スタートアップ支援プログラム「UNIKORN」参加企業(UNIKORNファミリー)に聞く①
「UNIKORN(ユニコーン)」は、ライフサイエンス領域で事業展開するスタートアップの海外展開(英国および欧州市場への進出)を支援する新事業です。プログラムに選出された8社のスタートアップの皆様に、事業の概要や今後の展望、欧州展開に期待することなどをお聞きしました。UNIKORNに関する詳しい情報はこちらから。
【企業紹介】株式会社iXgene(アイエックスジーン) 株式会社iXgeneは、iPS細胞技術と、ゲノム編集技術の組み合わせで、画期的な再生医療の開発に挑戦するスタートアップです。現在は、悪性脳腫瘍に対する新規治療技術の開発を中心に、外傷性脳損傷および難治性癌に対する治療技術の探索に挑戦しています。会社名は、iPS細胞とゲノム編集(gene)の掛け合わせ(×)に由来します。 |
iPS細胞×ゲノム編集技術で、悪性脳腫瘍の新たな治療法を開発
――貴社の事業内容についてご紹介ください。
我々は、慶應義塾大学医学部脳神経外科の戸田正博先生(同社取締役、最高科学責任者)の研究チームが発見した技術を用いて、難治性疾患の治療技術の開発に挑戦するスタートアップです。現在は、悪性脳腫瘍の新規治療を開発しています。当社の創業メンバーには、戸田先生をはじめ、古川俊治先生(代表取締役、最高経営責任者)、岡野栄之先生(科学顧問)など、まさに慶應義塾大学を代表する先生たちが名を連ねます。
――水野様は、どのような経緯で事業に参画されたのでしょうか?
ベンチャーキャピタルの知人から「慶應義塾大学の先生たちが、面白い技術で起業するぞ」と紹介されて、実際に先生方にお会いしたのが、参画のきっかけでした。わたし自身、スタートアップ、ベンチャーキャピタル、コンサルティング業務(新規事業の開発支援)といった世界を渡り歩いてきました。たとえば、大学院を卒業して最初に入社した会社は、人工酸素運搬体(人工赤血球)の実用化に挑戦するアカデミア発のスタートアップであり、ひとつ前の職場は、AIを活用して創薬や合成生物設計など「科学研究の自動化」技術の開発に挑戦するスタートアップでした。その経験を活かして、スタートアップそのものと事業のビルディングに取り組んできました。
――開発中の「悪性脳腫瘍に対する新規治療の開発」について教えてください。
悪性脳腫瘍は、5年生存率が10%以下と予後が極めて悪い疾患です。外科手術での切除が困難であることに加えて、抗がん剤が血液脳関門(BBB)を突破できないため有効な抗がん剤が非常に少ないという課題がありました。この課題を解決するために、ゲノム編集技術で「プロドラッグを抗がん剤に変換する能力」を持つ遺伝子をiPS細胞に導入し、神経幹細胞に分化誘導させた治療用細胞を作成します。この細胞を脳腫瘍の外科切除時に脳に注入すると、治療用細胞は悪性腫瘍の場所まで遊走・集積します。そして、脳内移行性を有する抗がん剤のプロドラッグを投与すると、腫瘍のある場所に存在する治療用細胞が、プロドラッグを抗がん剤に変換します。その結果、脳腫瘍局所のみに高濃度の抗がん剤が生成され、残存した脳腫瘍を死滅させることができます。
米国市場への進出を目指す上で英国・欧州市場は試金石になる
――日本のスタートアップ業界を取り巻く環境についてはどうお考えですか?
大学院を卒業してから、ずっとバイオ系スタートアップの世界にいますが、これほど国が強力にバックアップしてくれる状況は、過去に例がありません。スタートアップ事業とライフサイエンス領域に対する手厚い支援が、まさに国策として始動していると感じており、とても心強く思います。ここから世界の舞台で勝負できるスタートアップが誕生するという期待感もあるし、我々も必ずその一員になりたいですね。
――本プログラムに参加を決めた理由を教えてください。
きっかけは、LINK-Jからのご案内メールですね。最初は「ユニコーン」のスペルミスなのかと思いましたが(笑)、他の方に「英国進出の支援プログラムだから、「K」はわざとだね」と指摘されて「そういう意味か!」と理解しました。実は本プログラム参加前に、JETRO(日本貿易振興機構)主催のスタートアップ支援「Global Startup Acceleration Program」にも参加しており、個人的に大きく成長できたという実感がありました。そこで今回は、成長した自分が海外に渡航して、現地でビジネスチャンスを掴むことができるのかを、実践してみたいと思い、応募しました。プログラムに参加すると、ストックホルムで開催される「BIO-Europe 2024」の渡航費が提供されるのも、魅力的ですね。
――実際に参加してみた感想もお聞かせください。
今年5月に東京・日本橋で開催されたキックオフイベントでは、本プログラムに参加する8社の代表者たちが一堂に会しましたが、皆それぞれ異なる種類の事業に挑戦していながら「日本で誕生した技術を、今後どのようにして世界に売り込むのか?」という課題感は共通であり、まさに我々は同志なのだと実感しました。参加者の中には旧知の人もいて、心強く思いました。キックオフイベントでは、他の参加者のピッチを聴く機会もあって、それも我々にとっては非常に良い学び、経験になりました。
――なぜ英国および欧州市場に挑戦されるのでしょうか?
再生医療の市場を考えると、欧米市場の方が圧倒的に大きいのは事実です。また、我々の技術を欧米市場に認めさせるには、現地で臨床開発をする必要があり、開発資金も欧米市場から調達する必要があると考えています。さらに「製造」も大きな課題です。再生医療等製品、特にiPS細胞製品の製造は、マニュアル通りに培養すれば誰でも簡単に製造できるものではなく、また開発拠点と製造拠点の物理的な距離も重要になるなどハードルが非常に高いのですが、だからこそ「製造工程も含めて欧米で事業開発に挑戦することで、新たなチャンスが生まれるのではないか」と期待しています。ではなぜ米国でなく欧州なのかといえば、たしかに市場規模は米国が圧倒的に大きいのですが、同時に米国は競争も激しく、臨床試験も多額の費用が必要です。それに、再生医療技術の社会実装という点では、欧州は米国とも近い立ち位置にあります。そこで、まずは英国および欧州市場も視野に入れて挑戦していこうと考えました。
悩みの種は人材確保「スタートアップで仕事をするのは楽しい」
――いま事業展開に挑戦する中で、悩みのタネはありますか?
目下の課題は「人材の確保」です。我々は人材紹介会社を通じて採用活動をしていますが、スタートアップを志望する人は、まだ少ないのが現状です。逆にわたしは、ずっとスタートアップの世界で働いてきました。時には自分が勤めるバイオテックが倒産したり、自分を引き抜いてくれた社長が半年後に役員会で解任になり、一緒に退職せざるを得なくなるなど、様々な出来事も経験しました。コンサルとして設立を支援したベンチャーの事業が会社ごと買収され、一時は大手企業の社員になりましたが、大企業独特の文化、習慣が沢山あって、私には合わないなと逆に疲れました(笑)。スタートアップの世界は、自分の判断で勝負できて、豊富な人脈も生まれます。スタートアップの世界は楽しい!という価値観が、もっと広がってたくさんの人に挑戦してほしいですね。
さらにいうと、研究者同士の交流の幅を広げる機会も重要だと考えています。わたしの役割は主に事業開発なので、イベントなどに参加する機会も多いのですが、研究者たちはどうしても閉じこもりがち。せっかくスタートアップの世界にいるのに、狭い世界しか経験できていないことが課題と考えています。LINK-Jには、最前線で活躍する研究者たちが、会社の枠を超えてコミュニケーションを取り合える場所の創出にも期待しています。
――最後に読者の皆様にメッセージをお願いします。
我々はいま「既存の治療法では解決できない難治性疾患の患者さんたちに新たな治療薬を届ける」というミッションに挑戦中です。しかし、このミッションは間違いなく、我々の力だけでは達成できないものであり、皆様の支援なくしては実現しません。もし我々の事業に関心をお持ちであれば、ぜひお声掛け頂きたいと思います。
東京工業大学大学院卒業。大学院卒業と同時に、人工酸素運搬体(人工赤血球)技術の社会実装を目指すスタートアップに就職。その後も、創薬スタートアップ及び創薬支援スタートアップで、研究開発、事業開発、管理部長などの仕事を歴任する。また、独立系VCや戦略コンサルティング企業などで、大学等の優れた知財の実用化業務にも従事する。4年前に共同創業者として、株式会社iXgeneの設立に参画。現在に至る。