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インタビュー・コラム

京大シーズを社会実装へ導く イノベーションハブ京都

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創業初期にあるスタートアップに実験機器やラボスペースを提供し、事業の立ち上げを支援するインキュベーション施設は、大学あるいは民間企業が提供するサービスとして様々な特徴があります。京都大学大学院医学研究科「医学領域」産学連携推進機構(KUMBL)が運営するイノベーションハブ京都(IHK)は、今年で5年を迎えました。設立から運営まで携われてきた寺西豊副機構長および山本博一教授、山口太郎氏の3名に、インキュベーション施設がもつ課題や今後の展望などについてお話をお伺いしました。

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京都大学大学院医学研究科「医学領域」産学連携推進機構
中央:寺西豊 副機構長(特任教授)、右:山本博一 特任教授、左:山口太郎 特定講師

バイオ系スタートアップのための施設

――それぞれのご経歴と自己紹介をお願いいたします。

寺西 以前は田辺三菱製薬の前身の三菱化学の医療事業分野の中で薬の開発や探索研究をしておりました。京都大学に戻ってきた約20年前に国立大学の法人化の動きがあり、製薬企業との共同研究のアライアンスをするという目的で、京都大学の医学研究科の産学連携の仕事を任されることになりました。現在までこの仕事に携わっています。

山本 以前はアステラス製薬におり、探索研究や製品企画などの経験があります。2008年に京都大学に移りました。、京都大学の産官学連携本部から、医学領域の産学連携推進機構に移り、ずっと産学連携の仕事に関わっています。

山口 メーカーの知財部門で特許のライセンスや出願に関わる仕事をしていました。2014年から京都大学医学研究科に属し現在に至っています。医学領域の研究成果を事業化するというのが、組織のミッションとしてありますが、その中でもHiDEP(医療ヘルスケア・イノベーション起業家人材育成プログラム)の企画に携わっています。平行してアクセラレーターやインキュベーターの研究もしています。

――京都大学の産官学連携の組織構成 やTLOはどのような形で行われているのでしょうか。

寺西 産官学連携本部(SACI)は、京都大学の産学連携活動の中心的な役割を担っており、全学の組織です。医学研究科では、臨床研究の橋渡し拠点を目的に、独法化前の2001年に探索臨床研究センターを設置した際に、医学部のブランチのような形でこの「医学領域」産学連携推進機構(KUMBL)をつくりました。産官学連携本部ができるよりも前の話になります。

京都大学のシーズを技術移転する組織は3つあるのですが、これらはすべて本学の産官学連携本部が情報をコントロールしています。例えば一般社団法人芝蘭会では、産官学連携本部の委託を受け、医学研究科の研究成果を製薬企業へ橋渡しする技術移転機関として活動をしています。主に創薬など専門性が高いものを扱っており、それ以外の分野に関しては、産官学連携本部が株式会社TLO京都に委託して行っています。それから、iPS細胞に関連した研究は、iPS アカデミアジャパン株式会社が専任でTLOを担当しています。

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――イノベーションハブ京都(IHK)は2017年9月に開設されました。設立への経緯について教えてください

寺西 2014年頃に医学研究科のメディカルイノベーションセンター(MIC)を拡張する計画があり、隣接するスペースに施設を建てることになっていました。MICでは疾病分野ごとの企業との包括的組織連携プロジェクトを行っている所ですが、企業が成功した研究成果を使わないというケースがあったので、これをスタートアップに導出した方が良いという意見が挙がったんですね。そこで、この新しい施設をベンチャーやスタートアップ支援をするインキュベーターの役割を持つものにしようとうということで、IHKが生まれたのです。

バイオ系の場合、初期資本が大きくないとスタートアップとして成長しにくいため、大学で援助する方法が良いと考えたのと、2015年頃は、文科省の施策が後押ししたこともあって、大企業とのアライアンスだけでは研究成果を社会実装できないという実感が出始めてきた時期でもありました。海外では、ボストンのLab CentralやJLABSなどのインキュベーターの動きもあり、私自身が実際に見に行ったということも理由にありました。

――設立当時と比較すると、研究成果の事業化やスタートアップ支援に関して、どのような変化を感じていますか?

寺西 かなり一般的になってきたと思います。特に医療系の場合、大手製薬企業との間のみでアカデミアの成果を事業化に結び付けるのは容易ではありません。よって、アカデミアとスタートアップが連携してバリューアップするというのが通例になってきています。場合によっては、アカデミア自身がアクセラレーター機能まで持ち、自分で投資をして、育ててビジネスにするというところまできています。そういう意味ではスタートアップとアカデミアが何かするというのは常態化しつつあります。日本ではまだそこまで残念ながら到達していない部分もありますが、LINK-Jのような組織が出てきたのもその頃(2016年)でしたね。面白いことを始めるなと思っていました。LINK-Jのような活動の認知度が高まったことで、様々な所でスタートアップ支援等が行われるようになりました

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寺西豊 氏 京都大学大学院医学研究科「医学領域」産学連携推進機構 副機構長(特任教授)

成長に勢いのあるベンチャー

――入居企業は定常的にいらっしゃるとお伺いしましたが、開設当時から入居されたい企業というのは多い状況だったのでしょうか。

寺西 スタート時から比較的人気はありました。京都市のスタートアップ支援事業や、KRP社など、我々がコンタクトできる先生方等へ情報提供することで、入居企業が集まってきました。 2017年には大学発のベンチャーが増えてきていましたので、場所を探していた企業も多かったと思います。

――IHKに入居されている企業で成長が著しいベンチャーなどをご紹介いただけますか。海外市場への動きなどはどうでしょうか。

山本 サイアス株式会社は今年の2月にシリーズBの調達が済みました。他家iPS細胞を原料とした免疫細胞治療製品の開発を行っており、海外に拠点をつくろうとしています。リジェネフロ株式会社やトレジェムバイオファーマ株式会社、HiLung株式会社の活動も活発です。海外へのPRなどもスタートしているようです。

寺西 基本的には海外を視野に入れて事業をしていると思いますが、資金調達や人のリクルートの問題などタイミングがありますので、資金が入った段階で海外拠点をつくるか、あるいは海外パートナーシップを求めるのだと思います。

山本 医薬品にしても医療機器にしても、日本市場だけでは世界に伍していくことは難しく、必ず海外を考えないといけないと思います。スタートアップにとってハードルは高いですが、それをチャレンジするような企業が出てきたのかなと感じています。

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山本 博一 氏 京都大学大学院医学研究科 「医学領域」産学連携推進機構 特任教授)

デジタルヘルスや臨床ニーズの発掘も支援

――医療ヘルスケア・イノベーション起業家人材育成プログラム「HiDEP」について改めて教えてください。

山口 HiDEPは、臨床現場のニーズ起点から医療機器等の創出を目指す教育プログラムです。約5ヶ月間のプログラムで、ゼロから医療機器開発、経営について学び、ビジネスアイデアの創出、プロトタイピングまでを実践する内容になっています。
米国バイオデザインのような具体的なプログラムやノウハウが最初からあったわけではなく、前身として文科省のアントレプレナー育成事業で、医学研究科と経営管理大学院と産官学連携本部の3部門の合同のプログラムを行い、3年間実施したところで、今度はKUMBLとして医療領域に特化したものをつくろうということで、立ち上げました。

臨床現場のニーズ発掘の際には京都大学病院と連携し、医療従事者と接点を持てるような機会をつくり、現在では講師、メンターの数も増え、プログラム全体として充実してきました。また、2019年にはAMED次世代医療機器連携拠点プロジェクトに採択されたことで、全国的な認知度も向上し、さらに学術指導や臨床ニーズの提供、プロトタイピングのための工房など、HiDEP以外の支援メニューを拡充することができました。お陰様で、20名(4人×5チーム)の募集定員に対し、ここ2年では50名ほどの応募がありました。今年度で5期目になりますが、来年度はプログラムの大幅改訂を予定しており、現在そのための準備を進めています。

寺西 医学研究科長が外科系の教授だった時に、医療機器の方もフォローしてほしいという要望があり、HiDEPの中で医師のニーズなども踏まえて、企業と連携したプログラムを作ろうということでスタートしたわけです。

山口 現在は京大病院の臨床医や研究者の先生方にも認知され、興味を持って参加してくれるようになりましたね。起業を目指す上で必要な知識等を学ぶ場として、こういうプログラムが参加しやすいのではと思います。特に今はオンラインで実施していますので、時間が取れない医療従事者の方々にも参加しやすい形になっています。HiDEPの認知度が向上し、またオンライン開催となったことで、関西だけでなく、関東からの参加者も増え、全体として受講生のレベルが上がってきました。

――プログラムを実施されてきて、課題として感じていることはありますか?

山口 5カ月のプログラムになっていますが、アイディアから実際にスタートアップの事業にまで持って行くには様々なハードルがあります。個別にバックアップしながら会社設立までフォローさせて頂いたこともありますが、今は外部のアクセラレーションプログラムなども多くありますので、それらを積極的に活用していただいて、ブラッシュアップしていくような流れを作ることができればと考えています。特に最近は、デジタルヘルスに関心を持った先生方が多いのですが、デジタルヘルスの事業で起業し、治療効果なども明確にして、利益を出していくためのビジネスモデルを作るのが難しいと感じているところです。

山本 大手製薬企業などのデジタルヘルス部門が、ITを用いて本業(医薬品開発)の価値を高めるために使う、そういう意味では非常に有効だと思いますが、ベンチャーがデジタルセラピュ―ティクス(DTx)を開発する場合、DTxが解決する課題というのが、既存の治療法によってすでに解決されている課題と比較してどれだけ有効性をいうことが出来るかということがあります。技術的にいくら画期的であってもそれだけで評価されることはないので、頑張らなくてはならないところはあります。

寺西 標準治療である薬に対して、デジタル治療でどれだけ治癒率や生存率が上がるかというところで評価が行われます。そのプラスアルファの部分が薬価になるという仕組みになっている。患者さんにとっては治療の選択肢が増えますが、同じような治療方法を増やしていって薬価を付けていくと医療費も増えてしまいます。薬で治療できない疾患や、神経系や精神分野などは良い薬が無いという現状もありますので、行動療法やアプリを使って症状の改善をしていくというのは必要だと感じていますが、どれだけの価値を生み出すものか、実力を持っているかというのを見極める必要があると思っています。

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山口 太郎 氏 京都大学大学院医学研究科 「医学領域」産学連携推進機構 特定講師

横のつながりや連携で多くのベンチャーを育てたい

――IHKの入居可能期間である5年が経ち、新たな入居者募集を始めているとお聞きしました。

山本 大学のミッションとして、大学の研究成果を社会実装して世の中に出す。そのためのメカニズムとして多くのベンチャーを輩出し、ベンチャーが育つ環境を用意する必要があるので、新しいスタートアップが入ってくるのを遮ってはいけないということで、5年という制限を設けています。

山口 現在は空き室がありますが、京都大学の研究成果による創業あるいは共同研究を行っているなどの条件があり、希望者に対してお断りする場合がでてきてしまうというのも課題に感じています。

寺西 一方で、動物実験施設を持った移設先がないと移りたくても移動できないといったことが現実に出てきており、解決方法に悩みます。大学で施設を持つという場合でも、少なくとも大学間や横の連携は必須ですね。例えば、地方の大学で起業したいという方が東京あるいは関西に出てきて入居先を探しているという場合に、京大のシーズではないという時には現状のルールでははじかざるを得ない状況になっています。

山本 紹介を受けて何社か入居希望の要望を頂くケースもあるのですが、学外の方がここに来て、起業することができないのが難しいところです。

――今後の展開なども踏まえて、これまでの活動を通じて感じられたことなどをお話ください。

山口 絶対数としてバイオベンチャーの数を増やす必要があると思います。実力のあるベンチャーを増やす必要があるので、研究成果からの事業化支援としての新たな方策を考えていきたいです。以前は学内でGAPファンドがあり、その効果もあって実際に起業される先生方も多かったのですが、それが終わってしまったことでスローダウンしていると感じています。
もう一つは、パートナー制度の強化です。IHKの理念に賛同していただいた組織とパートナーになって頂き、IHKのコンテンツの充実や資金面での援助をいただきながら、盛り上げていければと考えています。パートナー制度についても外部へのアピールを高めていきたいですね。

――最後にLINK-Jへの期待について何かありましたらお願いします。

山口 IHKを出た企業が三井リンクラボなどより規模の大きい施設へ入居するといった場の連携に加えベンチャーのアクセラレーションプログラムや、情報交換の部分について期待したいです。LINK-Jにはライフサイエンス分野の様々な情報が集約されていると思いますので、このベンチャーとこの企業を合わせると面白いなど、マッチング活動にも大いに期待しています。国内だけでなく、UCSD等、海外機関とも提携されていますので、スタートアップの海外展開支援のサポートなどもして頂きたいですね。

山本 LINK-Jの会員企業やスタートアップの方との交流についても、我々にとって重要なことと捉えています。こちらで発表や講演などもしていただいて、研究者に対して起業への意識を喚起していただく、また逆に大学の活動から刺激を受けていただく機会を持ってもらうこともいいのではと思います。

寺西 東西でのタイアップイベントができるといいですね。各エリアで独自にどのようなことができそうかなどの議論ができるといいですけどね。期待しておりますので、今後ともよろしくお願いします。

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IHK_06.png寺西豊 京都大学大学院医学研究科「医学領域」産学連携推進機構 副機構長(特任教授)

京都大学工学研究科博士課程を修了後、昭和49年三菱化学に入社し、平成5年三菱化学・総合研究所分子医薬研究所所長、平成9年三菱化学・医薬事業本部製品計画部部長、平成12年三菱化学生命科学研究所生命工学研究部長を歴任。昭和54年より3年間医学研究科医化学教室で分子生物学を修めた。平成14年より、京都大学医学領域産学連携推進機構客員教授として尽力され、メディカルイノベーションセンター副センター長兼推進室長に就任。

IHK_07.png山本博一  京都大学大学院医学研究科 「医学領域」産学連携推進機構 特任教授)

財団法人微生物化学研究所にて抗生物質生産菌の研究に従事した後、山ノ内製薬株式会社にて生理活性物質の研究などに従事。その後製品企画部長として新薬の研究開発企画を担当。2008年、京都大学産官学連携センターの特定教授に就任。産官学連携本部教授を経て、2013年より公益財団法人京都高度技術研究所嘱託および京都大学大学院医学研究科産学連携フェローに就任。2019年より「医学領域」産学連携推進機構特任教授。大学発ベンチャー支援、知的財産権ライセンス事業などを担当。東京大学大学院修了、農学博士。

IHK_05.png山口太郎 京都大学大学院医学研究科 「医学領域」産学連携推進機構 特定講師

シャープ(株)知的財産権本部、京都大学産官学連携本部を経て、2014年より現職。現在は主に、医療機器案件、医療ヘルスケア起業家育成プログラム「HiDEP」の企画・運営、インキュベーション施設「Innovation Hub Kyoto」の運営を担当。また2019年より京大発ベンチャー「ナールスコーポレーション」の産学連携フェローを兼務。大阪大学工学部応用物理学科卒業。工学修士(大阪大学)。経営学修士(神戸大学)。社会健康医学修士(京都大学)。2019年より京都大学大学院経済学研究科博士後期課程在籍。
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