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インタビュー・コラム

再生医療における課題を完全化学合成ペプチドで解決する 成長因子の代替ペプチドを開発するペプチグロース株式会社

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ペプチグロース株式会社は、東京大学発バイオベンチャーであるペプチドリーム株式会社と、三菱商事株式会社の合弁会社として、2020年4月に設立されました。細胞治療・再生医療等製品の製造に用いる成長因子代替ペプチドの開発に挑戦しており、すでに肝細胞増殖因子代替ペプチドなど、4品目の上市を達成しています。同社の独自技術である、完全化学合成による成長因子代替ペプチドは、品質や製造コストなど従来の成長因子の様々な課題を解決できることから、今後の再生医療および細胞治療のさらなる普及・拡大に対する貢献が期待されます。今回のインタビューでは、代表取締役社長を務める杉本二朗氏に、会社設立の経緯と現在のプラットフォーム、成長因子代替ペプチドの特徴、総合商社とベンチャー企業の関わり方などについて話を聞きました。

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杉本二朗氏(ペプチグロース株式会社)

「ペプチドリームの唯一無二の技術の横展開に貢献したい」と考えた

――ペプチグロース株式会社設立の経緯をお聞かせください。

ペプチグロース株式会社は、成長因子を代替するペプチドの開発・製造・販売を通じて再生医療および細胞治療の発展に寄与することをミッションに起業しました。設立にあたっては、三菱商事とペプチドリームが約6:4の割合で出資しています。実は、三菱商事とペプチドリームが組むのは初めてではなく、その接点は、2018年のペプチド原薬の受託製造会社(ぺプチスター株式会社)への出資まで遡ります。その当時から、三菱商事としてペプチドリームとの協業拡大を検討していました。ペプチドリームの技術が細胞培養にも応用可能であることを知り、グローバルにネットワークを持つ三菱商事と組めば、ゲームチェンジャーとなりえると考ました。そして約1年の構想期間を経て、両社共同で新たにペプチグロースを設立する運びとなりました。

個人的には、ペプチグロースのアイデンティティは、完全にベンチャーであると思っています。なぜなら、「成長因子を代替する機能性ペプチド」という世界に類を見ない革新的な製品を次々に開発し、グローバル市場に供給するという会社は、他に例がないからです。

――成長因子代替ペプチドとは、どのような技術なのでしょうか?

成長因子は、細胞治療や再生医療等製品の製造に欠かせない物質です。しかし、従来の成長因子は、大腸菌や生物細胞を用いて製造するため、製造ロットごとのバラつき、不純物混入のリスク、低い安定性、超高額な製造コストといった課題を抱えています。これに対して、我々の成長因子代替ペプチドは、完全化学合成によって製造するため、従来の成長因子と全く同じ機能を持ちながら、これらの課題を全て解決しています。現在は研究用途向けに販売を開始していますが、今後はGMPに準拠した製造も行い、再生医療等製品への販売に向けた準備も進めていく予定です。

――細胞培養に代替ペプチドを用いるという技術は、再生医療・細胞治療の世界を劇的に変えうると思いますが、この発想は、もともと世の中にあったのでしょうか?

ご存知の通り、再生医療等製品や細胞治療は高額で、中には数千万円に上る製品もあります。これらの製品の高コストの要因は、細胞培養に必要な培地が高いことであり、その培地コストの約4~6割を占めるのが成長因子です。したがって、成長因子が高コスト化のネックであることは、以前から広く認識されていました。しかし、低分子化合物などで数十種類の成長因子を代替することは技術的に難しく、高額な成長因子を使用せざるを得なかったのです。これに対して我々は、ペプチドリームの有するPDPSプラットフォームを利活用することで、それを可能とし、世界初の製品を次々と上市しています。

――ペプチグロース設立前から、杉本さんは医薬品開発に関わっていたのですか?

もともと大学で有機合成を研究していたことから、三菱商事では化学品グループに配属され、化学品を担当していました。その後も20年ほど、医薬品およびファインケミカルのビジネスを担当しました。ペプチグロース設立時は、三菱商事で医薬品部門のチームリーダーを務めており、担当者兼責任者の立場から、ペプチグロースの設立に関わりました。

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「ナチュラルリガンドから置き換える」との評価も

――現在の製品ラインアップを教えてください。

昨年8月に最初の製品(肝細胞増殖因子代替ペプチド)を発売して以降、約3カ月ごとに1製品ずつ発売しており、今年7月までに4品目を上市しました。最初に発売した製品については、お客様から「期待通りの結果が得られた」との声を頂いており、さらに複数の会社から「ナチュラルリガンドから置き換える」といった評価を頂戴しました。代替ペプチドを使用して製造された製品のファースト・イン・ヒューマンは、来年から再来年になると想定しており、今後はGMPに準拠した製品供給に向けて、準備に取り掛かるところまできました。

――細胞培養に必要な成長因子は何種類存在しますか?

まだ見つかっていない因子もあるでしょうが、ヒトの体内には細胞培養に関わる成長因子およびサイトカインが70種類以上も存在すると言われます。その中には、まだ作用機序が不明な成長因子もありますが、現状では40種類くらいの成長因子が、工業的に利用されています。そのうち、メジャーな成長因子は20種類くらいで、残りは比較的レアな使われ方をしています。

――代替ペプチド技術については、今後どれくらいのシェアを見込んでいますか?

細胞培養に用いる成長因子市場は、グローバル規模で400億円から500億円程度だと試算されており、今後も年間20%以上の伸びが期待されています。従って、10年後には2000億円にも市場が拡大する可能性があり、当社は新規に開発される細胞治療、再生医療等製品パイプラインの大半に採用されるべく、マーケティング活動を本格化しています。既に巨大市場である北米にも三菱商事の子会社を通じ複数の顧客に対しサンプル供給を開始しており、試用テストも好結果となっています。

「ナチュラルリガンド」からの置き換えで市場を開拓

――現在は4品目ですが、これからどこまで拡大を目指しますか?

年3~4品目を上市しながら、まずは20品目程度の上市を目指します。開発対象は、先ほど述べたメジャーな成長因子の20品目に留めるか、それ以外もフォローして40品目全ての開発を目指すかは、市場動向を見ながら検討します。例えば、使用頻度の少ない成長因子、サイトカインについて、市場からの要請があった場合には、特定の顧客と協働して代替ペプチドの開発も開始しています。それらの共同開発品目を含めると、20品目以上になるかと思います。

――開発の難易度はどのくらいなのでしょうか。

医薬品の世界では、新薬開発に成功する確率は3万分の1と言われますが、ペプチドリームが有する独自プラットフォーム技術を用いれば、成長因子を代替するペプチドを見つける成功確率を大幅に上げることが可能です。もっとも、前人未到の目標を達成することは容易ではなく、様々な試行錯誤を繰り返しています。例えばヒット化合物の探索後も、既存の成長因子と同じ機能を持たせるために膨大な最適化工程を行うなど、他社には簡単に真似できない作業を日々行っています。

――成長因子のペプチドを作るには、構造を解明する必要がありますね。メジャーな成長因子については、解明されているということですか?

その通りです。細胞の増殖や分化とは、細胞表面の受容体に成長因子が結合して細胞内でリン酸化が起き、それによって増殖や分化に関する様々なシグナルが伝達する現象ですが、それ自体はアカデミア等により解明されています。一方、リン酸化やシグナルの強度、化学的安定性、培地などへの溶解性などはペプチドリームの優秀な研究者達によって日々研究されています。既存の成長因子の代わりに合成ペプチドを結合させた場合でも、同じリン酸化が起きるのですが、その時のリン酸化とシグナルの強度も既存の成長因子と同程度にすることが望ましいのです。それを可能にしたのが、ペプチドリームの独自技術です。

――マルチプルに機能する、全く新しい成長因子をデザインすることも可能ですか?

バイオベター(従来品を改造したバイオ後続品)のように、より良い機能、例えば細胞内のシグナル強度が1.2倍になるような成長因子代替ペプチドの要望があれば、技術的には対応可能だと思います。ただユーザーの使い勝手や開発スピードとのバランスも鑑みてまずは既存の成長因子と同じ機能を持ったペプチドを開発、上市して、製薬産業に貢献していくことを目指します。

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米国の市場は日本の10倍以上と予測

――メインのターゲットは北米ですか?

その通りです。市場調査の結果、成長因子の市場は米国が圧倒的に大きいことがわかっているので、まずは米国を重点的に攻める予定です。世界の医薬品市場は約140兆円といわれており、うち4割強を米国市場が占めるのに対し、日本市場は8~9%なので、成長因子の市場についても、当初、米国市場は日本市場の5~6倍だろうと推測していたのですが、米国の顧客との会話やサンプル供給を通じて、実際には日本市場の10倍以上ではないかと感じています。

――米国では試薬の規制はどうなっていますか?

成長因子は人間の体内に存在するタンパク質であり、大腸菌や動物細胞を使って製造したとしても米国食品医薬品局(FDA)の規制対象ではなく、ドラッグマスターファイルへの登録も必要ありません。しかし、成長因子を細胞治療、再生医療等製品の原材料として使用する場合、FDAはGMPに準拠した管理を求める文書を出しており、最終製品である医薬品を製薬会社やアカデミアが申請した段階で、製造記録や製造の再現性などを細かく審査されるようです。

我々の場合は、既存の成長因子と同じ機能をもったペプチドを完全化学合成するので、従来の成長因子と製造方法が異なります。そのため、我々も慎重に確認を進めていますが、専門弁護士によると、考え方としては「いまある成長因子を代替するものなので、ドラッグマスターファイルの登録は不要だろう」との見解でした。一方で、細胞治療、再生医療製等製品に使用される際には当社もGMPに準拠した対応をしなければならないと判断しています。

――規制上、後発組が不利になることはありますか?

成長因子としてのタンパク質は人間の体内に存在することもあり、物質特許で保護されるわけではありません。従って、特許による参入障壁はありませんので、当社の機能性ペプチドが価格、安定性、生物由来原料基準対応、GMP準拠などでの競争優位性があれば、市場の置き換えは可能です。また、当社の機能性ペプチドは世界初の新規化合物ですので、物質特許が押さえられており、そういう観点でいうと、当社が先発会社と言えます。

地域だけでなく産業をまたいだ展開

――将来のプランはどのように描いていますか?

今は成長因子という「素材」を開発して販売し、再生医療・細胞治療をサポートすることに主眼を置いていますが、将来的には「三次元拡張」も考えています。つまり、横軸を米国、欧州、シンガポール、中国といった海外展開だとすると、縦軸は素材だけでなく、培地への展開、その先の製造受託業務および開発製造受託業務までの展開です。三次元という意味では、産業をまたいで培養肉、農業、細胞培養をベースとした診断薬などへの展開も考えています。中でも培養肉は、現在は既存の成長因子を用いて細胞培養をしているベンチャーが多く、コスト面で優位な当社の製品を採用頂くべく、膝を突き合わせた交渉を重ねています。

――ペプチグロースは三菱商事の連結対象ですが、その理由は何ですか?

もともと三菱商事は、仲介取引に加え、尖った技術を持つ企業に出資や合弁会社設立を通して協業、発展をしてきました。さらに最近では、自らリスクを取り、マジョリティ株主として事業経営を主導する機会も増えています。ペプチグロースについても、ペプチドリームの革新的技術の供与を受けつつ、三菱商事が新会社を立上げ、事業経営を担うこととしました。さらに三菱商事のネットワークを使い、ペプチグロース製品の世界展開も推進中です。

――今後の成長戦略について教えてください。

将来的には、M&Aや株式上場のタイミング、あるいは事業のオーナーに適しているかを冷静に見ていくことになるでしょう。三菱商事がペプチグロースの成長に資する親会社かどうか、あるいは他のオーナーに渡した方が持続的な成長が見込めるのか――。今はまだ検討する時期ではありませんが、10年後、20年後にはその時期が来ると思います。 

日本橋でも活動を展開しながら「将来は海外にも拠点を」

――現在の活動拠点について教えてください。

現在は日本橋ライフサイエンスビルディング7にあります。さらに、三菱商事のネットワークを通じて、米ニュージャージーや独デュッセルドルフにある営業拠点とも連携しています。研究開発については、川崎市にあるペプチドリームの研究所と緊密に連携し、GMP製造は原薬CDMOであるペプチスター(大阪)で行います。

――LINK-Jに参加した感想をお聞かせください。

当初は、東京丸の内にオフィスを構えていたのですが、本年8月にライフサイエンスの集積地である日本橋にオフィス移転をしました。実際に色々な人たちとコミュニケーションができて、情報のやり取りもできています。将来的には、海外にも活動拠点を置きたいと考えています。

sugimoto.png杉本二朗氏 ペプチグロース株式会社代表取締役社長/三菱商事株式会社 事業開発担当

1991年、京都大学工学部卒業、三菱商事・有機原料部配属。2度の米国駐在を経て、2008年帰国。
2013年、バイオ・ファインケミカル部 医薬品チームリーダー就任。

 

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