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インタビュー・コラム

iPS細胞から肺前駆細胞の移植に世界初で成功 呼吸器疾患に新たな治療法を加速させるHiLung社

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肺は常に外気の影響を受けることなどから、難治性呼吸器疾患に苦しむ患者が多い臓器です。そうした中で、ヒトiPS細胞の技術を用い、世界で初めてヒト呼吸器上皮細胞を大量に効率良く培養させることに成功したHiLung株式会社。今後は呼吸器疾患への創薬プロセスと革新的な治療法の確立を目指す代表取締役の山本佑樹氏にお話をお伺いしました。

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山本 佑樹 氏(HiLung株式会社 代表取締役)

肺再生医療の実現へ大きな一歩

――ご経歴を含め、HiLung創業の経緯について教えてください。

山本 私はもともと肺を専門とする呼吸器内科医で、最終的には呼吸が苦しくなって亡くなられていく患者さんを診察し続けてきました。有効な薬がないことに加えて、肺は一度障害を受けると再生能力が低くて元に戻りにくいのです。また、肺自体が特殊な臓器で、内臓でありながら呼吸する度に外気が入って外の環境にさらされ、環境公害や喫煙、COVID-19のようなウイルスなどと常に戦っています。研究面でも臨床面でも非常に難しい領域ですが、そこに挑むことにモチベーションを感じたことがベースとなっています。

2006年に山中伸弥教授が論文を発表されて初めてiPS細胞を知り、私は臨床しか知らなかったものの、これは将来的に臓器を再生できる技術になるかもしれないと思いました。ES細胞で研究が先行していた心臓や神経の領域では、すでに臨床を見据えた話を聞いていましたが、この技術によって肺の領域も劇的に変化するのではないかと直感したのです。また、臨床医としての経験を通し、肺の治療は既存技術では太刀打ちできず、根本的に治療法を変えるためには研究の力が大事だと痛感していました。そして研究に進むなら、まだ誰も手をつけていないことをやるべきだと考え、その思いとiPS細胞の研究が結びついた感じです。

――そこからどのように動いたのですか。

山本 私がiPS細胞に本格的に興味を持ち始めたのは、山中先生がノーベル賞を受賞される前年の2011年頃でした。でも、やりたいのは肺と結びつける研究でしたから、どこでやっているかを調べても、当時は肺の成功例が世界にもありませんでした。そんなとき、京都大学大学院に移っていた東京の臨床医時代の先輩から、同級生でiPS細胞研究をやり始めている人がいると聞き、早速見学に行きました。
そこで出会ったのが、この細胞を最初に開発し、弊社の創業メンバーで社外取締役でもある京都大学医学研究科 呼吸器疾患創薬講座 特定准教授の後藤慎平先生です。初めて会ったとき「肺はまだ誰も成功していないし、世界と戦うチャンスがある」と言われ、凄い人がいると思い、私も京都に移ってこれに懸けてみようと決意しました。

当時は肺の細胞を作る基盤技術が確立していなかったので、後藤先生を中心とした小さいグループで日夜実験を繰り返し、ようやく成果が出始めました。そして、学位論文を完成させた2017年。iPS細胞の肺への応用が遅れていたこともあって世界的にも注目が集まりました。

――確立した基盤技術を治療に役立てることが、次のステップになりますね。

山本 はい。ただ、実験室で確立した基盤技術を治療に役立てるまでには距離があります。世界をリードする状況になったとはいえ、実用化において海外との競合に勝てないことは他領域でも実感していました。手法としては、例えば企業との共同研究や産学連携はありますが、せっかく自分たちで育てた技術を世に広く出していくなら、自らやることが優れたアウトプットを生み出すと思い、大学発ベンチャーで実装させることにしたのです。

また、弊社の創業メンバーである京都大学大学院医学研究科 形態形成機構学教授の萩原正敏先生は、大学発創薬ベンチャーの創業科学者でもあります。実は、萩原先生には呼吸器のiPS細胞研究を後押しして頂いており、萩原先生から大学発ベンチャーとして世に出していこうと後押ししていただいたことも、創業に至った理由です。

社会実装するには駆け出しの技術で、修正しながら実用化させる技術開発者としての立場と、臨床医としての視点からゴール設定をすべき立場であることから、私自身が主導して起業する方向へ舵を切ったのが2018年頃です。アクセラレーションプログラム「BRAVE」に参加させて頂いたのもその頃でしたね。

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――BRAVEではLINK-Jからライフサイエンス賞を授与させて頂きました。

山本 あの頃は事業化についても何も知らない状況でしたから、大変よい経験になりました。共同創業者の伊藤俊介は、このプログラムを通じて出会いました。この受賞をきっかけにLINK-Jさんにサンディエゴのイベント(Biocom Global Life Science Partnering Conference)にも伊藤と一緒に連れて行ってもらったので、我々のチームに加わっていただく後押しになったと思っています。

――資金援助はどのように受けられていますか。

山本 2018年秋に京都大学のインキュベーションプログラムに採択頂き、加えて翌年秋にJSTのSTARTに応募して採択され、事業化のためのまとまった研究開発資金をいただきました。これによって学術的な研究から一歩進めて、事業化に値する技術の積み重ねができました。アプリケーションにつながる実証データもプロジェクトを通じて取得できたほか、最も大きかったのは人材の確保です。iPS細胞の培養は表に出てこないノウハウが大量に詰まっているので、技術移転が重要です。将来的にベンチャーに移籍する可能性がある研究者を大学のプロジェクトで集め、プログラム終了に応じてベンチャーに移籍するという形をとりました。

――技術移転は主に京都大学からですか。

山本 はい、京都大学より基盤技術に関わるライセンスを受けています。資金調達については、まだプレシードの段階なので、今年4月からまたグラントの支援を受けることに加え、複数企業との共同研究等によって自社の運転資金を得ている状況です。

様々なプロジェクトが進行している中で、特に大きなインパクトがあったのは、京都大学と東大発ベンチャーのセルファイバと弊社との共同プロジェクトです。私たちが作った肺の細胞を、セルファイバの技術を用いて大量に効率良く製造できるという研究成果を発表しました(プレスリリース)。肺は気道と肺胞に分かれていて、肺胞は呼吸による二酸化炭素と酸素のガス交換をする肺のメイン機能を担っています。その領域に、iPS細胞から分化させた肺前駆細胞をマウスの肺に移植して生着させることに、世界で初めて成功しました。現在もこの共同研究は続けていて、臨床応用を見据えた細胞の量産研究を行っています。

細胞の価値の最大化が3事業共通の核

――御社は、次の3つを事業の柱としていらっしゃいますね。これについて詳しくお聞かせください。
(1)研究開発ツール/呼吸器上皮細胞の受託生産や分化誘導方法の最適化の受託
(2)医薬品の研究開発
(3)細胞治療/再生医療

山本 (1)の研究開発ツールと(2)の医薬品の研究開発は、細胞モデルを使って薬効や安全性に関してヒトの肺で起こる現象が再現可能かどうかを研究しています。医薬品がヒトに投与され、PoC(Proof of Concept)を取って最終的には臨床に活用することを目指していますが、事業の核となるのはベースの技術である細胞の「価値の最大化」です。医薬品の研究開発というと化合物などの開発で、私たちが目指す細胞の価値の最大化とは一見離れているように思われるでしょう。私たちの作った細胞がヒトに有効であると実証するためには、医薬品を出す必要があり、それを私たちが最初に成功させることこそ意味があります。ですから弊社の細胞技術の価値をきちんと証明することも含め、医薬品の研究開発にもコミットメントしています。ただ、弊社には化合物ライブラリーがないので、他社との協業ベースで展開しています。非臨床の開発に関してはAMEDの希少疾病医薬品指定前事業の支援も受けて進めています。

――3本の事業柱のうち、ビジネスに占める割合を教えてください。

山本 最もお金をかけているのは細胞を作るための研究開発で、公的グラントの支援も受けています。NEDOのプロブラムのほか、AMEDからはCOVID-19の感染症モデルに関する支援をいただき、研究員のエフォートの大半はそちらに割いています。また、医薬品開発にかかる桁違いのお金は今後も増えていくでしょうし、臨床にも莫大な資金が必要になるため、そこを見据えて投資家に相談しています。

一方で会社の資金を増やすという観点では、受託での細胞アッセイ、あるいは企業の共同研究としての形で収益化を図っていきます。研究でも事業でもまずお金になっていくのは、研究開発ツールと考えています。今後目指すべきは(2)と(3)で、そこに桁違いのお金がかかると事業のステージが変わってきますが、まさにいまがその移行期です。弊社は2021年7月から第2期に入り、そのタイミングで私が代表になりました。第2期では、(1)の事業化に加え(2)と(3)に関連する領域への移行のための資金調達や事業計画を出していく予定です。

――次の課題は(2)と(3)をステップアップさせることでしょうか。

山本 もちろんそれもありますが、ステップを変えていくというのは細胞の分化誘導方法といった基盤技術をより進化させることと同軸です。技術を進歩させ高品質の細胞を生産することが最終目標ですが、その過程で研究・臨床も共に効率的に良い品質の細胞を作ってアプリケーションを拡大する。研究開発のこの大きな軸は3つの事業全てで変わりません。

第2期の課題の一つは、特に品質管理システムを進化させることで、大学にはないアイデンティティを確立したいと考えています。もう一つは、様々な企業との連携や協業の中でアプリケーションを拡大し、顧客を獲得することです。
私たちにとってのメルクマールは、どこをゴールにするかによって全く変わってきます。臨床に使う細胞治療はヒトに対して安全でかつ効くことに集約されるので、過程の技術的な進歩よりも、そこにどう持っていくかが大事です。ただし、最低限クリアするべきメルクマールはあり、例えば細胞治療の中でどれくらいのスケールでワンロット作るのかといった基本的なことはいまの技術レベルでは難しいため、セルファイバ社をはじめ様々な技術を採り入れながら自社でも開発を進めています。

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世界の研究機関が認めた技術力

――競合状況について教えてください。

山本 iPS細胞から肺を作る技術を事業として展開しているところは、私の知る限りまだありません。その手前の細胞を扱う会社はありますが、iPS細胞で肺の細胞を作っているのは私たちだけだと思います。一方、作る技術に関しては、私たちが始めた頃は欧州でもやっていましたが、継続的に成果を出している学術機関は米国のチームが中心です。

――それだけ難しいということでしょうか。

山本 技術的に難しいこともあり、呼吸器疾患に注目している国内の製薬企業は少ないです。
またiPS細胞関連の競合というより、肺から細胞を採ってオルガノイドを作る技術は肺の領域でも進歩してきています。一つ体験談をお話すると、オルガノイド創始者のハンス・クレヴァース教授が来日して私のポスター発表を見たとき、「オランダの施設でも肺の研究をやっているが、非常に難しく凄い研究だ」というコメントをいただきました。さらにハンス教授のラボを含む研究チームが様々な施設のプロトコールと比較すると、京都大学のプロトコールの再現性が良かったという記載がある異例の論文が出たり(Zhou J et al., PNAS, 2018)、最近ではベーリンガーインゲルハイム社が私たちの分化誘導方法を再現して用いた論文をドイツから出しました(Bluhmki T et al., Scientific Reports, 2021)。このように世界的にも私たちの技術が優れていることが証明されてきています。

――COVID-19に関連する研究にAMEDから資金がついたことで、仕事は増えましたか。

山本 研究資材の調達など、モノによっては遅れが出て今年はダメージがあった反面、細胞に対するニーズが広くわかりやすい形で見えてきたことは、ビジネス面では一つのチャンスです。日本は治療薬やワクチンの開発で後れを取っているので、私たちの技術で世界に貢献したいと考えています。

また、AMEDの支援を受け、弊社の細胞モデルを用いてin vitroの薬効モデルとしての有用性を確立していくプロジェクトも行なっています。特にCOVID-19に対して医薬品シーズを持つアカデミアに細胞提供して薬効評価試験を行い、医薬品開発のヒューマンバリデーションといったデータ取得に貢献したいと思っています。その中で私たちも実証を重ねつつ、医薬品開発にある程度コミットメントすべく進めています。

海外との連携を深め、世界での展開を

――HiLungを創業し、アカデミアからビジネスの世界に踏み出されていかがですか。

山本 臨床医や研究者としての活動と、それを大学で事業化していく活動で得た知識や経験を活かせている部分が多いと感じています。小さくても一つの組織を引っ張っていくためには、自分が動かなければ何も進まないし、それはいままでとは大きく異なるものの、私自身はその方が楽しいですね。資金繰りやファイナンスなど大学にいたときは知らなかったことも、自らを厳しく追い込みながら結果に対して後悔しない努力はしていきたいと思っています

――世界に先んじている状況であれば、米国で展開した方が資金調達の規模も大きくなると思いますが、いかがでしょうか。

山本 そもそもこの技術の研究に従事し、大学発ベンチャーとして世に出していく動機の一つになったのは、後藤先生と出会ったときに「世界と戦える」と言われたことです。だからこそ京大発の技術を企業として広くやっていく意味もあると思っています。また、前述したように外資系企業の方が呼吸器に注目していることが多く、海外に広げたい思いは強くあります。

もう一つのきっかけは、COVID-19の感染症のモデルでサンディエゴのサンフォード・バーナム医学研究所と国際共同研究を行ったことです。その成果が今年1月に発表されたこともあり、こうした形で連携を深めながら海外展開も検討しています。特に医薬品開発では資金規模的にも米国での調達を考えた方が、将来の成功率や事業のスケールは拡大します。国際的な支援など様々な方策を探りつつ、米国に出ていく気持ちを強く持って臨んでいます。

COVID-19の研究でも米国とのコラボレーションで実情を知りましたが、スピード感が違うし、色々な人が加わってどんどん研究の規模が大きくなり、様々な人たちがサポートに入ってきます。細かい利害関係は取りあえず置いて、まずはここを押さえようという到達点と、そのプロセスの最短距離への判断が全く違います。そうした人たちと渡り合っていくためには、いまとは違う感覚で研究開発もビジネスも捉えていかなければならないと実感しています。

1R6AS6269_5.jpg山本 佑樹 HiLung株式会社代表取締役

呼吸器内科医師、医学博士。呼吸器内科として臨床を続ける中で、難治性呼吸器疾患の医療革新を目標に、京都大学にてiPS細胞を用いた肺再生研究に従事。その成果を呼吸器疾患医療に応用するため、2020年 HiLung株式会社を設立。同年7月より現職。日本呼吸器学会呼吸器専門医、日本再生医療学会再生医療認定医。

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