技術を大きく育てるためには、育てる土壌側にも技術を理解できる人材が必要ですから。

宮崎 日本の研究者の環境や仕事に対するモチベーションや価値観も、少しずつ変わっています。今後、大企業の研究所からの転職も含めて博士の人材流動性がもっと高まると、面白いことになりそうです。

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mizunuma.png水沼 未雅 Ph.D. LINK-Jサポーター / Craif株式会社 最高執行責任者COO / わたし漢方株式会社 取締役

京都大学薬学部卒業、東京大学大学院 薬学系研究科にて博士号(薬学)取得、薬剤師。外資系製薬会社のメディカルアフェアーズ部門、外資系コンサルティング会社のヘルスケアプラクティス部門を経て、2017年にチャットボットを使用したオンラインカウンセリング医薬品販売サービスのわたし漢方株式会社を創業。2019年 Icaria株式会社(現Craif株式会社)に参画、エクソソーム捕捉ナノデバイスの研究開発と事業開発を推進。

ichikawa.png市川 裕樹 Ph.D. Craif株式会社 最高技術責任者 CTO / 名古屋大学 未来社会創造機構 客員准教授

東京大学大学院 薬学系研究科にて博士号取得。ケミカルバイオロジーを専攻し研究に携わる一方、米国のNPOにて開発途上国への医療テクノロジー導入も支援。2013年7月に外資系製薬会社に入社。MR、全社プロジェクトのPMO、マーケティングと経営企画のマネジャーに従事。2019年1月 同社を退職後、Craif株式会社に参画。

miyazaki.png宮﨑 勇典 Ph.D. ANRI株式会社 プリンシパル

大阪府出身。スタンフォード大学大学院にて生物学の基礎研究に従事後、日本の大手企業のアメリカ法人にて技術発掘・新規事業開発・海外企業との事業提携に携わる。その後、帰国し外資系コンサルティング会社で主にヘルスケアの新規事業に従事。2018年にANRIに参画。主にはバイオ系スタートアップの投資を担当。

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