株式会社レボルカ(以下、レボルカ)は、抗体製剤などのバイオ医薬品の構造最適化技術を通じて、新たな創薬に挑む、東北大学発のバイオテックです。独自の進化分子工学×人工知能技術を用いることで、現在のバイオ医薬品が抱える様々な課題の解決に挑戦しています。今回のインタビューでは、創業メンバーの1人である片岡之郎氏(代表取締役社長)に、設立の経緯、独自技術である「進化分子工学×人工知能」の特徴、今後の課題と展望などについて、話を聞きました。
外部企業との共同契約を通じてバイオ医薬品の構造を最適化
――株式会社レボルカについて教えてください。
レボルカは、梅津光央先生(東北大学大学院工学研究科教授)が開発したタンパク質設計技術をベースに、昨年4月に起業したバイオテックです。社名は、ラテン語の「進化(evolutio)」と、アイヌ語の「育てる(reska)」を組み合わせた造語に由来します。創業メンバーは、開発者である梅津先生と中澤光先生(同大准教授)、それに私の3名です。本社は日本橋ライフサイエンスビル7にあり、さらに東京都内と東北大学内にラボを保有しています。今後の海外展開を見据えて、今年9月には米国・ボストンにも事務所を開設しました。
レボルカの基本方針は、コラボレーションです。すなわち、外部の会社と共同研究契約を結ぶと、タンパク質の構造設計の最適化をレボルカが担当し、相手の会社がその後の開発を担当します。現在は、2つの自社開発プロジェクトと、1つの共同開発プロジェクトが進行中です。2つの自社開発プロジェクトについても、ライセンスアウトを前提としており、いずれも外部とのコラボレーションを前提に、事業を進めています。
――事業方針としては外部との共同研究が中心になるのでしょうか。
その通りです。もし自社単独で製品開発まで目指すとなれば、さらに多額の事業資金が必要になります。それに、私たちの目標は「レボルカの技術を用いた製品を、患者さんのもとに届けること」であって、それは臨床開発や販売戦略に長けるビッグファーマに任せた方が、より最短距離で実現できるはずです。したがって、多くのビッグファーマとコラボレーションを組むことが、私たちの目標の達成にもつながると考えています。
――片岡さんはどのような経緯で起業メンバーとなったのですか?
もともとはキリングループの医薬品部門で、抗体医薬の創薬研究やライセンス業務などを担当していました。キリン退社後は、ビフィズス菌の特性を利用した抗がん剤を開発する、株式会社アネロファーマ・サイエンスで事業開発を担当しました。バイオ医薬品領域における、欧米のビッグファーマに対する日本の製薬産業の遅れについて、どうすれば彼らに追いつくことができるのか?というテーマで研究をしたこともあり、その経緯から本(伊丹敬之著『技術経営の常識のウソ』、日本経済新聞出版)の一章を執筆したこともあります。
起業メンバーの1人でもある梅津先生とは、アネロファーマ時代にも一緒に共同研究をしていたことから、レボルカを起業する前から既知の仲でした。進化分子工学に人工知能を応用する梅津先生の研究は、以前から注目度が高く、学会などの場で発表すると、多くの企業関係者から問い合わせがあったと聞いています。梅津先生も、その頃から医薬品や診断薬、食品用酵素などの産業応用性に着目しており、起業を志望していたようです。そして起業にあたって、過去に共同研究をしていた私に、お声をかけていただいたというわけです。
過去の仕事の経験上、米国のベンチャー企業家たちが、非常に速いテンポで決断していく状況を目にする機会も多く、当時から「いつかは自分で起業をしてみたい」と考えていました。なので、梅津先生から起業のお誘いを受けたときは、「是非やりましょう!」と二つ返事で快諾しました。それがレボルカの始まりです。
治療効果を変えることなく製剤濃度を変えることも可能に
――進化分子工学とはどのような学問なのでしょうか?
進化分子工学とは、突然変異と淘汰による進化という過程を実験室で再現することで、核酸やタンパク質の機能を改良する、いわば進化のプロセスを人工的に促進する学問です。世界的にも注目されており、2018年には米英の専門家3名が、ノーベル化学賞を受賞しました。医薬品業界でも、タンパク質医薬品などのバイオ医薬品の開発に応用されています。たとえばビッグファーマは、ランダムに変異を導入してライブラリーを作製し、そこから数千、数万のサンプルを調製した上で、ロボティクス技術で自動選別する「ハイスループットスクリーニング(HTS):膨大な候補から有用な物質を高効率で選別する技術」という高額な設備を導入して、タンパク質の構造の最適化を行っています。
レボルカは、進化分子工学と人工知能の組み合わせで、従来のハイスループットスクリーニングよりも低コストかつ短期間で、さらにライブラリーにすら含まれていない全く新たな構造も含めてタンパク質の構造を高度に最適化する技術の開発に成功しました。具体的には、まずは配列空間を設計したうえで、ランダムな変異導入で少数の変異体を作成し、変異体のデータを用いて機械学習を行います。その結果、どの変異を加えると、どのような特性を獲得できるか、機械学習を主とした人工知能の計算で求めることが可能になりました。実際は、計算通りの特性を獲得しているかを実験でも確認しますが、ほぼ1回の検討で希望の特性が獲得できます。
――株式会社レボルカの技術を用いると、どんなことが可能になりますか?
残念ながら、技術の詳細は公開できませんが、タンパク質のもつ様々な特性~たとえば、安定性・凝集性・結合特性など~の同時最適化が可能です。その特徴から、特にリード最適化において重要な技術になると考えています。事実、現在の医薬品開発にかかるコストの約2割は、リード最適化の工程に要することから、最適化工程の合理化は非常に重要です。さらに医薬品で開発する場合は、有効性と安全性以外の特性も重要です。たとえば、製品は冷蔵保存より室温保存できる方が望ましいし、生産性が低いと大量生産には向きません。
タンパク質医薬品を含むバイオ医薬品市場は急成長しており、ブロックバスター(年間の売上高が10億ドルを超える大型新薬)と呼ばれる製品も、数多く開発・販売されています。それらの大ヒット製品でさえ、私たちが再検討してみると、構造の設計にまだまだ改良の余地が見られるケースが、多々見られます。そこで現在は、東北大学との共同研究を通じて、既存のバイオ医薬品の構造最適化という研究にも着手しています。
――ブロックバスタークラスの製品でも、まだまだ改良の余地があるのですね。
たとえば、現在のバイオ医薬品は、1回あたりの投与量が多いため、どうしても点滴静注製剤が中心となって開発が進むことが多いです。しかし、利便性を考えると、投与量の少ない皮下注射剤や自己注射剤の方が、ずっと良いはずですし、実際に製薬会社もそのような製剤開発に挑戦しています。ところが、ただ製剤の濃度を高めるだけでは、凝集体(薬理作用の低下や免疫原性の原因と考えられる現象)の発生リスクも上昇します。そこにレボルカの技術を活用すれば、好ましい特性を変えることなく、高濃度でも凝集体が発生しにくいという特性を追加できます。それが実現すれば、皮下注射剤や自己注射剤の開発の道も開けますし、結果的に治療の質の改善にも貢献できると考えています。
さらに、すでに承認され臨床で利用されているバイオ医薬品の改良を目指す場合、結合部位や結合力など、治療効果に直結する特性は、企業側もなるべく変えたくありません。レボルカの技術を使えば、治療効果に関する特性は変えずに、生産性や安定性、免疫原性の回避といった特性を最適化することも可能です。また、高い治療効果に反して安定性が低く、逆に安定性を改善すると治療効果が低下するといった、有効性と安定性がトレードオフの関係にあるような場合でも、レボルカの技術を使えば、両者の特性を同時最適化できます。
――現在の特徴を残したままで、新たな課題を解決できる。素晴らしい技術ですね。
もっとも、人工知能と機械学習に関する詳細なノウハウは企業秘密であり、ブラックボックスにする必要があることから、説明には苦心しています。以前、他社との面談で私たちの技術を紹介したところ「イッツマジック!」といわれてしまいました(笑)。したがって、いまは成功例の蓄積が最重要課題だと考えています。
ビッグファーマの開発計画にどう食い込むか
――現在の課題は何だとお考えですか?
レボルカのタンパク質設計技術には自信を持っていますが、ビッグファーマに導入されるには、また別のハードルがあると考えています。すなわち、多くのビッグファーマは、すでに相当の投資をしてハイスループットスクリーニングを導入しています。そこに私たちが「レボルカの技術を使えば、低コストかつ短期間で構造最適化が可能になります!」と紹介しても、渉外担当者は納得しても、その先の社内のコンセンサス形成が容易でないことは、想像に難くありません。その壁を乗り越えるだけの実績の蓄積が、目下の課題といえます。
――コラボレーション事業が中心となると、相手の会社との相性も重要ですね。
その通りです。レボルカの技術は、既存のバイオ医薬品の特性を改良して磨き上げる、いわばベスト・イン・クラスを目指す開発戦略において、重要となる技術です。特に今後は、多くのバイオ医薬品の特許期間が終了することから、既存のバイオ医薬品の構造最適化による第2世代薬の開発は、ビッグファーマにとっても重要な企業戦略になりうると考えています。さらに、バイオ医薬品の設計において、リード最適化の工程は、その後の開発の結果を左右する重要なポイントであり、この段階でしくじると、その後の全ての開発計画が水泡に帰する結果となります。その意味では、ビッグファーマに限定せず、たとえば事業資金が潤沢な米国のベンチャー企業など、これから新たに創薬に挑戦する人たちとコラボレーションを組み、成功事例を蓄積していく必要もあると考えています。
現在、社内には2つの自社プロジェクトが進行中ですが、これらはレボルカの優れた技術をPRするという側面もあります。レボルカの技術、特に人工知能の部分は企業秘密であって、その詳細は公開できません。そこで、実際のプロジェクト事例を見てもらうことで、将来パートナーとなりうる企業に「自社のリード最適化にもレボルカの技術を使いたい」と思ってもらえるように、モデルケースとしての開発を推進しています。
――今後の展望についてもお聞かせください。
今後は海外市場も視野に入れて、活動を展開していく予定です。というのは、現在のバイオ医薬品市場は海外のビッグファーマの寡占状況にあって、私たちの技術を広く活用してもらうには、彼らとのコラボレーションが不可欠だからです。今年9月には、海外展開の窓口となる事務所を、米国・ボストンに開設しました。すでに今年だけでも3回ボストンを訪問し、製薬会社との面談も順調に進んでいます。もっとも、最近はボストンをはじめ米国のインフレが著しいこともあり、本格的な開発拠点の展開などは、まだ先の話になりそうです。
ヒトを結ぶネットワークから思わぬビジネス展開が生まれる
――最後にLINK-Jに対する期待などについてお聞かせください。
LINK-Jとその活動方針については、設立当初より存じ上げていました。レボルカの活動拠点として日本橋ライフサイエンスビル7に入居したときも、その後のスタッフ増員に伴うスペースの拡大にも、フレキシブルにご対応いただき、大変感謝しています。ここ2年ほど、新型コロナウイルス感染症の蔓延を受けて、イベントなど様々な活動が制限されていますが、それでもセミナーの開催などを通じて、メンバー同士のコミュニケーションの促進も図られており、ヒトとヒトを結ぶネットワークも広がってきました。
「一見さんお断り」ではないですが、新しい会社がビッグファーマと仕事をするのは、大変です。情報収集の一環として話を聞いてくれても、実際に契約まで至る例は、まだ限られています。その一方で、担当者同士を結ぶ個人的なネットワークがあると、そこからトントンと話が進展することもあります。だからこそ、ネットワークが重要なのです。LINK-Jには、今後もヒトとヒトを結ぶネットワーキング活動に期待しています。
1985年にキリンビール株式会社に入社。G-CSF製剤プロジェクトなどに関わる。その後、東京大学分子細胞生物学研究所に国内留学し、1995年には薬学博士号を取得。会社に戻ると、抗体医薬グループで創薬研究などにたずさわる。2015年に協和発酵キリンを退社。同年、株式会社アネロファーマ・サイエンスの事業開発部長に就任する。2021年4月には株式会社レボルカを共同で創業。代表取締役社長に就任し、現在に至る。