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インタビュー・コラム

第6回 臨床工学技士の力で発展途上国の医療を支援 神奈川県立保健福祉大学推薦「株式会社Redge」

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医療機器、デジタルヘルス、ヘルスケアサービスなどの領域でビジネス化に挑戦する研究者とその事業化チームを応援する「LINK-Jアカデミア発メドテックピッチコンテスト」。アカデミア会員の推薦を受けて出場した各チームは、スキルアップセミナーとメンタリングを経て、2回(1次ピッチ審査およびDemo Day)のピッチに挑戦します。優勝チームには賞金百万円が授与されるほか、ベンチャーキャピタルまたはアクセラレーターと面会できる権利など、様々な特典も提供されます。本シリーズ(全6回)では、Demo Dayに出場した6チームの代表に、参加の動機、開発中のプロダクト、今後の展望などを聞きました。 ※ピッチコンテスト全体についてお知りになりたい方はこちら

シリーズ:アカデミア発メドテックピッチコンテスト Demo Day出場チームに話を聞く

   ・名古屋大学推薦「株式会社UBeing」
   ・聖マリアンナ医科大学推薦「聖マリアンナ医科大学」
   ・国立がん研究センター推薦「DELISPECT」
   ・神奈川県立保健福祉大学推薦「株式会社Redge」★審査員賞
   国立国際医療研究センター推薦「コウソミル株式会社」★準優勝
   ・東京大学推薦「株式会社HICKY」★優勝

第6回は、「すべての人に医療の安全と質が保障された世界の実現」を目指して、医療機器の適正管理システムおよび教育システムの普及に挑戦する「株式会社Redge(レッジ)」を紹介します。アジア・アフリカの途上国の中には、せっかく高額な機器を導入しても、サポート体制の不備や検査スタッフの不足などの問題から、十分活用されていない現状が指摘されています。今回は、最高経営責任者を務める稲垣大輔さんと、アドバイザーを務める平山隆浩さんに、事業の内容や今後の展望について話を聞きました。

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稲垣大輔(株式会社Redge 代表取締役)

血液透析や呼吸管理を担当する「臨床工学技士」の強みを活用

――それでは、まずは自己紹介からお願い致します。

稲垣 CEOを務める稲垣大輔です。臨床工学技士の資格を持っており、昨年までは常勤の臨床工学技士として医療現場で働いていました。現在は、私を含む約10名で「医療機器の管理および教育システムの提供」の事業化に取り組んでいます。また、本事業に加えて、東京大学バイオデザインで研究員を兼任しながら、月数回は臨床工学技士として現場に立つ日々を過ごしています。出身大学である神奈川県立保健福祉大学発ベンチャーとして、大学とも協力体制を構築しており、毎月1回は同大学とミーティングを重ねています。

平山 アドバイザーとして参画している平山隆浩です。臨床工学技士として地方の急性期病院、大学病院で勤務してきました。臨床工学技士業務のエビデンス構築を目的に大学院に進学し、医学博士を取得し、現在は岡山大学大学院の助教として研究をしています。また、地域医療の支援として、複数の医療機関に非常勤スタッフとして在籍させていただき、地域医療の課題の把握やその解決に向けた検討をおこなっています。稲垣さんと同様に、以前から発展途上国における医療問題に強い関心があり、ミャンマーで現地の医療関係者の教育などを担当したことがあります。稲垣さんとは学会やオンラインコミュニティで知り合い、意気投合して、ともに現在の事業に挑戦しています。

――お二人の背景である「臨床工学技士」というお仕事について教えてください。

平山 臨床工学技士は、人工呼吸器やECMO、血液透析器など、生命維持に関わる医療機器の管理、操作、教育を担当する、日本独自の医療資格です。集中治療室、手術室、カテーテル室、内視鏡室など病院の様々な部署で医師や看護師とともにチーム医療の一員として業務を行います。近年は企業とともに社会課題を解決するために医療機器開発が行われたり、業務範囲は多岐にわたります。昭和62年に誕生した医療資格なので、他の医療資格と比べるとまだ歴史が浅く、ご存知ない方もいると思います。わたしが事業に共に挑戦する理由のひとつとして、この「臨床工学技士」という仕事の職能を発展させて、さらに価値あるものにしたいという想いが、強くあります。

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平山隆浩(株式会社Redgeアドバイザー)

ボランティア頼みではなく「事業化」で継続的な支援目指す

――「事業を通じて発展途上国の医療の改善を目指す」という挑戦は、今回の「アカデミア発メドテックピッチコンテスト」の参加チームの中でも異色の挑戦ですね。きっかけを教えてください。

稲垣 発展途上国と先進国の医療格差の問題には、子供の時から関心を持っていました。そして、大学で臨床工学技士の養成課程在籍中に、深作健太監督の映画「僕たちは世界を変えることができない。」に共感したわたしは、自分にもできることがあるのではないかと思い、実際に発展途上国に行ってみようと考えました。そして、大学3年時にベトナム・メコンデルタの安全・環境の参加型改善活動である、「メコンデルタ研修」に参加し、初めて現地の病院を見学しました。そして訪問先の病院では、待合室に患者があふれ、廊下に多くの患者が横たわる状況やベッドが足りずに床にそのまま寝ている患者を目の当たりにして、とても衝撃を受けました。その原体験があり、臨床工学技士になってからは、専門性を活かす形でボランティアとして医療支援を行なってきました。

――ベトナムでの体験が、現在の事業化の挑戦に至る最初のきっかけだったわけですね。

稲垣 その後も毎年、医療支援を行っていましたが、なぜ現地の医療機器に関する課題がなかなか解決されないのかが不思議で、本テーマに関する研究をしたいと思い、大学院に進学しました。そして、大学院に進学した年に、経済産業省/JETRO主催の始動NextInnovator2020や文部科学省の補助事業である次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)に参加して、発展途上国を対象とした医療機器管理+教育システムのビジネス化というアイデアを提案しました。これらのプログラムを通して、日本の強みやグローバルに通用するアイデアを磨きながら、助成金制度を利用して資金と仲間を増やしつつ、基盤を拡大してきました。

――出発点は「ボランティア」なのですね。そこから「事業化」に路線転換した理由は何でしょうか。

稲垣 ボランティアとして医療機器の整備や技術指導を行いながらも、本当にこの方法が正しいのか疑問でした。発展途上国の病院の多くは経営的に厳しく、ボランティア支援が重要であることは、よくわかります。一方で、ボランティア頼みでは継続性に限度があり、本当に現地の医療が必要とするものを定期的に提供するには、営利事業として回転させる仕組みが必要だと考えたのです。それに、我々が提供するシステムによって経営の最適化や業務効率化が実現すれば、途上国であっても相応の費用を負担することが可能です。

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発展途上国に医療機器の管理と教育のシステムを提供

――いま挑戦している事業「医療機器管理と教育システムの提供」について教えてください。

稲垣 現在は、日本国内、アジア地域を対象に、医療機器の適正管理システムおよびスタッフの教育システムの開発・提供しています。想定している顧客像は、高価な医療機器を導入したが、常勤の技士が不在あるいは技士がサポートをして欲しいと感じている病院です。特に、人工呼吸器や血液透析装置など、臨床工学技士の技量を最も必要とする機器のサポートを想定しています。

――機器の販売ではなく「管理と教育」ということは、この部分がうまく機能していないのですか?

稲垣 事実、わたしがボランティアで訪問したカンボジアの透析専門クリニックでは、10台ある血液透析器のうち8台が故障して使えず、3名しか治療できない状態でした。故障の理由として、使用者側の問題や保守点検等の問題がありますが、これでは高価な医療機器を導入しても「宝の持ち腐れ」になってしまいます。もっともこの時期は、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延という、イレギュラーな事態も大きく影響しています。当時は海外渡航が厳しく制限されたので、販売業者がいるシンガポールからカンボジアの病院まで、メンテナンス要員も補修用部品も全く届けられない状況が続いていました。だからこそ、管理と教育を遠隔で行える仕組みが求められていると感じました。

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ピッチコンテストに出場するも「最初は勝てないと思った」

――今回の「アカデミア発メドテックピッチコンテスト」参加の経緯をお聞かせください。

稲垣 神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科の先生から紹介されたのが、参加のきっかけでした。起業前から色々と相談していたので「こういうイベントがあるけど、出場してみないか?」と言われたときは「ぜひお願い致します!」と即断しました。わたし達の挑戦を知ってもらうには、露出の機会を増やす必要があると考えており、2年前からピッチコンテストなどにも積極的に参加しています。

――今回は見事「審査員賞」を受賞されています。参加した感想をお聞かせください。

稲垣 メンタリングの内容は非常に勉強になりましたし、VCなど様々な関係者とのつながりを得ることができたことも、大きな成果でした。もっとも、1次ピッチ審査の出場チームの面々を見たときは「これは勝てない」と半分諦めており、1次審査を勝ち抜けたこと自体が驚きでした。とはいえ、優勝や準優勝を狙うのは厳しいと思ったので、より社会貢献としての側面を強調するピッチに切り替えました。今回のコンテストで「審査員賞」を受賞できたのも、その路線変更が功を奏したのかもしれません。

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将来的には「ハブ」として日本の医療機器の世界進出を支援したい

――それでは最後に「今後の展望」についてもお聞かせください。

稲垣 Redgeの挑戦は2段階にわかれており、最初は発展途上国における医療機器の管理および教育システムの提供から始めて、いずれは医療機器の管理と医療スタッフ教育における、グローバルスタンダードの構築を目指していきます。さらに、管理・教育システムの販売を通じて生まれた、現地の医療機関とのネットワークを活用して、日本発の医療機器の海外進出における「ハブ」の役割も担いたいと考えています。将来的には、発展途上国の需要に合致した医療機器の開発・販売にも挑戦する予定です。

――実現すれば非常にエキサイティングな未来となりますね。

平山 さらにわたし達としては、日本特有の「臨床工学技士」という資格の強みを発揮しながら、発展途上国における新しい医療を探求していきたいと考えています。海外では、使用する医療機器ごとに資格が存在し、業務が細分化・個別化されています。日本の臨床工学技士は、一つの資格で医療機器全体を扱うことができるため、患者治療に包括的かつ切れ目なく関わることができるため、医療安全の向上に寄与できます。今後本邦では、労働人口の減少、医師の働き方改革に伴う他の医療従事者へのタスクシェア/シフトが大きなチャレンジになります。わたし達の強みを最大限発揮して、これらの課題に貢献し、将来的には世界に通用する医療の仕組みを作っていきたいですね。

稲垣 海外でも、臨床工学技士という資格に興味を持つ国は多くあります。日本政府にも、発展途上国から「わが国にも日本の臨床工学技士のような資格を作りたい」との問い合わせがあると聞きます。わたし達が開発・提供する医療機器管理+教育システムの中に、臨床工学技士の役割をどこまで介在させられるかは大きな挑戦になりますが、大学発ベンチャーとしてはエビデンスを構築しながら、臨床工学技士の役割を証明していきたいと思います。そう遠くない未来に「管理と教育の国際標準」と「臨床工学技士のプレゼンス」を確立していきます。

inagaki.png稲垣大輔(株式会社Redge 代表取締役)

医療機器のスペシャリストである臨床工学技士として、民間・大学病院で勤務。
神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科にて、公衆衛生学修士課程修了。医療現場の課題を解決するために、「始動NextInnovator2020」や「東大EDGE-NEXT」などのアントレプレナープログラムに参加。別の事業アイデアでは、ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト(JHeC)2022でアイデア部門グランプリ受賞。

hirayama_p.png平山隆浩(株式会社Redgeアドバイザー / 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 災害医療マネジメント学講座 助教)

地方の急性期病院、大学病院で臨床経験を積む。岡山大学大学院にて医学博士取得を経て、現職。災害時、新興感染症パンデミック時の医療機器供給体制に関する研究をおこなっている。研究内容を社会実装するべく、始動NextInnovator2022などへの参加で事業化に取り組んでいる。公益社団法人日本臨床工学技士会の国際交流委員会として、日本の臨床工学技術の海外への啓蒙をおこなっている。

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