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インタビュー・コラム

医療革命の先駆者: AIRS Inc.が切り拓く革新的「骨折手術用AIロボット」

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医療業界は技術の進歩により絶え間なく変革を続けています。しかし骨折手術には依然として多くの課題が存在します。これらの課題に革新的な解決策を提供しているのが、韓国出身のスタートアップ、AIRS Inc.です。

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右:SANGHYUN JOUNG氏(AIRS Inc. CEO)

AIRS Inc.は、アジア各国・地域から選ばれた起業家が競う、柏の葉を舞台としたイノベーション・アワードである「アジア・アントレプレナーシップ・アワード2023」のファイナリストとして最終プレゼンに挑み、一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)が協賛するライフサイエンス賞を受賞しました。 同社が開発したAIロボットは、手術の精度と効率を大幅に向上させることで、骨折手術の課題に挑んでいます。AIRS Inc.の取り組みは、医療の進化において重要な役割を果たしており、技術と熱意がどのようにして医療の未来を形作るかということを示す、興味深い事例となっています。

本記事では、AIRS Inc.の大学での研究からビジネスの世界へと踏み出し骨折手術用の革新的なAIロボットを開発した経緯、AIとロボットデバイスが融合したことによる医療の未来を形作る展望、AEA参加で得ることのできた成果、などについて創業者でありCEOのSANGHYUN JOUNG氏にインタビューで伺った内容をご紹介します。

AIロボット革命の背後にある起業ストーリー〜大学研究から医療イノベーションへ

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―― AIRS Inc.を立ち上げた経緯、起業のきっかけを教えてください。

大学時代、私は「技術によって人々の生活を良くしたい」という想いで医療用ロボットの研究開発に専念していました。しかしアカデミックの分野では、これらのイノベーションを実用化することが難しいことがしだいに明らかになってきました。私たちのロボットシステムは医療機器のカテゴリーに属するため、人への応用には政府の承認が必要で、大学内では実現できない試みだったのです。

そのため、開発した技術を企業に譲渡することを考えたのですが、こちらの道にもそれなりのハードルがあることが分かりました。というのも、テック企業の中には、専門知識があるにもかかわらず、医療機器承認の複雑な手続きを踏むことに躊躇する企業も多くあります。また、医療関連企業でさえも技術の複雑さを理由に、慎重となってしまう傾向にあるのです。

しかし、これらの障壁が私を「起業」へ向かわせました。この重大な方向転換が、規制を乗り超え、かつ技術的な課題に必要な独立性をもたらしてくれたと考えています。起業することがイノベーションの実用化を推し進め、必要としている人たちに良い影響をもたらす唯一の方法だったのです。

骨折手術革新: AIロボットによる新しいアプローチ

――手術用AIロボットの中でも「骨折手術」に特化した理由は何になりますか?

日本での博士課程在学中、私は素晴らしい整形外科医と密接に協業するチャンスに恵まれました。この時、骨折手術のための補助ロボット器具を紹介され、情熱に火が点いたのです。その後私は「ロボット支援による骨折手術」を専門分野とし、博士号を取得することとなりました。

骨折手術は複雑で危険なものであり、患者と医療従事者双方の満足を保証するソリューションが必要です。骨折を回復させるために重要なのは、折れた骨を正確に整復し、治癒を早め、再入院を減らすことです。私は、ロボットデバイスがこれらを実現するための支援を提供できると考えました。

AI統合ロボットシステムは、骨折手術におけるニーズを解決する最も有望な手段であると言えます。このシステムでは、パワーアシストと正確な動きを提供することにより、外科医が骨片を正確に整列させ、骨折した骨を適切に固定することをサポートします。私がこの分野に専念しているのは、ロボットシステムにAIを統合することが手術結果を改善し、骨折手術領域に変革をもたらすベストな方法だと強く信じているからです。

競合を凌ぐソリューション: AIRS Inc.の独自性と優位性とは

――競合の手術用AIロボットとの違い、強みはどのような点になりますか?

私たちのロボットシステムは、シームレスな手術を実現できるよう綿密に設計されており、それが他社と大きく異なる点です。主な特徴として、アクチュエータ部品が取り外し可能なため、滅菌しやすく、骨折した骨に迅速に取り付けることができます。これにより無菌の手術環境を確保することができます。また、ロボットの装置部品は放射線透過性材料で構成されているため、鮮明な透視画像を得ることができます。このことにより外科手術中に骨の構造をくまなく見ることができるのです。

従来のシステムとは異なり、私たちのロボット装置は、6つの自由度を持つスチュワート・プラットフォームを採用し、さらに回転度を追加しています。この技術革新により、整復範囲が広がり、装置の適応性と精度が向上しました。ナビゲーション・システムは、骨片間の3次元的な関係を視覚化するだけでなく、ロボット装置とシームレスに同期しながら、理想的な位置と整復経路を確立してくれます。

また、私たちのシステムにとって重要なのは、皮質骨の固定を促進するように独自に設計された固定デバイスであり、取り外しの必要なく内部固定を可能にします。これらの技術は世界中で約30件もの特許を取得しています。

もちろん、イリザロフ法のように骨の変形を矯正する器具は存在しますが、手作業が必要で、骨折手術に必要な精度に欠けています。他の研究グループでは、このような手術のためのロボットシステムの開発段階にあります。私達がすでに販売している骨折手術用ロボットシステムは、世界でも類を見ないものだと言えます。本システムは、技術革新と実用化のギャップを埋めるものであり、機能と外科手術への実装へのスピードによって、骨折手術に革命をもたらすものであると言えるでしょう。

――患者や医療従事者にとってのこれまでの「骨折手術」においての課題と、AIRS Inc.の手術用AIロボットが解決できることを教えてください。

皆さんにとって、骨折手術の手順は比較的シンプルに見えるかもしれません。しかし実際のところ、骨折の手術は繊細な操作や体力、特殊なリスク管理が必要とされる複雑な手術なのです。

外科医はまず、骨折した骨片を正しく整列させることから始めます。二次元のX線画像を用いて骨折した骨を整列させるのは大変な作業であり、骨を適切に縮小させるためには300N(ニュートン)もの持続力が必要です。しかも長骨骨折手術の8%は、整復の失敗により再入院を余儀なくされています。さらに、Cアームによる透視を伴う整形外科手術では、放射線被曝の懸念が根強く、手術に複雑さだけでなくリスクをもたらしているのです。

AIRS Inc.は、洗練されたロボット装置、高度なナビゲーション・システム、専用の固定装置を特徴とする包括的なソリューションを開発しました。当社のロボット技術は、外科医が極めて高い強度と精度を持って骨を整列させることを可能にし、ナビゲーション・システムが、骨の位置をリアルタイムで視覚的にフィードバックし、手術中の精度を高めます。固定装置は、骨片をロボットプラットフォームにしっかりと固定・連結し、手術中の安定性を確保します。

臨床試験によれば、当社のロボットシステムは、骨片の正確な位置合わせを確実に行いながら、放射線被曝を10分の1に減らすことができると予測されています。さらに、外科医の手術室滞在時間を大幅に短縮する可能性があり、その結果、病院にとっては労働力の削減によるコスト削減にもつながり、患者にとっては手術成績が向上し、追加手術が必要になる可能性が低くなります。

臨床試験からグローバル展開へ: AIRS Inc.の戦略と挑戦

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――韓国国内で臨床試験を行っているとのことですが、評価はいかがでしょうか?

韓国でロボットシステムを導入する過程で、私たちは幸運にも、臨床試験を必要とせずに医療機器の認可を得ることができました。私たちのシステムがクラスⅡに分類されたことで、韓国FDAとの対話が可能となったのです。そして、臨床的有用性を示す動物研究データによって裏付けられたことによって、当社のシステムは承認を得るに至りました。 動物実験では、4人の整形外科医が合計32症例の臨床試験を実施したのですが、16症例はマニュアルによる整復で、残り16症例はロボット支援によるものでした。これらの実験において、整復の精度と放射線量を比較した結果、ロボット支援を利用することで、整復プロセスにかかる時間と、角度、回転に関する誤差を減らすことができるという大きな利点が明らかになりました。さらに、ロボットシステムを使用することで、放射線被曝量が目に見えて減少することも分かったのです。

これらの結果をもとに、私たちは現在、国内3つの病院と海外の1施設との共同臨床試験の準備を進めています。目下の目標は今年中に人を対象とした臨床試験を行い、さまざまな知見を収集することです。私達の研究が、実際の臨床現場における当社のロボットシステムの有効性と安全性について、貢献することを期待しています。

――病院との協業の成果について教えていただけますか?

私はこれまで、医療の世界、特に整形外科医との強いつながりを持つチャンスに恵まれてきました。日本では、東京大学医学部附属病院や大阪大学医学部附属病院といった一流大学病院の教授たちと共同研究を行ったこともあります。このような機会を得られたのは、言うまでもなく日本での指導教官のサポートがあったおかげだと思っています。

その後韓国に戻り、国立慶福大学病院のパク・イルヒョン教授から共同研究の誘いを受け、これが私の韓国でのスタートとなりました。韓国では韓国コンピュータ支援整形外科学会の学術委員を務めるなど、さまざまな立場で整形外科医と関わることができ、私にとってとても有益な経験となりました。世の中のニーズや革新的なアイデアに対する学会の洞察力が、私たちの製品開発に大いに役立ったことは間違いありません。

そしてこの共同研究の成功例のひとつが、私たちの骨折手術用ロボットシステムでした。開発と検証を繰り返しながら、フィードバックに基づいてプロトタイプを改良し、臨床的な妥当性と有効性を確保することができました。共同研究に関わった専門家達は、私たちの製品の実用性とさらなる改良を検証するための最初のユーザーとなるべく、準備を進めています。

当社の体制についてお話しますと、まず、2人の医師を取締役とし、株主でもある8人の医療スタッフに支えられています。また、海外の医師とのネットワークを構築し、共同研究を進めています。現在、私たちは複数のプロトタイプを作成中で、将来を見据え製品ポートフォリオを拡大しています。このような協力関係は当社の成長戦略のベースとなっており、継続的なパートナーシップは市場における当社の地位を固め、事業拡大とイノベーションを促進すると信じています。

――日本およびグローバル市場への展開について、優先順位の高い国・地域と、進出にあたって克服すべき課題を教えてください。

私たちは、米国や日本といった主要市場への進出を戦略的に検討しています。米国については、FDAの規制に準拠した支社を設立し、臨床試験を実施し、一流の整形外科医との関係を育むことに重点を置いています。世界第4位の医療機器市場である日本は、外科医が先駆的な技術に興味関心が高いため、非常に有望であると考えています。私たちの目標は、臨床試験、研究開発協力、規制遵守、強力なマーケティング戦略にわたるパートナーシップを形成し、これらの市場に参入することです。

当面は、国際展開に不可欠である強力なパートナーシップを確立することにフォーカスします。私たちのローカライゼーションとライセンス供与の目的に共感してくれる外傷外科のキーパーソンや信頼できる現地パートナーとのつながりが最も重要だと考えているからです。私たちは、韓国スタートアップ・センターやD.Campのような組織が促進するさまざまな国内グローバル展開構想にサポートしてもらいました。また、JETROが提供するネットワーキング・プログラムにも積極的に参加し、日本における潜在的なパートナーシップを構築する機会を多く作ることを目指しています。

――プロダクト開発や事業推進のなかで苦労したことがあれば教えてください。

私たちの開発のゴールは、骨折手術のための次世代システムを作ることです。ワイヤレスロボット装置と超音波画像ベースのナビゲーションシステムを統合するところが鍵となります。この全く新しいシステムは、操作性を向上させ、パワーと精度を維持しながら、放射線に代わる画像提供方システムを提供することができます。また、生産コストを最適化するために、システムの小型化も目指しています。

同時に、信用性を高めるためには、信頼できる国内臨床試験を実施することが不可欠です。そして、効果的なプロモーションを行うためには、ターゲットとなる各国の主要なオピニオンリーダーとのコネクションを確立しなければなりません。私たちは既に、グローバルに製品を紹介し、ハンズオンプログラムを実施する万全の体制を整えています。

医療機器の海外における認可という複雑な状況を乗り切るというハードルもあります。それぞれの国にはその国独自の規制の枠組みがあり、認可取得は極めて困難なプロセスとなります。また、海外でのライセンス取得、臨床試験、プロモーション活動にかかる費用など、財政的な側面にも課題があります。

これらの課題を解決するためには、信頼と力で築かれた強力なパートナーシップが必須であることが明らかです。

AEA参加のインパクト: メンタリングとネットワーキングが促進するAIRS Inc.のイノベーション

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――AEAに参加することとなったきっかけは何になりますか?

JetroソウルからAEAを紹介され、参加を勧められたことがきっかけです。しかも、私が博士号を取得するために通った「柏の葉キャンパス」で開催されるということで、大いに興味をそそられました。また、このプログラムに参加することは、ネットワークを広げ、他の参加者と関係を築く絶好のチャンスであるとも考えました。AEAの卒業生のコミュニティは刺激的で、私たちの参加を後押ししてくれました。さらに、私たちの製品を日本で紹介できる絶好の機会であり、AEAに参加することを決めたという経緯です。

――AEAに参加した成果や感想について聞かせてください。

AEAに参加したことは、さまざまな面において充実した経験になりました。尊敬するスタートアップのアクセラレーション・メンターとの関わりは、非常に貴重なものでした。彼らのアドバイスによって、ベンチャーキャピタルの期待に沿うようプレゼンテーションが洗練され、ピッチを大幅に向上させるための指針となりました。また、2回行われた包括的なメンタリングは、私たちの拡大戦略にとって素晴らしい洞察を与えてくれました。審査員の実践的な質問とコメントが私たちのビジネスを効果的に拡大するための貴重な方向性を示してくれたことも、AEAに参加した大きなメリットです。

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さらに、AEAというプラットフォームは、私たちの会社や製品を新規のカスタマーへ紹介する扉を開いてくれました。私は、本アワードへの出場やメディアへの露出が市場の認知度と成長の有望な機会につながることを期待しています。

AEAというプロジェクトは、業界内での当社の拡大と発展に不可欠な人脈を築き、成長するための礎石となるものです。AEA は、当社のビジネスの軌道にとって極めて重要な貴重なガイダンス、洞察、ネットワーク構築の展望を与えてくれたと考えています。

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