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インタビュー・コラム

台湾の実業家、「AI」と「人」を組み合わせた遠隔医療サービスで、心臓疾患のある患者の切れ目のないリモート医療サービスを提供

世界保健機関によると、心疾患は世界の死因1位で、2030年までに心臓の病気の治療にかかる費用は年間およそ690億ドルに上ると推定されています。この世界的な健康問題に対し、人工知能(AI)を活用した遠隔医療を提供するスタートアップ企業のクラ・ケア社(Kura Care Inc. )は、心疾患を抱える人々一人一人に合わせた画期的なリモート医療サービスを提供しています。

クラ・ケア社は、アジア・アントレプレナーシップ・アワード(Asian Entrepreneurship Award:AEA)2021の候補となった30のスタートアップ企業一つで、一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)が協賛するライフサイエンス賞を見事に受賞しました。今回は、クラ・ケア社の創業者兼最高経営責任者(CEO)を務めるカイチエ(KJ)・ヤン氏にお話を伺いし、スタートアップ企業設立の経緯、遠隔医療という他社にはないクラ・ケア社独自のソリューションとはどういうものか、日本そして他国でのビジネス成長への展望と期待をお伺いしました。

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クラ・ケア社(Kura Care Inc.)創業者兼CEOであるカイチエ・ヤン氏

白血病 の闘病経験を活かし、多くの人が切れ目のない医療を享受できるように

――クラ・ケア社を立ち上げた経緯をお聞かせ下さい。何が大きなきっかけでしたか。

私自身が白血病にかかった経験が始まりです。当時、世界的に有名な大企業に勤めていましたが、白血病と診断された時に自分の世界が一変しました。輝かしいキャリア街道を走る「フルタイムのビジネスマン」から「フルタイムの患者」となったのです。私は米国の医療機関に約1年間入院しましたが、その経験で、ものの見方が大きく変わりました。

白血病との闘病中、化学療法の副作用で心臓にも異常を来しました。自身は一時的なものでしたが、通常は10年以上続くため、慢性的な心臓病を抱える患者はどうなのだろうと考えさせられました。

同じ時期に、遠隔で行う患者のモニタリングやAIがこの種の疾患の治療に有効となり得ることを示す研究を多く目にし、「これをやろう!」と思い立ったのです。私自身の経験を活かし、一人でも多くの患者がよりよい医療を享受できることをしたいと思いました。

――クラ・ケアの企業ビジョンは「切れ目のないキュアからとケアへの移行を(Bridging cure and care)」です。これはどのような意味でしょうか?企業ビジョンは貴社のサービスにどのように体現されているのでしょうか?

「キュア(Cure)」という言葉は病院で行われる治療を指し、「ケア(Care)」の方は患者が退院した後の回復期の経過を示します。この2つの部分がスムーズに切れ目なく提供されること、そして患者が退院後の経過観察・回復計画を守ることが極めて大切です。

しかし、決められたことを最後まで守れない患者や元のライフスタイルに戻ってしまう患者が多く、病気が再発して再び入院するケースがあります。当社はこのキュアとケアが断絶してしまう事態を非常に重く見ており、ここで何か打つ手はないかと考えています。

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クラ・ケア社が提供するソリューションの概要

AI主体の遠隔医療サービスにより、患者一人一人に合わせた遠隔ケアを可能に

――現在の貴社のソリューションについて教えてください。AIはどのような役割を担っているのでしょうか?

当社のソリューションは、患者一人一人に合わせた遠隔ケア計画と言えます。このソリューションにより、患者が主体的に治療に取組み、効率的なケアを行うことが可能になります。当社のAI主体の遠隔医療サービスの一つは、「カーディオパック(KardioPAC)」というものです。これは、スマートフォンのアプリを使って患者が自身の健康状態を管理し、医療従事者側も効率的に患者のモニタリングを行えるようにするものです。

当社のソリューションは、AI技術を用いて患者一人一人の状態、行動、ライフスタイルに合わせて作成され、患者が治療計画を守り取り組むことを後押しします。また、医師と患者との円滑なコミュニケーションも促進し、患者の状態に異変があった時にはすぐに医師に通知されます。

現時点では、本ソリューションはスマートフォンのアプリから利用可能ですが、スマートフォンを必要としない新しいバージョンを開発中です。こちらは、カーディオパック(KardioPAC)装置がクラウドに直接患者のデータを送信し、そこでAIによるデータ解析が行われ、医師に解析結果が直接伝えられます。新バージョンは主にスマートフォンを持たない、又はスマートフォンの操作が不得手な高齢者向けのものです。

患者の主体的な健康管理を促し、医療コストを削減。米国の保険会社や医療機関も高い評価

――貴社の製品の競争優位性はどこにありますか?

私たちが目指すのは、患者がより主体性と自信を持って自身の健康管理を行えるようになることです。カーディオパックの他、「ウェリースペース(WellySpace)」という予防に特化したサービスもあり、こちらは患者による自己管理をサポートします。患者の体調が安定した時点で提供し、患者のライフスタイル変容を促し、心臓病が再発しないよう支援するものです。

当社の AIによる遠隔医療ソリューションは患者に合わせた教材を自動的に提案することもでき、患者は様々なアプリを通じて、新たな知識を得られる点も、当社の優位性の一つといえます。患者が主体性を持ち、自ら知識を習得し、健康管理を行うことができるのです。

米国には、当社のようにAIを使って患者データの解析を行い将来の心臓病の予防につなげるようなサービスを提供している企業が複数あります。しかし、当社は患者による治療計画遵守に重点を置いており、治療の効率化を目的としている他の企業とはこの点で異なります。

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クラ・ケア社はカリフォルニア大学サンディエゴ校(University of California, San Diego:UCSD)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles:UCLA)、台北医学大学(Taipei Medical University:TMU)、国立台湾大学(National Taiwan University:NTU)、その他台湾国内の8医療機関との提携関係にある。

――米国や海外での貴社のソリューションに対する反応はいかがですか?

米国市場においては、大手保険会社が主な顧客です。当社のサービスは、不必要な入院を減らし保険会社にかかる費用の削減に一役買うとして評価されています。

これまでは、主に米国西海岸の医療機関向けソリューションのみを販売してきました。最初は1施設とだけ取引を開始したのですが、わずか半年で同じ地域にある他の3施設も当社のサービスを導入しました。現在、当社のソリューションの利用者数は300名ですが、今後15前後の病院で導入されればこの数が2022年には10倍の3,000名に増えると見込んでいます。

最近、医師や医療従事者を対象として利用者満足度調査を行ったところ、非常に高い評価を得ました。医師からは、当社のソリューションで患者の健康管理が適切に行われ、患者からは当社のアプリに満足しているとして好意的な反応を頂きました。

LINK-Jのネットワークへの参画を通じて、大きなチャンスを秘めた日本市場に進出したい

クラ・ケア社はAEA2021でライフサイエンス賞を受賞しました。この受賞で、同社には日本への事業参入や事業拡大を支援する各種ビジネスサポートが提供されます。審査員は授賞の理由として、「クラ・ケア社は、極めて先進的なAIなどの技術と人を介した支援を組み合わせ、心臓疾患という重要な分野で非常に革新的な道を切り開き、病気の予防と予後の行動変容を支え、これを促している。」とコメントしています。

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クラ・ケア社はAEA2021でライフサイエンス賞を受賞。

――AEAの経験についてお聞かせください。

AEAは、独自のメッセージを発信する非常に有益なプログラムであると思います。メンターからは、当社のプレゼンテーションで伝えようとするメッセージが日本の皆様の共感を得られるよう指導をいただきました。AEAメンターが、当社を本受賞に導いた陰の立役者です。

他のエントリー企業のアイデアや製品も、様々な分野で世界をより良くしようとしており革新的で、素晴らしいと思いました。非常に質が高いスタートアップ企業がAEAに参加していますね。

ライフサイエンス賞の受賞でLINK-Jのネットワークへの仲間入りを果たすこととなり、期待しています。これを機に日本の市場の構造や状況について把握し、日本の利害関係者とのネットワークを築くこともできると考えています。

――日本市場の可能性と課題をどのように捉えていますか?

日本市場は大きなチャンスを秘めていると思います。特に製薬会社に期待しています。当社のソリューションは、DXを活用した製薬会社の変革や、患者の治療計画の遵守を向上させる治療方法の促進に貢献することができるでしょう。製薬会社を通じて、私たちと手を組みたいと考える病院や医療機関が現れるかもしれないので、日本での協力関係を構築するならば製薬会社が恐らく最適であると考えています。

とは言っても、この先には課題もあります。第一に、日本の規制基準の高さです。課題ではあるものの、これは日本市場の要件を満たすために当社の水準を高める好機であると捉えています。

第二に、利用者の行動様式の違い、つまり、医療サービスの利用の仕方が違う点です。例えば、(保険料の)払戻しの仕組みが日本と米国では違いますし、日本人はドラッグストアで手に入る治療薬により多額のお金を使います。また、米国では専門医による治療を受けるために病院を選ぶ人が多いのですが、日本の人々は地域の診療所や医院で治療を受けることも特徴的です。

私たちのサービスにより、医療サービスの透明性やアクセスの向上につながることを願っています。患者がより主体的になり、自身の健康についての知識を高め、必要とする医療機関・サービスをできる限り手軽に利用できるようになってもらえるようお手伝いをしたいと思っています

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クラ・ケア社のチームメンバー

最も理想的な医療は「人」を介したもの。更に増員し、多様なサービスを展開したい

――現在、貴社はどのような成長段階にあると思いますか?数年後はどうなっていると思いますか?

現在12名のスタッフがおります。半数にあたる6名は台湾をベースに研究と開発(R&D)を、残る6名は米国を拠点にビジネス開発を担当しています。来年はスタッフ数を20名ほどに増員する予定です。

今後3年間で新規チームを立ち上げ、現在のAIプラットフォーム以外の新サービスへの着手を目指しています。AIプラットフォームと技術によって医療従事者と患者とのコミュニケーションは格段に向上する一方、最も理想的な医療は人を介したものであると考えます。近い将来、クラ・ケアは一層多様なサービスを展開し、患者の治療計画遵守につなげられるようにしたいと考えています。

aea2.jpgカイチエ・ヤン氏 クラ・ケア社(Kura Care Inc.)創業者兼CEO
クワルコム社(Qualcomm, Inc)の奨学生としてカリフォルニア大学サンディエゴ校(University of California, San Diego:UCSD)で学び、2007年に電子・コンピュータ工学の博士号を取得。モバイル端末の人工知能化について研究を行う。この研究成果は後にクワルコム社が製品化している。博士号取得後、クワルコム社に10年以上勤め、技術職、製品管理職、事業戦略立案職など様々な役職を担当。クワルコム社を退職後、デジタル式医療の分野でのイノベーションに打ち込み、クラ・ケア社を創業。この分野での実績を評価されて台北医学大学(Taipei Medical University:TMU)に客員助教授として招かれ、組織運営部に対してデジタル技術を通じた変革について指導している。
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